シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年03月02日
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 仏教でいう色即是空、いわゆる中道とは、現代科学でいえば、双対性のことであり、神秘学でいえば、2という開示の数字で、2元性を意味し、ギリシャ哲学では、アリストテレスの中庸ということであるように思える。

 ぶっちゃけ、「あんた」と「わたし」があるから、「わたし」という存在があるのだ。ここから、この世があるのは、あの世がある御蔭であるともいえるのである。そして、宇宙はそれらを統合し、一に帰するということで、中道、中庸が、宇宙の進化の法則となるわけである。

 「あんた」と「わたし」が、この世で、出会い体験して、それが、次の宇宙をつくりだすといってよいだろう。

 だから、この世で、数々の人と出会い、知り合い、そして友愛を深めることで、その絆は、死んでもなお、宇宙のなかで、魂の存在のなかで、生き続けることができると思われる。

 あの世に行くには、この世で死んで、肉体を去らなければならない。肉体には、外見(物質)をみる感覚器がついているから、感覚器に頼って、この世で、物質的な交際(損得勘定)を行っていた人は、あの世で、精神的に盲目になるだろうし、逆に、この世で、物質的な感覚が不自由な人は、今度は逆に、そのハンデを負わなくてすむようになるだろう。

 あの世では、人間の姿を、いわば、霊的に捉えられないと感じられないのである。その霊的な感覚器は、この世に生きているときにこそ、容易に開発できるのである。なぜなら、間違うことができるからである。間違いを正すことができるという点において、進歩、進化が存在する。悪を善に改善することで、はじめて善の意味をもつ。この世で友愛活動が推奨されるのは、そういうことだろう。

 この世でのこのような不正を正す体験がないと、あの世では、ただただ盲目的な孤独の存在とならざるをえないだろう。だから、自殺は避けるべきものなのである。

 この世をいわば、ネット世界として、人間を、ネットでしか感知できないネット人間の世界で捉えると、このことは容易にイメージできる。ネットでの交際がないネット人間は、オフ会をすることができない孤独のネット人間となってしまうだろう。しかも、自ら、ネットから去ることを決めた自殺者は、永遠に、その時点以前で、知り合った人間を、ネットという感覚ツールもなく、当てどもなく、探し様もなく、永遠と孤独のなか、オフ会をすることもなく、一人で反省の日々を送るしかないだろう。

 まさしく独房状態と相違ないだろう。時間を潰す材料は何もないのである。ただただ、自分のなしたことを後悔するしかないのである。



 だから、あの世での生活の基盤は、この世で、友愛的な何を成したかなのである。

 この世でお互いを愛し合いなさい。そうすれば死んでもなお、救われるだろう。





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Last updated  2006年03月02日 21時14分11秒
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