シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年01月18日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 今日、現代人は朝目覚めたとき、眠い目をこすりながら、「よく眠った」と言うが、古代カルディア人たちは二十一才、或いは二十二才になったとき、はじめて、自分は目覚めた、と感じたという。そのとき、彼らは世界をはっきりと見るようになり、「この瞬間(とき)までずっと眠っていた」と言ったという。

 この現代人のような覚醒意識は五十才になるまで保持され、年老いても以前のボンヤリした状態に立ち戻ることはなく、より十全で明確な視界を発達させると信じられたという。そのため、二十才になった後に獲得した現代人のような覚醒意識を保持しながら、眠りの領域に入っても、高度に超感覚的な能力を有する老人たちが聖人として尊敬されたという。

 古代カルディア人は、20歳を過ぎると、超感覚的な能力を持ちながら、現代人に類似した覚醒意識を併せ持ったので、聖人として尊敬されたという。なので、20歳までは、現代でいうオカルト知識を教えられ、20歳を過ぎてからは、現代知識に近い科学的基礎知識を教えられたという。

 このように、古代カルディア人たちは三つの意識状態に通じていたという。我々現代人は二つの意識状態(昼の覚醒意識と夜の睡眠中の無感覚な意識)を経験するが、それに加えて、夢の状態として特徴づけられる三番目の状態(夜の浅い睡眠中の夢をみる意識)がある。つまり、目覚め、眠り、そして夢の意識である。

 カルディア人はこれら三つの意識を我々現代人のように毎日経験したのではなく、減退した意識状態(現代人の夢の意識)を二十才になるまで経験し、そして意識的に目覚めた状態(現代人の目覚めの意識)を五十才になるまで経験したという。

 そして、成人した古代カルディア人に関して、地上的な意識を精神世界へと持ち込むような状態、他の人間よりも遥かに多くのことを知り、より賢くなる段階に達した、と言えるような状態があったという。

 この成人した古代カルディア人が達した意識は、現代でいう、夢のない夜の眠りの意識であるという。現代人は、あまりに昼の覚醒意識に曝され感覚的に馴れたために、睡眠中の夢のない眠りの意識を、もはや感覚をもって捉えることができないという。

 古代カルディア人では、年を重ねた人は聖人として尊敬されたという。今日、現代人では、老人は記憶力がなくなるので、老いぼれと考えられる。この大変な相違は人間存在の正に根幹に関わっているという。このことについて全く明確でなければならず。何故なら、このことは人間存在にとって途方もなく重要なことだからだという。

 単に我々人間はたった一つの意識状態を通して世界を探求するのではないという。我々が、真に世界を知るようになるのは、例えば、古代カルディアの子供たちに共通していた、いまでいう夢の意識形態を理解したときだけだという。これは、現代人にとって夢を見る状態に似たものだけど、古代カルディア人にとっては、活動的で、当人を行動へと駆り立てることができたという。この状態は今日では病理的な状態と考えられる、いわゆる夢遊病者と同じであるという。



 このようなオーラを感知できる古代カルディアの聖人の意識は、今日ではかき消されている第三の意識状態であり、夢のない眠りに比肩されるものであるという。もし、このような状況を歴史的に眺めるならば、我々現代人の意識とは非常に異なった意識に出会うのが分かるという。そして、時代を遡れば遡るほどこのような相違は大きくなっていくという。

 太古と比較すると、我々の通常の昼の覚醒意識はそれほど自慢できるものではないという。現代人は、誰かが夢のない眠りの中で経験することを全く重視していないが、それは普通、当人が夢のない眠りの体験についてほとんど何も語れないからであり、今日では、夢のない眠りの中の経験について語ることができる人はほとんどいないからである。現代では、夢の生活はファンタジー(空想)であり、単に脳が勝手に作り出したものであり、唯一頼りにできるのは昼の目覚めた意識状態である、と考えるからである。

 古代カルディア人たちにとっては、このような態度は与り知らぬものであったという。前向きな行動へと誘う新鮮で活力ある夢の生活に類する古代カルディア人の子供の意識は、彼らがまだ天国に住んでいる状態にあり、彼らが口にするのは神から出た言葉である、と考えられたという。人々が彼らの言うことに耳を傾けたのは、彼らが精神世界からの豊かな情報をもたらしていたからだという。

 時の経過の中で、古代カルディア人は地球存在としての意識状態に達したが、彼らのオーラの中ではまだ魂の存在、精神的な存在であったという。見者や聖者が享受したのは天の意識と地の意識を総合した意識状態だったという。人々は、聖者や見者の言うことに耳を傾けるとき、それが精神世界からの伝言であるということを確信していたという。

 そして、秘儀において益々高みへと上昇した古代カルディア人たちについては、彼らが五十才になったとき、純粋に太陽的な要素を超越し、精神世界に参入したと考えられ、つまり彼らは「太陽の英雄」から「父たち」になり、人間の精神的な故郷(エデンの園)との交わりを持つようになった、と言われたという。

 以上のことをまとめたのは、歴史的な観点から、人間がいかにしてこれらの様々の意識状態に与るようになったかを示すためであるという。

 意識状態についての探求を続けるにあたって、今日の人間がもつような夢のない眠りについては、しばらく置いておいて、通常の、充分意識的に、周囲にあるものを見たり、他人が話しかけるのを聞いたり、彼らと会話を交わしたりする、というような通常の目覚めている状態について検証してみる。

 続いて、第二の状態、眠っていると想定できる状態を取り上げる。この状態で見る夢は、よく本人を驚かせ、もしくは素晴らしく自由にさせるようなものであるため、もし、当人が通常の健全な状態にあるとすれば、夢は普通の日常生活の一部ではなく、想像力の働きによって創り出された万華鏡のような効果がありとあらゆる仕方で人間の意識の中に無理矢理押し入ってきたものとでも言わざるを得ないようなものであるだろう。

 散文的なタイプの人はほとんど夢に注意を払わず、迷信的な人は、夢を外的な仕方で説明しようとするだろう。迷信を信じることもなく、また夢の意識を、当たり前のものだとも思わない詩的な才能に恵まれた人は、まだこの万華鏡のような夢の生活についての意識を有しているという。

 というのも、腐敗していない人間本性の深みから現れるのは迷信的な人々によって、何かに帰せられるような重要性ではなく、丁度山が隆起して、長い年月を経て再び消えていくように、体験が本能的な人生から霧や雲のように生じるようなものであるからだという。ただ、夢の生活においてはこのような体験全てが速やかに生じるのに対して、宇宙における夢の像はゆっくりと組み立てられ、ゆっくりと消えていくという違いがあるだけだという。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007年01月18日 21時43分20秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: