once 46 坂道



朝子と芳乃はかなり意気投合した様子で、メールアドレスを交換しながらまだ何か言い合い、そのたびにニコニコ笑っている。

有芯も、携帯やパソコンのメールアドレスを宏信と交換し、何度も「また来るよ!」「今度は行くよ」と言い合っていた。

仲の良い若いカップルは、10年前に結ばれ損ねた二人が去っていくのを、いつまでも見送っていた。

「バイバーーーーーイ!」

「またねーーーっ!」

朝子は何度も振り返り、そのたびに宏信と芳乃が繋いだ手を振った。

有芯は、今は遠い大木邸を振り返り仰いだ。最初に見たときよりも、はるかに優しく、彼の目に映る巨大な建物。

ありがとう、宏信。そして・・・

有芯は前を向いた。朝子が、彼を待っている。

「朝子・・・」

今朝から散々泣いていた彼女は、今は笑っている。化粧がはげて、少し子供っぽく見える。でも、やっぱり綺麗だ。

それに・・・

「朝子先輩でしょ? 呼び捨ては生意気よ?」

やっぱり、口が減らない。

変わってない朝子。

優しくなった朝子。

泣き虫な朝子。

強がりな朝子。

俺の・・・愛する朝子。

「何ボーっとしてるの?」

「・・・別に」

有芯は朝子と並んで歩き出した。

「朝・・・子、先輩・・・この後、どうする?」

「私、帰るわ」

朝子はにっこりと笑った。

「私の役目は、全部果たした、と思う。それに・・・」

朝子は有芯の顔を戸惑いがちにちらっと見て、「・・・やっぱ、いいや」そう言うと苦笑いをした。

「そうか」有芯はそれきり、前を向いて歩いた。

これ以上一緒にいたら、俺は朝子に何をするか分からない。

この坂道を降りきれば、そこからホテルが逆方向の俺たちは別れることになる。

ずっとこうして歩いていたい。叶うなら永遠に、この坂道が続けばいい・・・。





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