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腰痛、13日目、
遅々として進まない回復、
人工的に、やや楽なストレッチは見つけたが、
なんとなく付け焼刃のレベル、
この辺まで来ると、
もうあきらめムードが漂い始める、アーダコーダもいいのだが、
段々かったるくなってくる、
過去の自分を振り返ると、
あっと言う間に、祈りで治った事例は数知れず、この程度の痛みがなぜ長引くのか、
と文句を言っても始まらない、
と、ここで、
証にならない? のメッセージを思い出す、癒し礼拝の導き手が、
腰痛やら、目の不具合で、
「これでは証にならない、」と悩む姿に、ピーター牧師が諭す、
「 癒しのわざが、
人の手によるのでないことの証である 」と、
その通りだ、癒しのミニストリーなんて、
鏡の反射でしかない、ざっくり言えば、
神が動くことの反復、自分でやっているように見えても、実は、
すべては、神のコントロール下にある、
いくら、「治れ!」と言っても、
神の意思がなければ、うんともすんとも反応しない、主役は神であり、 ある意味、
その神の忠実な伝令係、コピーマンとでも言おうか、それが癒し手であり、ミニスターの働きである、
とグダグダ言っているところで、
腰が疲れてきた、無駄なあがきとは思いつつ、
又、そぞろ、とりとめのないストレッチなどをして、
寝ようっと、
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