PR
Keyword Search
Calendar
Comments
Freepage List

延原時行歌集『命輝く』
(第255号)
「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(94―1)
著作喜びの歌、我なくの歌、生活数珠神学の歌、英文拙著の歌、生活四齣の歌、驚きぬの歌、を巡りて、の記
2012年7月5日~8日
7月5日
著作喜びの歌八首
友の言ふ在家基教のすすめなる旧著今こそテキスト化せん
(備考:恐らく鳥飼師ブログ拙著公開九冊目のためなり。その熱誠その友情我は驚くばかりなり。『在家キリスト教のすすめ』在米中クレアモント大学院大学(CGU)のダートマス学寮にて、Criminal Justice Departmentにて「Theology of Justice」なるPost-doctoral Research Fellow Project進め居る折り(1984年6月26日恩師滝沢克己先生ご永眠の悲嘆を超へての事なり)、一途に書き進めしものなり。のち、神戸自立学校機関誌『いぶき』に連載されたり。今鳥飼慶陽師によりてテキスト化さるるに及ぶ。何たる歓喜事件ぞ。感謝無限。)
驚きぬこの熱誠の御介助に天来の幸見ざるべからず
「すすめ」あと受肉神学続くなり救済論と形成論と
(備考:『受肉の神学一試論』は処女神学著作なり(未刊行)。改稿して『受肉の神学―救済論と形成論』推敲中なり。救済論の焦点は、修士論文『バルト神学における祈祷理解』なり。マルコ15章34節のイエスの絶叫「我が神、我が神、何ぞ我を見捨て給ひし?」を神学的公理とし、遺棄性を人間の根本問題と見た上、これの解決は、1遺棄性の発見学、2痛知学、3絶叫学の三段階あるも、イエスの行動はいずれも含むこと、其処に「新しき形始まる」こと、掘削続け、バルト和解論の祈祷論的解析に及べり。「新しき形」探究の諸論文多く1960年代1970年代『福音と世界』誌に書けリ。当時編集長貝沼信氏とよく協働せり。今、諸論文も、復刻の時なり。貝沼氏への感謝表すべき時ぞ。ここに我が二十代三十代の思索顕るべし。)
右の二著青春の気の立ちのぼり生涯の糧我に供せり
かくて我ブログ公開著書挙げて十冊得たる如何に幸なる
これらみな主著完成の備へにて期待の一字秘められたる書
主著なるは御神のエコソイックスエコ神学の新構想ぞ
日日はこれ推敲の歩みなり著作喜び実(げ)に尽きずして

神戸において賀川豊彦と歩みを共にした「武内勝」の肖像画が、ご子息の武内祐一氏より神戸・賀川記念館に寄贈され、昨日はイエス団の黒田道郎理事長・神戸イエス団教会の上内鏡子牧師など関係者が集い受贈式がおこなわれて出かけました。
「武内勝所蔵資料」はすでに一部 http://k100.yorozubp.com/
今回は黒田理事長(左)と武内祐一氏(右)の写真とミュージアムに展示されている関係資料の一部をUPします。
加えて、この度イエス団本部に掲げられている二つの安宅禮子作品(昨年逝去されその遺作展が神戸・原田の森ギャラリーや京都市美術館で開催されました)と、本部の部屋の西側窓辺の昔懐かしい「善隣幼稚園煉瓦塀」?の写真も添えて置きます。






