シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年03月28日
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カテゴリ: よもや話
 わが座右の銘は、少しばかし前は、ちょっと一端偉ぶって、「無為自然」などと、老子風を気取っていたが、近頃は、ともかく、「生きることは何かと面倒だ!」というものに変わった。

 勝海舟の座談にも以下のようなものがあるが、海舟のような人生の達人なんかに比べれば、同じ銘としても、いかにも恐れ多い伯爵様と、生まれたてホヤホヤの赤子のような雲泥の差もんであろうが…。

 生きているのは面倒臭い

「人間生きて居るほど、面倒臭いものはない。それならといって、まさか、首をくくって死ぬるわけにも行かず、伯爵の華族様が、縊死したとでも新聞に出されると恥だからノー」 

 人間生きるためには、食わねばならんし、食うために金を稼がにゃならんし、金のためには、仕事や芸も身につけ、奉仕もせねばならんし、そんでもって、糞や、ゴミの始末もせにゃならん。

 お釈迦さまは、それらを一刀両断の如く、「苦」という一言で片付けたが、さすがお釈迦さま覚ったお方だよね。その苦の素がこころからくるといって、こころを洗濯せねばならんというわけだ。

 面倒なことを洗濯しちまうと、綺麗になるわけだ。

 面倒なのは、何かせねばいかんという必要性に囚われているからであり、強迫観念、恐怖なんである。強迫観念や恐怖は、こころから生じる、こころのなかに主義主張がある。「こうでなければならない」とする偏ったもんがある。ホントにそうなんだろうか?

 そんな主義主張をうっちゃって、とにかく綺麗にしちゃえば、美学ができるだろうてなわけで、面倒なことから、美学を追求する態度に変える。



 だったら、美学ってなんなんだ!というのを西郷に求める。すると、勝海舟の座談に、以下のようにある。

 馬鹿の真似
「何事も知らない風をして、独り局外に超然として居りながら、しかもよく大局を制する手腕のあったのは、近代ではただ西郷一人だ。世が文明になると、みな神経過敏になって、馬鹿の真似など出来なくなるから困る。」

 ということで、私は、生きているのが面倒なので、馬鹿な振りして(ホントに馬鹿かもしれんが)、神秘学をして、気ままに遊んだ人生を、殺されるまで送ることに決意したのであります。

 馬鹿が馬鹿な振りするとどうなることやら疑問だが…。

 神秘学でいろいろキリストが、ど~のこ~のと偉そうな事を言っておりますが、ただ、面倒な人生を、少しはキリスト様の言葉に耳を傾けて、救われたいからでありますよ。念のために言っておきますが、キリスト教信者じゃありません。だから、布教活動など一切なし。ただ生きるのが面倒なだけで、道楽でやっていることでござんす。

 ホント、生きるのは面倒くさい。かといって死ぬのはもっと嫌なので、人生の謎を解くことにしたんです。それが私の美学です。





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Last updated  2006年03月29日 00時34分32秒
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