シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年06月27日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 ドッペルゲンガーとは、神秘学で、境域守護者と呼ばれる、いわば魂の守護者のことをいう。現代人は、肉体に深く個的に依存した生活を送るようになり、あまりに物質に深く結びついているので、太古のように、精神世界をみることが、もはや不可能になったために、物質世界の感覚無しでは、魂が深刻な虚無感と虚脱感に襲われかねなく、魂がショックをうけて、自ら砕けてバラバラにならないために、境域の守護者が、厚いベールで、精神世界を直接みないように、保護し見守っているという。

 現代人は、あまりに物質的思考が身についてしまっているのである。この物質的思考は、鉱物世界で創造活動を行うのには都合がよく、現に唯物的科学を打ち立て、物質的に快適な生活を手に入れた。その代わりに、人間の魂が、深く物質的肉体と結合するようになり、神秘学でいうエーテル体と肉体の結びつきが堅くなってしまったので、周囲を精神的に見通す力が弱くなったという。そのために、人間は、周囲を機械的にみるようになったといえるだろう。

 そしてもはや、生命体をも、機械的な物質体として捉えるようになってしまっているといえるだろう。

 神秘学では、生命体は、物質的観点からは捉えることが不可能なものであると定義されている。

 生命体は、鉱物のように、死んだものではないからである。

 生命体は生命体自身で、その存在を意味づけるものなのである。生命体を、言葉で表わすことは困難だが、目にはみえない精神のような働きとイメージするしかない。生命はそれ自身で1つの存在であり、その働きをなすものであり、そこから分かれ、排除されたものが、死であると捉えることができるだろう。

 だから、生命と死を、精神の活動としての意味で、言葉で表すとしたなら、例えば、自分の尊敬し、好きな人に好んで自らを捧げたが、相手に受け取られずに、拒否され、その拒まれた自らの犠牲が、自分に再び戻ってきたために、それが変質し、相手への憧れや想いとなり、少しでも相手に近づこうとする運動に変わったものが、生命であるだろう。生命は憧れに少しでも間接的に近づこうとする精神の営みで表されるだろう。そして、死は、その拒まれた自らの犠牲を、自らのなかから排除しようとするものであるだろう。

 だから、生命は、憧れに少しでも近づこうとする間接的な運動であり、死は、自らのなかから拒否された犠牲を、排除しようとすることだろう。

 ここに、現代人があまりに、唯物的な思考をするために、精神を度外視して、生命を死と捉えてしまい。自らの拒否された犠牲を、あまりに強烈に排除しようするために、憧れの対象に徐々にゆっくりと時間をかけて間接的に近づくのではなく、直接的に排除しようとしてしまうのである。



 これは現代人の魂があまりに肉体に堅く結びついてしまったために、肉体の死が全てで、もはや肉体の現実を受け入れることができずに、あまりに恐怖をもって、死を捉えてしまう傾向にあるといえるだろう。

 肉体とは、正に死の現実なのである。なぜなら、肉体は、生きているときに、自らを犠牲として、憧れの魂に捧げたが、死と共に、魂に拒否され、その骸となり、それゆえ、魂がいなくなると、死の現実として、粉々に砕けて地にかえって行く存在なのであるからである。何より肉体は、魂なしでは生きられない存在なのである。古代ギリシアでは、それは当たり前の原則であったという。





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Last updated  2006年06月27日 22時23分56秒
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