シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年01月11日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 神秘学によると、人間の身体の左右非対称性は、エーテル体(いのち)からくるとされる。

 人間は左半身、右半身で大きく異なっている。左利きの人は少なく、多くの人は右手で書く。そして、言語に関する神経は、左脳に位置している。左利きの人は、逆に、右脳にあるという。

 他にも、心臓は左、胃は左、肝臓は右にずれている。肺葉は、左に2つ、右に3つ。このように内臓は左右非対称である。

 どうして、左右非対称なのか?

 神秘学では、エーテル体(いのち)は右側に、主に形成される傾向をもつとされる。左側は、肉(物質)体(からだ)が主に形成される傾向をもつという。肺葉が、右に3つあるのは、肉体よりも、活動的なエーテル体(いのち)のより多くの生命(呼吸)を支えるためであるという。

 脳のなかの栄養は、右利きの場合は、左側により必要となる。左側が地球の力(食物から栄養を摂る)を含み、右側が、エーテル的な天の力を含むように、人間は組織されているという。

 つまり、人間は、左側が物質的、地球的で、右側が天上的、宇宙的であるという。

 度を超えて、左右を同じに使えるように教育すると、半分気が狂った人間を育てることになるという。



 地球の水は、いわば血液であるという。水が、地球にとって、血液循環の役目をしているという。だから、血液が循環しない人間が生きられないように、水が循環していないと、地球は生きられないという。

 水は出発点と、海に注ぎ込む河口では全く異なっている。川の流れを追っていくと、河川の水が塩辛くなく、甘いことがわかるという。

 水は地上では甘く、塩分なしに循環しはじめる。海に至ると、塩を含んだ状態になる。

 水が、水源から海に流れる間に、その地下で、逆流するものが、地中に塩をもたらすという。河口から水源に至る塩の流れがあるという。地中に塩が堆積していないと、地中で植物の根は生長できないとされる。植物の根は、地中の塩を栄養として得ることで生長し、植物は、上に向かうに従って、塩分が少なくなり、花には、わずかしか塩分がないという。

 人間の血液が、心臓から血管を通っていき、静脈を通って青い血が心臓にかえってくるように、大地の水の循環は、地上で水が流れ、地下では塩が戻ってくるという。

 人間の胃が、外界とあまり関係せず、食物を通してのみ関係するのと同じく、塩の多い海水は、宇宙とあまり関係せず、海の内部は天空とわずかしか関係しないという。対して、川の流れる地球の陸地は、天空と深い関係を持っているという。山中の水源の泉には、純粋な水があり、いわば地球の目であるという。

 海は、地球の胃であり、泉は、地球の目であるという。

 泉のある陸地で、地球は宇宙を見上げるという。そこが地球の感覚器官であるという。

 地球の内臓は、海にあり、地球の感覚器官は、陸地にあるという。

 人間と動物の生殖は、天空と結びついているという。卵子が丸いのは、そこに天空の全宇宙力が働きかけているからだという。宇宙の動きは円環状なので、卵子は宇宙の模像だという。生殖が行われるとき、天が地に作用しているという。

 宇宙が働きかけるものは球体だという。目も球で、宇宙から形成されたものだという。脾臓は球ではないので、地球、地上の力、地球の内臓の力によって形成されているとされる。脾臓は、規則的に食物を食べれないときに、その調整を行うという。いわば、内臓のリズムの調整器であるという。



 例えば、金魚は、皮膚全体を用いて、光の影響を受け、卵を、光の射す、あらゆるところに生みつけ、外からの作用により、卵をかえすという。淡水魚は、甘い宇宙に通じた水に棲むので、海水魚よりは困難ではない。

 鮭は例外で、強い筋肉を得るために、塩辛い海水が必要とされ、海に生き、繁殖するために、宇宙と通じる淡水に戻るのである。鮭は、川に上ると、淡水が筋肉形成に寄与しないので、細くなり、その代わり、感覚器官と生殖器官を巨大に形成するようになる。

 このように地球の水の循環が、鮭の習性に生きているのである。

 地球が塩を含んでいるところでは、地球の力が作用し、地球から形成された器官が作用を受ける。地球の重力の中で生きるとき、筋肉が地球からつくられ、地球は筋肉に作用し、骨に作用する。

 地球は、人間に塩を与え、人間は、強い骨と強い筋肉を得る。しかし、地球の塩の力では、生殖器官と感覚器官は、形成できない。それは天空の力の影響下にあるからである。



 人間の半分である、左人間は、いわば地球の海であり、塩の堆積があり、栄養分を筋肉と骨に有し、右人間の淡水部分と、均衡をとっている。人間は塩が多すぎると、骨は脆くなり、筋肉は鈍重、不器用になる。塩分が少ないと、クル病になるという。

 人間を植物と比較すれば、淡水部分に光を必要とし、海水部分に塩を必要とすることがわかる。人間のなかに生きているこの均衡法則は、地球が宇宙に生きている均衡法則に一致する。

 つまり、人間が生きているのは、地球が生きているからでもある。

 この塩と重力の、海水の地球力に対する貯蔵概念と、光の、淡水の天空力に対する活動概念が、恐らく、風水の概念を生んだのだろう?

 神秘学では、光と水によるエーテル体(いのち)操作のことであろう。

 エーテル体は天空力を表現し、東洋哲学では気のことである。エーテル体は、天空の円環力を基本としているので、気の循環、円通を基本とするのだろう。また、エーテル体は、水と光の作用を受ける。エーテル体は光により成長するものである。

 だから、風水では、水まわりと風の方向が問題とされる。エーテル体(いのち)、いわゆる気を循環させるために、純水と光(主に日照)の配置を工夫するものであろう。人間の右側である身体の精神的な部分を、発展させるために、光の方向を拝むように、神仏棚を置いたり、精神を穢すが、現世を生きるために必要な、左側である身体の肉体的な部分に、金銭的な貯蔵や、穢れた汚水などを排出し、左側から右側へと、水を浄化させるために、土地に植物を植える等などの工夫が、考えられる。

 また、日本人の昔からある、嫌な人に塩をまいたり、葬式後に、塩をかけるのは、この地での精神的関わりを絶つことを意味するのだろう。この世に未練を断ち切って、精神的に浄化させることを願う意味と、現世において、もはや関わりを持ちたくない精神に、塩を置くというのだろうが、それは、この海水の原則からきた名残りだと思われる。

 未浄化霊にも塩がまかれるように、塩は感覚器官や生殖器官を阻害する海水作用に通じている。霊学では未浄化霊は執着心があり、地に固執する自縛霊のことである。恐らく、この世での塩はあの世での生命の水に相当するものなのだろう。

 また、俗物的人間に塩を与えると、塩過多で、骨を脆くし、筋肉を鈍重にする意味もあるのだろう。いずれも、唯物質的で、反精神的な行為に、塩が送られる。「敵に塩を送る」という、戦国時代の武田信玄への上杉謙信の行為も、謙信の信仰深さからいえば、あながち、信玄への援助と考えるより、精神的部分の意味が大きいように思える。あるいは、「もっと塩を食べて、強い筋肉、強い骨をつくり、戦場で相見えよう」という信玄の兵をなじったものかもしれない。結局、後世への謙信の潔さ、精神性を評価させる結果となった。

 風水は古代中国からきたものだが、太古の日本人の風習が、地球が生きていることの証であるように思えてならないし、日本人は、地球が、自分たちと同じ、生命体であることを知っていたのである。

 ちなみに、神秘学では、古代中国のこのような太古の学問は、アトランティス時代の名残りであるとされている。





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Last updated  2006年01月11日 13時41分11秒
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