シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年01月04日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 肉眼で物質体を観察するように、霊視によってエーテル体を観察すると、人間においてエーテル体は、人-人間、獅子-人間、雄牛-人間、鷲-人間に分かれているのが見えるという。これらの集合自我はアストラル的性質のもので、霊視者はアストラル界における動物の集合自我と進化的人間の個別的自我の中間に、現代の人間の集合自我が位置するのを見るという。

 現在の人間の自我(アストラル界における動物の集合自我、進化的人間の個別的自我)    

 時間的に過去に遡るほど、人間はエーテル体に関しては上記四つのうちの1つの形態をとることが多くなるという。四つの魂のグループは各々1つずつ人間の集合魂、つまり、1つは人間-集合魂、2つ目は獅子-集合魂,3つ目は雄牛-集合魂、4つ目は鷲-集合魂に帰せられるという。

 ただし、これらの物質的な動物の形姿からとられた名称にあまりに拘りすぎると、誤った観念を持つことになるという。このような獅子-人間のエーテル体は、物質界の個々のライオンに類似するというよりもずっとライオンの集合魂の方に似ているという。キリスト教は、福音史家たちについて、彼らの魂が通常、現在の人間の魂のようではなく、人間のグループ全体(民族)を含むことを提示してきたという。

 内的な魂の性質に従って、マタイは人に、マルコは獅子に、ルカは雄牛に、ヨハネは鷲に比較されてきたという。これらは、キリスト教的な秘教が福音史家一人一人の魂に帰する類似性に由来するものだという。人間が、ある面では(進化の)下降において、またある面では(進化の)上昇において理解されることを見ていくと、このことをもっと正確に理解できるという。

 マタイ;物質体優勢の人、マルコ;アストラル体優勢の獅子、ルカ;エーテル体優勢の雄牛、ヨハネ;自我優勢の鷲

 人間(進化の下降、進化の上昇)

 この地球上で唯物主義の最も深まった時点で、人間は個別的魂の原基を獲得したという。人間は1つ1つの集合魂、人-人間、獅子-人間、雄牛-人間、鷲-人間を厳密に区別していた古い時代から下降してきたという。人間が将来再び上昇したとき、人間はその個別的魂を保持したまま、より高次の段階において高次の意識で、以前にはボンヤリとした意識のなかに有していたもの、つまり四つの集合魂を再び発達させるという。そのようなわけで、キリスト教においては、福音史家たちに、これらの特性が付与されているという。

 かつてのこの人間(古代人)の集合魂の概念を考えてみると、これらの集合魂は、空間的に、つまり並列的に生きているというよりは、むしろ時間系列の中で相次いで生きているという。動物の集合魂を観察してみると、ライオンのグループや鯨のグループを考えるなら、それら共通の集合魂はアストラル界に並列的に存在しているという。



 先に述べた人間の集合魂の類型の四つの集合魂は、四つの主要なタイプであって、無数の中間段階が存在するという。最も特色ある人、獅子、雄牛、鷲という形姿を挙げたが、これらは如何様にも混合することが可能であるという。

 1つの人間集団を観察してみると、例えば1つの種族、古代中央ヨーロッパの種族、例として、ヒュルスカー族のような種族は、一旦現れては消えていったという。唯物主義的な歴史観察者は、ヒュルスカー族のなかに、抽象的なもの、種族をまとめる1つの概念しか見えないが、神秘学者はヒュルスカー族の中に1つの集合魂を見るという。

 この集合魂はヒュルスカー族が歴史に登場したときに現われ、「生まれ出」て、ヒュルスカー族が勢力を増すとともに成長し、ヒュルスカー族が歴史から消えるときに、「死ぬ」という。進展してゆくヒュルスカー族の背後に、神秘学者は1つの進展してゆくエーテル存在を見るという。当然のことながら、エーテル存在とこの地上の物質的存在の間には差異があるという。

 物質的存在は物質界で生まれ、成長し、生の最高点に達して、また死に、誕生と死が物質界の存在の特徴をなすという。しかし、アストラル界の動物の集合魂を数千年に渡って追求してみると、このような生成と消滅は「誕生」と「死」という言葉では表現できないものであるという。これらは全く別のものに基づき、すなわちそれは変化、変容というべきものであるという。

 霊視能力をもってアストラル界で今日ある動物の集合魂に出会い、その集合魂の以前の受肉、つまり1500年前にこの動物の集合魂がどうであったかをみるなら、物質界のような年の若い人間を観察するということにはならないという。

 確かに勿論、集合魂も青年期、中年期、老年期を経てはいくが、集合魂は老年期の最後に意識を捨てることも、死ぬこともないという。死を通過することなく絶え間なく変化を続けるという。このように、動物の集合魂を遥かに太古の昔まで遡って追求していけるという。つまり、変容があるのみで誕生と死がないからであるという。

 ヒュルスカー族のような集合魂の場合にも同様のことがあてはまり、ヒュルスカー族が幾人かの肉体を持つ人間として物質界に現われると同時に、ヒュルスカーの魂が形成されたという。けれどもヒュルスカーの魂が生まれたというのではなく、別の時代から作り変えられ変成させられたという。

