シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年03月29日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、4つの封印が解かれ、馬(知性)が現れる、黙示録の記述の簡単な解説を書きまとめた。

 我々の時代(ポストアトランティス)の終末期に予定されている、万人の万人に対する戦いの後の、次の第6の時代といわれる時代に、キリスト=イエスにより、封印が解かれるということは何度と無く書いたが、その封印の第4まで、解かれると、死が現れ、知性に霊性を伴う者は、白い衣を着ることができ、不死者として、第2の死を免れるという。

 これに反し、知性が、物質的な知識のみに留まる者、仏教でいう分別知の知性のみを有するものは、物質世界にとどまざるをえなくなり。地球という進化の舞台が、その物質性を失うので、分別知と共に、消え去らなければならない魂となるという。

 分別知は物質世界があって、意味をもつのだから、物質という対象が無くなってしまえば、その行き場に困るのである。知識という、認識を得る対象がなくなれば、認識すら意味をもたない。それは、錯誤した漠然とした記憶として、分別知は残されるだろう。

 それはしばしば、物を無くして、その記憶を辿るようなものである。「確か、ここらへんに、あったはずだ? まてよ、もっとあっちだったかな?」というように、辺りを彷徨い、それらしき類似の錯誤のものをみつけると、それに永遠に取り付こうとする。これこそ執着心のなせる業だろう。

 このような人間は、自分が一体なんであるかすら、見い出すことができないだろう。それは欲望のままに、低次元の自我に棲息したからに他ならない。「私」という感覚を、この欲望、つまり物質的依存性に依らせたからに他ならない。

 人間を外見で見る者が、外見によって騙されるが如く、自分を自らのなかで正確に把握しない者に、自らの土台となる自らを築くことはできないだろう。低次の自我に留まる限り、その上に建物をつくることは不可能である。ましてや、物質的知識の土台によって、この世に自我を構築しても、それをそっくりそのまま、物質性が何もない、いわば、空の世界のなかでは、土台すらつくることができないだろう。

 人間の現在のイメージが未来を作り出すように、物質世界は、空の世界からつくられるのである。自らに由るものが、真の自由を築けるのである。自らを土台とするものが、空の世界でも、真に自由で独立した家を建てることができるのである。

 空の世界において自らに由り創造を行う行為を「自由」という。



 物質世界では、何がしかに由らなければできない。物質世界では、何かに依存するからこそ、間違いを犯すことができる。ある物質的な知識の立場にたてば、他の物質的な立場とは矛盾するものである。物質世界では、お互い矛盾する存在なのである。

 「矛盾」という言葉は、最高の矛と最高の盾が同時に存在しえないことから生まれたというが、その矛と盾が、物質でなければ、存在しえるのである。実際、言葉では、「矛盾」として成立しえている。最高の「矛盾」というものがある。最高の矛であり、同時に最高の盾でありえる。物質としては創造できないが。それは立場(認識)の問題である。

 これが、霊的知性の意味であろう。

 キリスト=イエスにより、この霊的知性、つまり自らのなかにある愛に火を灯した者、そして、我々の7つの手紙時代に、高次の自我を育んだ者は、その愛と自由を土台として、次の時代に、家を建てることができる。そして、愛と自由の家を建てた者から、愛の都市が出来、それを、新しいエルサレムとするということが、黙示録で、暗黙の糧に語られているという。

 第5の封印を解くと、人間は、善へと上昇する者と、悪に堕ちて行く者に分かれるという。

 「神の言葉のために、その証言のために殺されたもの」には白い衣が与えられるという。これは愛に生き、自由を求め死んだ者ということだろう。

 この第5の封印は、我々の現在の、ポストアトランティス文化期に、霊的知識に目覚め、愛と自由を、魂に刻印した者、知性に霊性(白い)を加え、愛と自由の叡智を身につけた学びを行った者、それらの者が、この第5の封印が解かれるときに、白い衣をまとうわけだ。

 第5の封印が解かれると、地球は、もはや、物質性ではなくなり、神秘学でいうアストラル体の地になるという。だから、物質性に依存した知識のみを有する者は、第2の死を体験する。

 第5の封印が解かれると、全ては外的に殺され、霊において生きるという。人間も、もはや物質的肉体を失い。我々の時代での死んだ後と同じように、エーテル体が最下層の身体となるという。そこで、キリスト=イエスのエーテル体と同じ魂の刻印(言語)がないと、白い衣(愛のエーテル体)をまとうことはできない。

 だから、神の言葉は、愛の言葉であり、その証言は、自由の証言なのである。愛さないこともできるほど、自由な愛を持つ者は、白い衣をまとう。

 第6の封印が解かれると、「大きな地震があり、太陽は毛織物の袋のように黒くなり、月は血のようになった」。



 神秘学では、太陽は霊的進化を早める存在であり、月は遅くする存在であるといわれる。あまりに太陽的であると、進化が高度に進んでしまい脱落者が増えてしまうので、そこに、ちょうど、月の存在があって、太陽の進化を緩め、太陽と月の関係により、地球は、早すぎも無く、遅すぎもなく、うまい具合に、人間の進化に即しているというのである。

 これは仏教の中道の思想にもみられるところである。お釈迦さまは、「弦を張りすぎても、いい音色は出ず、また、緩めすぎても、いい音色が出ない。だから、張りすぎても緩めすぎてもダメで、ちょうどよい加減が、いい音色を奏でる」と言った。

 これは、太陽の高速な霊的進化の舞台でも、月の低速な霊的進化の舞台でもダメで、人間には、地球というちょうどよい、霊的進化を奏でる舞台が、正に適していて、与えられているのであるということを言っているようだ。

 地球こそが適切な人間の進化速度なのである。だから人生こそ、その進化の適切な、神々が与えた舞台であり、だからこそ、太陽や月に感謝せねばならないということなのである。地球は太陽と月によって与えられた人間進化の舞台なのである。

 だから、お釈迦様は、地球は美しいと言って、この世を去ったのであろう。





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Last updated  2006年03月29日 20時59分27秒
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