シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年09月19日
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カテゴリ: 神秘体験空間

 神秘学によると、ヒポクラテスの医学は、古代医学の終末の医学だったという。ヒポクラテスにおいて、古代の医学は死んでしまったという。ヒポクラテスの医学は、体液病理学とでもいうべきもので、現代でいえば、分泌物やホルモンの話にみえるだろうが、実際は、そうではなかったという。

 ヒポクラテスが指摘したのは、正常な生体組織においては、体液がある一定の比率を保っていなければならないというもので、その適正な混合をクラーシス、不適正な混合をディスクラーシスと呼んだと言う。ディスクラーシスが英語のディジーズ(病)になったものと思われる。

 ヒポクラテスは、人体の生体組織を4つの構成要素、土、水、空気、火からなり、それらの4要素が、黒胆汁、黄胆汁、粘液、血液として特徴づけられ、それらが適正に混合されたものから、人間の生体組織は機能しなければならないと考えたのだという。

 ヒポクラテスを真に理解したければ、神秘学を知らないといけないのだが、後世の者は、唯物論に走ってしまったので、このことの真の理解が遠ざけられ、19世紀には、ついに唯物論の集大成である、原子論的な医学が誕生し、ウィルヒョウの「細胞病理学」が出版され、細胞の変化から、病気を理解しようとする原子論的な唯物論的理論を基にした観察がはじまったという。そこから現代の西洋の科学を中心とした、解剖学を基礎とした医学に至ったという。

 確かに、西洋科学的な唯物論は理解しやすい長所があるが、生命は科学的に理解できるほど単純ではないと神秘学は説くのである。近年の細胞死のアポトーシスという概念も、ヒポクラテスが古代に既に述べていたところでもある。現代でもこれを核の断片化として唯物的に理解しているが、それでは細胞という生命の死とはなんなのか?、生命の死とはいかなる状態か? 、脳死とは死なのか?、形態を用いて定義はできても理解できないものとなっている。

 神秘学で、上述したヒポクラテスの理論の意味を考えると、次のように明らかになる。土、水、空気、火とは、アリストテレスが説いた4大元素霊のことで、それぞれ、土から物質的肉体の黒胆汁、水からエーテル体の黄胆汁、空気からアストラル体の粘液、火から自我の血液の意味があきらかになる。つまり、人体は、物質的肉体、エーテル体、アストラル体、自我の4つからなり、それらが適正な比率で結合しているなら正常のクラーシスで、不適正ならば病のディスクラーシスとなるという意味になるのである。 

 19世紀の唯物論化に向かう歴史のなかで、パラケルススは実際、秘儀参入者だったので、世の中がそのように進むことを熟知していたにも関わらず、霊視力を有していたので、エーテル体を、アルケウスとして想定したという。アルケウスは、物質的肉体の重力に対抗する光の上昇力を意味したという。そして、人間と他の動物の骨格的負荷具合(重力に負った構成力とそうでない構成力)を比較し、アルケウスの相違を説いたという。人間が常に立位で行動できるのは、アルケウス(エーテル体)の違い、つまり天に向かって上昇する光の力の御蔭であるようなことをいったらしい。

 そして、生命力の源をアルケウス(エーテル体)に求めたのである。

 唯物論では生命力を語ることはできない。なぜなら、自分の指を切るのと、紙を切るのと同じであるからである。指と紙を切るのでは何処が異なるのか、痛いと感じるのはなぜなのか? 唯物論では語ることができない。

 パラケルススならば、そこにアルケウスがあるかないかの違いだということができる。つまり、死とは、そこから、アルケウスが結合せずに、離れた状態だと明快に答えることができるのである。物質を生命足るにさせるアルケウスがないとき、それは死であると明快に答えられる。

 ヒポクラテスの説いた病の説明は、とくにエーテル体である黄胆汁と物質的肉体である黒胆汁の混合具合(結合状態)から明らかとなるという。

 エーテル体の上昇力と、物質的肉体の下降(負荷)力を、人間のなかの両極性として捉えるのである。

 人間の本質において、上の両極性を考えると、心臓は、自動的機械のようなポンプではなく、下腹部の栄養摂取と消化によって液状になった栄養素と、上部の呼吸により取り入れられた気体状栄養素との間の、お互いが相反する相互作用からなる、滞留装置であり、そこから人間の上部活動と下部活動を知覚し、感受する感覚器官なのであるという。

 ここに、心臓を通して、水のエーテル体と、空気のアストラル体が混合しているといえる。心臓は、エーテル体とアストラル体の適度な比率を保つ感覚器官だといえる。

 例えば、上部(呼吸)の咳は、下部(消化)の下痢に相当するという。

 では、不適正な混合ディスクラーシスはいかに生じるのか?

 人間の下部の消化作用と、上部の呼吸作用は、心臓により均衡を保っているが、あまりに摂取された栄養分の作用力が大きいと、外界で起こっている法則性が優位になり(主に重力)、人体内の呼吸作用では制御できないものが現れてくる。このような経過は、まずエーテル体に現れ、このような下部の消化作用は新陳代謝プロセスと呼ばれ、人体内から多大な独立性を有するものになると、上部では克服できずに、下部の消化プロセスは不規則なものとなり、このことが頂点に達すると、ヒステリーとなるという。

 このヒステリーとは逆に、上部の呼吸作用が、あまりに過度に組織を酷使しすぎると、不規則な相互作用が起こり、心臓に、下部へと伝達される前に、上部の呼吸プロセスが終わってしまい、いわば器官が知性的になりすぎ、神経衰弱が現れるという。

 以上をまとめると、下部の新陳代謝プロセスが不規則だと、ヒステリーになり、上部の呼吸(律動)プロセスが不規則だと神経衰弱となるという。

 これをエーテル体(気でもいい)の流れのイメージで捉えればわかりやすいだろう。エーテル体は波動によりオーラを有するので、早い話、オーラがあれば生命体であることわかる。霊視力がある人は、オーラの色により、人体の状態を読み取れるわけである。

 また、上部の呼吸プロセスを光の流れによる天の浮遊力とし、下部の消化プロセスを重力の負荷による地への拘束力とするならば、丁度、それが心臓において均衡を保ち、レオナルドダビンチの描いた有名な人体図が現れるのである。

 グルジェフの万物が波動から成っているという説と錬金術を加味して考察するとなおのこと興味深い認識が得られるものと思われる。長くなったので次回に譲りたい。 






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Last updated  2006年09月19日 22時04分27秒 コメント(2) | コメントを書く
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