ETの未来主義ブログ

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2008.07.03
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カテゴリ: 地平線日記



「さあ、かかってこい。我慢比べだ。喧嘩に巻き込まれぬよう用心せねばならないが、いったん巻き込まれたら相手が用心するまで徹底的にやれ」


 新前川レポート:予想どおり、言葉遊びで中身はスカスカ、まるでピーマンのよう。どうせ不満のガス抜きに使われると知っていて、どうして委員を務めるのか甚だ疑問。前の前川レポートのときのようなバブル景気も期待できない。最悪の状況下で出された。

「だがな、オフィーリア、その口先だけの炎は、光るほどには熱はないのだ」
「今の世のなかは関節がはずれている」 
「この天と地のあいだにはな、ホレーシオ、哲学などの思いもよらぬことがあるのだ」


  あまりメジャーな話題ではないが、今、記紀に関心があるので。とくに今、最も興味のあるのが、沖哀・神功・応神紀。年代でいうと2世紀後半~4世紀前半だ。日本が国として形作られた時代だ。この時代をどう読むかで神話の数々の解釈も違ってくる。例えば日本書紀では、沖哀紀と応神紀の間には70年間の皇統断絶がある。これは何を意味するのか? 天皇を立てることができなかったのかもしれない。邪馬台国の卑弥呼の死もこの時期だ。大活躍したあの神功皇后はなぜ皇位につかなかったのだろう? なぜ沖哀天皇は突然死したのだろう? どうしてヤマトタケルは評判がよくないのか・・・。記紀の記述は編纂当時の政権(8世紀初め)がどう歴史を描きたかったかということに基づいている。表現されているようなきれい事とは実際の歴史は大きく違っていた可能性が大きい。だからいろいろ想像が働く。この時期は、国内政治が混乱状態だったのかもしれない。邪馬台国派(第一次ヤマト政権)と第二次ヤマト政権の戦乱の時期であったのかもしれない。日本の歴史は、応神以前と以後で政権の王統が異なるのかもしれない。あまりに第二次ヤマト政権を担う応神を讃えすぎ、沖哀をけなしすぎているが、これは異様だ。ひょっとしたら沖哀は暗殺されたのでないだろうか? 少なくとも万世一系などとはもはや誰も信じてはいない。いずれにせよ記紀をじっくり読むことでいろいろな推理が可能だ。ここからは作家の世界である。何しろ事実で何ひとう立証はできないのだから。キーワードは海外情勢と宗教の扱い方だろう、と思う。言えることは新編の推理小説を次々と読み漁るより、この世界の方がよほど面白いということだ。一度、自分の考え方を整理してみよう。





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最終更新日  2008.07.03 20:16:30 コメントを書く
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