2004年04月15日
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フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」のメガロサミア
の概念は、キルゴアのクシャトリア気質を養成する上で
かなり大きな位置を占めています。

「気概」という歴史の駆動要因

 ヘーゲルは、 人間を、
他人から認められたいという欲望・願望を持っている点
で他の動物とは異なる存在だ
、と考えた。
動物は自己保存の法則に従ってのみ生きる。
対して人間は、 時には自己保存の法則を克服してまで、純粋な威信を求めて闘争に生命をかける。 古代、ふたりの戦士が決闘し、一方の戦士が生命の危機を感じ白旗をあげた時、主従関係が生まれ、歴史は始まった。 戦いによる報酬は威信や誇りといった、生物学的に定められるものではない。

ここにベーゲルは人間の自由を見出したのである。

 この「認知への欲望」と同種のものは、プラトンにまでさかのぼって見出すことができる。
プラトンは、人間の「魂」には、欲望・理性・気概の3つの部分がある
人間の行動の多くは、「欲望」と、
それを効率良く満たす方法を教える「理性」のふたつで説明できる。しかし、
人間は、自分や自分の所属する集団、その他さまざまな価値などを他人に認めさせたいと望む
「気概(thymos:テューモス)」を持っている。この気質は一般に「自尊心」と呼ばれるものである。 人間は、他人から「価値のない人間」として扱われれば「怒り」を感じ、自分の価値観に沿った生き方ができないと「恥辱」を感じ、自分の価値にふさわしく扱われると「誇り」を感じるのである。
ヘーゲルは、こうした人間の感情や欲望が、歴史を動かしていると考えた。

 先述のように、ヘーゲルは、この「尊厳をもつ人間として認められたい」という欲望が人間を戦いへと駆り立て、結果、進んで自らの命を賭ける主君と、死への恐怖に屈した奴隷とに階級が分かれたと説明する。この主従関係は、貴族制社会を生んだが、どちらの側の認知にも欠陥があった。なぜなら、奴隷が認知を求めることができなかったのはもちろんのこと、主君も、自分を認知してくれるのが人間として不完全な奴隷だったからである。そして、この双方の認知不足という矛盾が、次の歴史段階を生み出した(弁証法的発展)。契機となったのが、フランス革命とアメリカ独立革命である。ヘーゲルは、このふたつの革命によって、認知不足という内部矛盾をかかえる貴族制が、普遍的かつ相互的な認知をもたらす民主制に取って代わられたと考えたのである。

確認されておいてよいのは、以上のような歴史観を継承するフクヤマが、ロックやホッブズ、あるいはジェファーソンやマジソンなどのアングロ・サクソン的な自由主義の伝統を、「理性」と結びついた「欲望」や「自己保存の法則」(つまり財産の保護や生命の維持)に従属しているとして、ドイツ観念論よりも一段下に見ているということである。アングロ・サクソン的な自由主義における、リベラルな社会とは、幸福追求(生命と財産の権利)を有する個人間の社会契約だった。つまり、互いに生活や財産に干渉しないという、市民間の相互的で対等な合意である。対してドイツ観念論におけるリベラルな社会とは、財産獲得の権利や生命の安全を求める権利だけでは充分でなく、市民同士がお互いに認めあうことが必要だと相互・対等に合意されるものである。

 また、フクヤマによれば、「欲望」と「理性」は工業化のプロセスを説明できても、民主主義を求める戦いについては説明ができない。もしも人間にそのふたつだけしかないならば、市場経済志向の強い権威主義体制の下で生活することに、人間は満足するだろう。しかし人間は「気概」を持っているため、自由な個人として自分を認めてくれる民主的な政府を求めることになるのだ。これが、リベラル・デモクラシーへ向かって社会が進化し歴史を動かす原因である、というのである。

 更に、この「他者からの承認欲求」は、自由主義経済においても機能しているとフクヤマはいう。労働倫理とは、物質的動機ではなく、むしろその社会における諸集団が労働に対して与える認知に支えられており、労働は認知のための行為でもあるという。自由主義経済の成功のためには、(そして恐らく、なぜ成功しようとするのか、という根本においても)不合理な「気概」というものが必要だと主張している。また、日本の経済的成功の裏には、会社での認知が「気概」を満足させるということがあったと指摘している1。

優越願望(megalothymia:メガロサミア)と対等願望(isothymia:アイソサミア)

 繰り返しみてきたように、フクヤマは、ヘーゲル=コジェーブを継承し、自分の価値を他者に認めさせようとする人間の欲望が歴史を動かしてきた、と主張する。フクヤマは、この欲望をふたつの造語をつくって分類している。ひとつは「優越願望(megalothymia)」で、自分が他人よりも優越していることを認めさせようとする欲望である。これは暴君にもアーティストにも見られる性質である。もうひとつは、「対等願望(isothymia)」で、これは他人と対等なものとして認められたいという正反対の欲望である8。

 フクヤマは、資本主義が巨大な富をもたらしたとしても、平等に認められたいという「対等願望」は満たされないままに残るだろうといっている。なぜなら、民主主義国における貧困の問題は、物質的な欲望レベルから認知の問題へと移っているからである。労働の分化は、たとえば清掃員やバスの運転手は脳外科医よりも低くみられるというように、異なった職業における尊厳の格差をもたらした。また、低所得者やホームレスの人を傷つけているのは、生活の苦しさというよりもむしろ、尊厳が得られないというところにある、と考えている。個人の認知を求める欲望と平等の欲望は、同時に満たすことはできないのである。この両者は、緊張関係におかれている。そのため、自由主義社会においては、自由と平等のバランスのとり方が、個人主義から社会民主主義までさまざまに存在する。しかし、リベラル・デモクラシーという原理が損なわれることはない、と説明している。また、明記されていないが、このふたつは、アメリカの政党でいうと共和党と民主党に相当していると思われる。







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最終更新日  2004年04月18日 23時28分03秒
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