シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年03月14日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 第2文化期は、スミルナの教区、スミルナの教会と呼ばれる、古代ペルシャ文化期を表すという。

 そのペルシャ文化期に、人類の導師が、霊感を与えた人物に、次のように語ったという。「昔、光の神がいた。その神には、外的な物質、闇のアーリマンという敵がいた。私は、最初、この光の霊と結ばれていたが、やがて、物質世界のなかに組み込まれた。物質世界では、アーリマンがわがもの顔に活動している。私は、光の霊とともに、物質に働きかけ、物質を霊に組み込ませる。そうすれば、悪しき神性に打ち勝ち、善なる光の神性がふたたび現れる」

 「私は最初であり、最後のものである。」

 これは物質生活において死に、霊的な復活のなかで、ふたたび生きる者であることを示すものだという。

 死に生命を与え、死を霊化することが、大切だという。

 人生から、果実を得ることができなかったならば、霊的生命のなかに果実を携えていくことができない。この果実によってのみ、人は霊的存在のなかで生きることができるのだという。

 果実をたずさえていなければ、「第2の死」を体験するという。

 この地上に働きかけることによって、「第2の死」から救われるのだという。

 だから、「耳のあるものは聞くがよい。打ち勝つものには、第2の死という苦悩は生じない。」



 だから、物質的な死は、一種の仮想であり、試練なのであり、一時的なものというべきで、克服可能な障害というべきものである。物質的な死に、生命を与えるのは、人生のなかに、いかに愛をもたらしたかなのであるといえる。人生のなかに、愛をもたらさなかったものは、克服すべき死を克服できずに、第2の死という、真の霊的な死に至るという。

 その真の死は、悪魔アーリマンの掌中にある。だから、人生のなかに、愛をもたらし、死に生命を与え、死を霊化すべきなのである。

 「わたしはあなたの苦難や貧しさを知っている。だが、本当はあなたは豊かなのだ。」

 人生に物質的な死はあるが、人生に愛をもたらすことにより、霊化という愛の果実をもたらしえる。そして、その愛の果実が、次の人生(転生)を豊かなものにするのである。

 だから、苦難や貧しさのなかに、愛の果実があり、それが豊かさをもたらすのである。苦のなかに楽がある。不幸を体験することで、幸福が何であるかがわかるのである。

 死があるから、生がある。人生をよく生きるものが、真の死である永遠の命を得ることができる。

 「自分をユダヤ人と言うものは、実はサタンの集いに参加しているものである。」

 物質的な人生で、富を得ようとするものは、実はアーリマンの手下に成り下がっているのである。闇を得れば益々暗くなり、ユダヤ人と自称し、名誉欲に囚われているものは、実は、真のユダヤ人ではなく、キリストに敵対したユダヤ人なのであり、アーリマンの集会に参加している者なのである。

 我々の時代であるポストアトランティス時代に、人種という表現は、意味をなさない。ユダヤ人という人種も同じである。もし、我々の時代に、ユダヤ人と自称するものは、キリストに敵対した側についた意味としてのみ、捉えられると自覚せねばならない。

 なぜなら、どんな人類も輪廻転生し、色々な人種に生まれ変わるのだから。

 ユダヤ人だけに、あるいは一民族だけに、生まれ変わるというのは、それこそ、魂のなかに執着心がある証であり、魂の偏向、偏りを意味し、それこそ、アーリマンの物質性のなせる業なのである。



 だから、はじめであり、おわりである光の神とともに、光の神から離れずに、愛を捧げ、この世を霊化していかねばならない。それが、人間の、神への進化に沿う生き方なのであるという。

 物質に囚われることなく、物質を霊化し、生きろ

 民族主義に囚われることなく、愛を捧げ、同じ人間として、共鳴共感しろ

 汝の敵を愛せ、そして隣人を愛せ

 その愛の果実こそが、汝を築き上げるのだから





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Last updated  2006年03月14日 22時37分28秒
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