 この魂はヒュルスカーの勢力とともに成長し、ヒュルスカー族が頂点に達したときに頂点に達し、ヒュルスカー族が物質界における歴史のなかで後退し消えてゆくときには、ヒュルスカーの魂は別の種族の魂となるために新たに若返るという。

 つまり、魂は変容するのみだという。高次の世界において魂を観察すると、物質的な誕生と物質的な死は存在せず、我々の知っている誕生と死は物質界のみに存在するのであって、高次の世界には存在しないという。

 この魂の変容は、現代理論物理学の超対称性の概念で、フェルミオンとボソンの関係に類似している。数学的にエネルギーが満ちた量子場に生成、消滅演算子を掛けることで、量子(粒子)が生まれ、消える概念を、フェルミオンという物質場、つまり物質界の生と死で表現し、その背後の反ベクトルの複素場を、超対称性のボソンというゲージ場として考えるのである。そうすると、6次元の場が数学的に記述できるだろう。

 そして、3つの反次元と3つの空間次元の6次元空間のなかから、3つの反次元が、1つの時間次元をつくりだし、我々の物質空間である3+1次元=4次元空間を現出させると数学的に考えることができる。



 このとき、3(反次元)は、我々の時空間でいう、未来への方向と、過去への方向と、それらを融合した現在の時間の3つの進化次元を、三位一体の表記で記述できるのである。

 反次元空間=現在(過去、未来)

 つまり、我々の認識する時間の矢は、三位一体の原則からなるのである。霊界では、3つの次元に分かれる。だから、霊界にいくと、過去と未来と現在を同時にみることができるのである。 

 秘学の叡智はこのことをよく心得て表現していて、その際、数に対しては非常に注意を払っているという。特定の人間集団に属する集合魂がいつ成立して別の魂から変容して成長し、頂点に達して再び下降していき、更にまた別の集合魂に変化してゆくのか、平均の数を決定しようとしてきたという。

 人間の寿命を平均75歳と見積もり(この数を大陰暦年とみなして)7を掛けると、四つのタイプにおける人間の集合魂の次の変化までの生命が明らかになるという。ここで、7によってその世代が意味されているという。



 この場合、大陰暦年であることを考慮するという(およそ500年となる)。従って、神秘学においては、1つの集合魂は別の集合魂に変わり、その意識を失うことなく、新たに自分自身を生み出す、といわれるという。

 このような集合魂の自我を観察し、この自我のための外的な表現手段を物質的なものに探すならば、これは血液であるという。血は神秘学者にとって火の現われであり、火で燃え立たされた実質であるという。人間の物質体が土の現われであり、エーテル体が水の現われ、アストラル体が空気の現われであるように、まだ利己主義に縛りつけられていない自我は火の現われであるという。

 なので、血は利己主義を通して死を見出したといえるという。人間の自我は自分自身によって「自らの火の中でわが身を焼き付くし」ているという。これは神秘学上の表現であるという。

 人間は利己心を克服するときにのみ、不死性に到達し、人間の集合自我は自らの火のなかで身を焼き付くすという。500年が過ぎると、集合自我は燃え尽き、自己自身から新たな形姿を創造するという。

 このことが神秘学では、集合自我は一般に500年生き、それから燃え尽きて自らの火から再び命を吹き込まれると叙述されるという。

 このことを「不死鳥(フェニックス)」と呼ぶという。フェニックスについての美しい伝説は、このように事実に即した背景を有しているという。フェニックスは四タイプの特性をもつ集合自我で、それは七世代後に燃え尽き(一世代を75大陰暦年と計算して)復活するという。

 人間の4つの主たる集合魂(人、獅子、雄牛、鷲)は、75X7世代=525年で、集合魂を全改訂する大きな変化(地上における生と死)を遂げるという。そして、更に次第に、個々の自我へと分離していくわけでもある。

 これがフェニックス伝説の真実の背景であるという。このようにして、フェニックスに関する古い伝説が、極めて奥深い神秘学的事実から創られたということの新たな証明が得られるという。何百年にもわたって神秘学の学院で教えられてきたこと、そして実際、神秘学の記号や封印はそれを表現しているのだが、上記のようなことが明示されなければならないという。

 このような神秘学の真理の表現を聞き、人類が記号や象徴のなかに保存しているものと比較してみると、人間の意識はいかに多くのことを、自我が悟性的意識となる以前に既に創造していたことが繰り返し思い出されるという。現代人は、今日、既に随分進歩したと信じ込むが、人間の悟性は、過去の世の創造的意識、勿論秘儀参入者のみが有し、彼らはこれを伝説の中に隠したのだが、この創造的意識に遥かに遅れをとっているという。四種の動物についての象徴は考え出されたものではなく、その出発点、起源となっているのは、思考ではなく、観ることであるという。





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Last updated  2007年01月04日 22時13分44秒
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