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延原時行歌集「命輝く」
(第330回)
「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(108-4)
昨夜のことの歌、受肉の神学の歌、形成始むの歌、朝の思ひの歌、我が主著の歌、地底よりの基督教の歌、を巡りて、の記
2012年9月21日~26日
9月25日
地底よりの基督教の歌十首
日ノ本の国の基教は宣教師跡継ぎにして地底無きなり
跡継ぎの跡継ぎめぐり競ひありしかはあれども地底起たずも
真なる学理はいずこ地底より起つキリストの祈りこそそれ
我昔地底脈々無者修行かくしてぞ主の祈り学びつ
主の祈り学びつつ記す主著なるも半世紀秘す門外不出
これ正に地底よりなる学理道我地底の主仰ぐ者なり
日ノ本の国の基教にくさぐさのバンドありしも地底なし嗚呼
結局は基教とは何さまざまの近代化なる地上の宴(うたげ)
宴にはされど蹴落とし生得ぞ宴の外に人置くが快
(備考:これ日ノ本の基督教の持病ならんや。地底知らぬ故なり。因みに、地底は海外の地底と学術的に通底セルなりとは、わが母校クレアモントでは常識なり。)
我が旧友昨夏ボ市にて永眠す米長老派半減嘆きつ
(備考:志茂望信博士(July 18, 1934~July 20, 2011)に捧ぐ:悲報受け哀悼切々秋悲し。昨夏6月米国長老教会信徒半減せしとの報道ありと嘆くメールCCあり。その後絶えて来らず。されど、同君の77年間の在米活躍今も我が心に残るなり。西陣センター所長、米国ハーバード大、ボストン大にて研鑽。Old South Churchに立てこもりて母校同志社応援、日米交流史著述と日米交流に尽力多大、新潟地区よりの牧師海外研修アンドーヴァーにての際、尽力深甚なりき、北垣宗治敬和学園大学学長その際講演ありき、同君と楽しき激論アーモスト・カレッジでありき、思い出尽きぬなり。告別式は、August 27, 2011 at Old South Church Gordon Chapel、--なりきとオンラインで知る。)
昨日の事26日
ぴくの歌二首
延原さん手握ってみて療法士声掛け給へば薬指ぴく
(備考:北越病院訪問リハビリ大島誠雄セラピストの声に妻麻痺の左手薬指ぴくと動きたり。嬉し嬉しも。)
薬指動いたんやで妻の声ケータイしつつ兄に喜ぶ
(備考:三田の兄になり。)

今回の「凪の座40周年リサイタル」のプログラムにはありませんでしたが、東京在住の「銀色のランナー」こと「渡辺善行さん」には会えるかもしれない、という期待はありました。
私の期待通りに渡辺君は車いすにのって会場にまで駆けつけていました。彼は今、全国各地で持ち歌「銀色のランナー」をひっさげて増田さんほか仲間たちと旅を続けていますが、時折テレビの映像でもお目にかかります。
リサイタルでは「飛び入り」としてその「銀色のランナー」を披露し、喝采をうけました。もうずいぶん前、20年ほども前に、渡辺君なちが「笠木透と雑花塾」のサポートをえて出版した<不良障碍者・旅のおしゃべり>という副題のある『あそばなきゃ』(あかるい農村出版部)は、当時たいへん話題になりましたが、今回はF.F.C.Uいしかわ(代表:川崎正美)がこの夏刊行したCDブック『どこまでも一緒にーTokyo Crab Runners』を持参しての出演でした。
ながいおつきあいになります。彼は上田達生さんはじめ、親しい良い友に出会いながら、厳しい筋ジスという難病をひっさげて、活躍しています。ユーモアいっぱいの美しい笑顔に接することができました。


「銀色のランナー」ヨコになってしまいましたが・・・・
