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神の息と一つになれ (pdf) (抜粋で、)
時折、悲しい人の声を聞くことがあります。
さんびの中にいるのに、何も起こらない。
みことばを毎日、暗誦しているのに何も変わらない。
さんびを毎日しているのに、少しもよくならない。
これは、確かによくある、
というか、自分の場合、
この状態の方が圧倒的に多いかもしれない、
そもそも、よく考えてみると、
賛美とか、み言葉というのは、媒体でしかない、それ自体に、力があったり、
存在感があるわけではない、それを通して、聖霊が下る(流れる)のである、
しかし、方法に頼ろうとすると、
(あるいは、助け主を忘れると、)
ついつい、こうなる、
自分が今、腰痛対策で、
寝転がって、骨盤に手を置き、「主を賛美せよ、」とか、
コアシェイクで、「骨盤よ、主を賛美せよ、」とかやっているが、これも同じこと、
自分の弱点でもあるが、いつの間にか、
命令のみ先行、賛美のみ先行で、
本末転倒になっていることのなんと多いことか、
主への賛美や、み言葉の暗誦、
あるいは、癒しの命令など、それら自体に命や本質があるわけではなく、
あくまで、媒体でしかない、
主体は、聖霊である、これ、忘れるんだよね、
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