シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年01月16日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 この種の視覚経験は古代カルディア時代初期にはまだ知られていたが、後の時代になって忘れ去られたという。古代カルディア人たちは昼間、この漠としたイメージの暗い領域だけを見ていたという。そして、彼らは夜にも、それと非常によく似たものを、眠っている状態においても、見ていたという。

 何故なら、古代カルディア人の睡眠は、我々現代人の睡眠ほど深くはなく、どちらかというと現代人の夢に類似したものだったという。今日の現代人は、睡眠中に、周囲を知覚できないが、古代には、現代人のような、睡眠中に周囲を知覚できないような深い眠りは知られていなかったという。

 古代の人々は左右に続くオーラの雲の視覚的形態を、その中の光の点としての個人と共に見たという。なので、当時、昼と夜における状態の知覚に関して、今日ほど顕著な相違はなかったという。このような理由から、古代人は昼間に日光があり、夜には日光がないという違いすら気づかなかったという。彼らは昼間、太陽を素晴らしいオーラに包まれた光り輝く球として見たという。

 つまり、いまでも至る所にある太陽神の信仰は、古代人が実際に、このように昼間、太陽が素晴らしいオーラに包まれた光り輝く球としてみていたことの名残であり、彼らが太陽神を、人間と同じオーラにみたのも、人間も同様に、オーラの雲として捉えていたからだとわかる。

 古代人は自ら、次のようなイメージを思い描いていたという。下方に地球、地上の至るところに水、そして高いところには雪があり、そこはユーフラテス川の源と考え、この全ての上に空気、そして高みには、最も美しいオーラに包まれて東から西へと旅する太陽がある、と考えたという。そして、彼らは、今日で言うなら、漏斗に類似したものを想像したという。つまり、夕方になると太陽はこの漏斗の中に降り、朝再び現れ出たという感じだったという。

 彼らは実際、この漏斗の中にある太陽を見たという。夕方、太陽は大体次のように見えたという。いわゆる、光り輝く緑青色の中心が、赤味を帯びた黄色の後光に包まれているように見えたという。彼らが太陽に関して抱いていたイメージとはこのようなものだったという。

 朝になると、太陽は輝く中心が後光に包まれて漏斗のようなものの中から現れたという。そして、天蓋のようなものを横切って旅し、より深い色合いを帯びて西の水平線から漏斗の中に潜り込み、漏斗を超えて放射する後光を示した後、視界から消えたという。このとき、古代人にとっては、太陽は暗く、黒かったために、漏斗或いは穴のような空間について語ったという。彼らは物事を見たままに、正確に記述したという。

 例えば、これは日本の古事記の天照大神の岩戸隠れを意味するだろう。

 そしてまた、当時、古代人に深い印象を与えたのは、古代人が幼児期の最初の6、7年を振り返り、幼児期には、彼らが受肉以前に住んでいた霊界ともいえる精神世界の神的な要素に包まれ、そして、7才から14才の間に、その精神的、神聖な卵の中から自らが現れ始め、ついには20才になったとき、いかに自らの顕現、目覚めの過程が最終的に完成するかを知覚したことだという。古代人が、自身を、地上の存在であると本当に感じたのは、ただこの年齢、つまり20歳に達したときだけだったという。そして、この現代でいう成人年齢のそのとき、古代人は、はっきりと昼と夜の間の相違に気づいたという。



 そして、古代人は一ヶ月という月の相が人間の生活においては二十八年(四×七年)という期間に相当すると感じていたという。そして、彼らはこのことを七年ごとに一ヶ月を挿入することによって暦の中に表現したという。要するに、彼らの数え方は月に基づいていたのであって、太陽ではなかったという。

 更に、古代人は外的な自然を、今日、我々が見るように、はっきりと規定された輪郭をもつ物体のもので、かつ精神を欠いたものとして見たのではなく、古代人が昼と夜の両方に観察した自然は、精神的なオーラに浸透されていたものだったという。今日、現代人は明確な昼の意識を有するが、夜の睡眠中には何も見えない。このことは我々が昼と夜の交代を生じさせる太陽に重きを置いたことに表現されているという。

 日本の八百万(やおろず)の神々という信仰は、正にここでいう古代人の見方であり、それは月をもとにした暦(陰暦)の生活から生じたものといえるだろう。

 古代カルディア人たちの秘儀の叡智においては太陽ではなく月が強調されたが、それは月の相が、成熟に向けての彼ら自身の成長を忠実に反映していたからだという。彼らは、自身が、それぞれの段階ごとに(幼児或いは子供、若者、大人)異なった仕方で構成されていると感じていたが、今日、我々現代人は、もはやこのことを経験しない。

 現代人が過去の人生を7年毎に振り返ってみても、前の七年とその次の七年の間にそれほど相違があったとは思わないだろう。今日の子供たちはあまりにも賢く、子供とうまくやっていくのは骨が折れる作業なほどで、現代の子供たちに太刀打ちできるためには特別な教育方法が工夫されなければならないだろう。現代の子供たちは、大人と同じくらい賢く、そして、どの年齢層の人も殆ど変わりが無く、等しく賢いように見えるだろう。

 古代カルディア人たちはそうではなかったという。当時の子供たちはまだ精神世界に結びつけられていたという。古代人の子供たちは成長しても、この精神世界のことを忘れず、オーラの卵の中から現れ出た後で初めて地上的な存在になったことを知ったという。

 なので、古代人の計算は太陽ではなく月、つまり彼らが天上に観察した七つの周期で計算した四つの相に基づいていたという(7日×4週=28日)。こうして、古代人は月の相に従って、七年ごとに一ヶ月を、今で言う閏年として余計に登録したという。

 文明史における閏年に関する、この外的な徴候(シルシ)、つまり我々が四年ごとに一日を追加的に挿入するのに対して、古代カルディア人たちは七年ごとに一ヶ月を追加的に挿入したという事実は、古代人の昼の意識が夜の意識から明白に分けられていなかったことに関して、古代人が相前後する人生の七年毎の成長段階の諸期間を通しての意識状態の、大きな相違を経験していたことを示しているという。

 つまり古代人は、月の暦から、昼と夜の境界のないボヤけた意識を有し、代わりに7年毎の成長期の明白な意識の相違を有していた。これとは、逆に、現代人は、太陽の暦から、昼と夜の明瞭な境界を有する意識を有し、代わりに7年毎の成長期のボヤけた意識を有するという。





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Last updated  2007年01月16日 22時16分35秒
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