シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年10月17日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 毎度毎度、堅苦しい読み物ばかし書いているのも、気がひけるので、今回は、神秘学の原理を用いたちょっとばかしの秘訣をお教えしたい。

 それは、願い事の叶え方である。

 例えば、自分が美形になりたいとするならば、その理想の美形に近い人物を瞑想すればよいのである。そんな馬鹿らしいとお思いのことだろうが、キリストは聖書で次のように言ったという。

 目において姦淫する者は罪人なり

 つまり、想像で異性を姦淫したものは行為に及ばなくても、既に行為を行い現実化したのと同じであるという意味である。キリストが嘘をつくはずはないだろうし、この発言がもし間違っているとするなら、解釈の違いにあるだろう。

 勿論、姦淫のようなことは、道徳に反し、相手から強制的に自由を奪うことなので、相手の不幸の上に自らの欲望を放縦することで、害悪であって、神様が叶えるはずもなく、ここでは、戒めの為に用いられているものである。ここでこの言を持ち出したのは、キリストがあえて、そのような戒めを説いたところに重要な意味がある。

 道徳に沿わないことは、自らの行動と責任に帰することであるが、道徳に叶うものならば、想像したイメージはいずれ現実となるのである。その想像が、神様の世界を幸福にする意向に沿う、全体に福をもたらす良きものならば、すぐにでも、自然に現実化するだろう。

 世界平和を願うものならば、きっと、神様は助力してくれるだろう。道徳に沿う範囲内で、神様はきっとお手伝いしてくれるはずなのである。そうでなければ、自分の力と行動で自由の精神の下に人為的に叶えるしかないだろう。

 要するに、物質的に強制力で、想像した望みを叶えるか、精神的にイメージ力で、想像した望みを叶えるかのどちらが、本当の幸福なのかという命題に帰するだろう。



 後者の場合は、確かに一朝一夕に叶うものではないが、毎日、毎日、絶え間なくイメージトレーニングすることで、他者の良き願い事と共に、着々とその理想に歩んでいくものであり、果報は寝て待てという諺があるように、待つことに耐えさえすれば、周囲も歩みが遅いので、あまりその差異に気がつかずに自然とその現在の存在を認めうるものになるだろう。しかも、後者の場合は、過去の悪い自分を忘れてしまう効果ももたらすのである。

 このような話は、ウサギとカメの競走や、北風と太陽のイソップ物語等のありとあらゆる昔話に伝承されているものである。

 人生の達人は気がつくと、人知れず重要なポジションについているのである。それは天の配剤といってもよいだろう。

 人知れず、誰にもわからずに、瞑想のなかで、自分のことだけでなく他者の為でもある願い事を祈ればよいだろう。自分が誰にでも祝福されるような好人物になれるのならば、その願いはきっと成就されるだろう。勿論のこと、瞑想によるイメージ力も大切だろうが、願う動機が不純かどうかなのである。是、嘘のような本当のことなのである。

 もし、あなたに恋人がいたとしたら、世界全体の人に祝福されるようなイメージをトレーニングしておくことを最後にお勧めしたい。





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Last updated  2006年10月17日 20時54分32秒
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