シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年02月06日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 脳科学が最新科学とされている現代であるが、脳科学が、ニューラルネットワークを唯物的に解釈し、心や精神の発生等を理解しようとするのならば、失敗に終わるだろう。

 秘教的な教えによれば、脳は、物質世界を統合整理するための、いわゆる一種のヴァーチャル化世界をつくりだす装置であるからである。そこに生命的意味を見出すことはほとんど不可能といわざるを得ないだろう。現代科学が、脳死を生命の死と認定しうる限り、唯物論の境界を越えることは不可能で、生命的な意味に盲目にならざるを得ないだろう。 

 このようなほとんど生命の意味において使い物にならない、唯物的最新科学の最も重要な発見は、全てが、波動といういわゆるエネルギーの波から成るという見解にある。この発見があるからこそ、唯物的科学を学ぶ価値が人類にあったといえるだろう。

 つまり、この見解からいえば、我々の日々の活動は、いわば、波動同士のやり取りであり、波動から、いかに世界を構築するかということにあるといえる。脳は、日々の波動のやり取りのなかから、固定した描像を逐次描き出し、その世界に自らの存在の意味を求めるのである。だから、脳が人間存在の根本原理であるとするなら、脳が、脳のために、波動のやりとりから世界を作り出すことは、究極的には非常に無意味な作業ということになるだろう。

 なぜならば、次第に脳が自ら展開するに従い、脳に、都合のよい波動(情報)のみから世界を構築し、その世界のみを都合よく生きるような存在になるからである。そこでは、快楽志向の死も病もない存在のものとなるだろう。ただし、脳本体は、人体の他の器官から離れ、徐々に孤立化し、周囲の環境とのやりとりを拒絶し、自らの欲望と共に、その錯誤のなかに埋没していく存在となるだろう。

 しかし、現実には、そのような錯誤を超えた矛盾として、死や病がある。つまり、現実は脳が作り上げる世界のものではない。確かに、個人個人で脳が作り上げる世界は、多少の感度の差こそあれ、全般的に、同じような基準があり、必ず死や病が、存在するのである。それはこの宇宙の環境からなる地球が、人類に似たような環境、つまり波動を提供しているからであり、脳の作り出す世界に、死や病はなくても、現実の生命の世界には必ず病と死がある。唯物的な脳はその病や死を理解しようとしないだろう。

 とどのつまり、死や病の存在は、脳死が、本来の人間の死でないように、脳が人間の本体ではなく、脳を道具として使う人間の存在があることの証なのである。それこそが、実は古代からいわれていた魂の存在なのである。

 魂の命令の基に、脳は、周囲の外界から、日々の波動のやり取りを集め、集約統合し、魂の将来展望に相応しい世界を構築するのである。このことは、秘教の教えにある、睡眠中の夢の意識から明らかになる。

 人間は睡眠中に、肉体を抜け出すという。夢をみるのは、通常の肉体がやり取りする物質的な波動に加えて、肉体を抜け出したがゆえに、周囲にある微妙で繊細な波動がそこにつけ加わるからであるという。これを、無理やり、通常の粗雑な物質的な波動で、解釈し捉えてしまうので、夢は、非論理で矛盾の奇妙なものとなるのである。



 秘教によると、人間の存在は、肉体、エーテル体、アストラル体、自我の4つに大別される。これを波動で解釈すれば、より粗い波動が、物質(固体)を形成する波動で、肉体を意味し、それより細かい波動が、光(液体)、つまりエーテル体を形成する波動で、現代科学では、いわば前者をフェルミ粒子、後者をボーズ粒子と呼ぶ。

 物質的意味はここまでで、更にアストラル体にいくと、非物質となる。ちなみに、エネルギーという概念は、エネルギーがゼロという意味で、非物質と解釈されるだろう。なぜならば、現代のエネルギーの定義が物質を形成することを前提としているからである。物質形成を行わなくても、波動は存在するのである。だから、ゼロ以下の負のエネルギーが、光(エーテル)よりも更に細かい波動、秘教的に、気体と呼ぶ波動状態を表す。だから、空間的には虚となるのである。

 話が逸れ気味なので、まとめると、人間の存在を波動で解釈して、波動が粗いものから細かくなるにつれ、肉体、エーテル体、アストラル体、自我となるというわけである。古代人は、波動のこれらの領域を、土(固体)、水(液体)、空気(気体)、火と呼んだのである。つまり波動とは、古代人が呼んだ4大元素霊のことを指す。

 古代人は、波動を、神々の言葉とし、波動から音や色が形成されることをよく理解していたといえる。

 つまり、我々の現代科学は、土領域の波動と、一部、物質光という意味で、水領域の波動を扱うだけにすぎないものなのである。しかし、生命領域は、空気、火の領域の波動に主に因っている。だから、現代科学では、生命を扱うことは非常に困難といえる。

 だから、精神領域といえは、この火の領域、繊細で微妙な波動を感知する能力が必要になる。実は本来、文学や文化は、物質対象の科学が扱えない、非常に繊細な波動の領域を扱う分野なのである。言葉が重要なのは、この非常に繊細な波動を変えうるからなのであり、勿論、物質のような大きな固定波に近いものは変えられないが、繊細だからこそ、止まることなく、世界に広く伝わっていくのである。

 さて、話を、脳に戻し、本体の魂について言及すれば、魂とは、アストラル体と自我の波動領域を表す総称といえる。自我とアストラル体の微妙で繊細な波動のやり取りが、エーテル体の波動形成を通じて、肉体の神経形成へと伝播され、ニューラルネットワークが形成されるのである。

 だから、自我とアストラル体の微妙で繊細な波動の形成、つまり魂なくして、ニューラルネットワークは形成せず、脳は成立しないといえる。そして、魂は、この宇宙に広がる微妙で繊細な波動を拾っているといえる。この微妙で繊細な波動を、現代科学ではいわばノイズと捉え、背景輻射(放射)としてビッグバンの根拠にしているが、それだけではないのである。その見えない領域を無視している。秘教では、これを天空の奏でる音楽と呼んでいる。

 我々は、物質波しか感知できない器官、つまり耳や眼を肉体にもって、感知しようとするので、繊細な波動は、検出できないといえる。量子力学のハイゼンベルグの不確定性関係は、検出器そのものが物質波で成っていることから生じるいわばレトリックである。それゆえ、物質波として観測しなければ、その存在は、存在しないものとみなさざるをえないだろう。物質波として観測する前は、対象の存在を、確率解釈でしか定義できないのは、当たり前といえるだろう。つまり、唯物的科学の限界(境界)を意味しているわけである。

 検出器を、非物質的な波動からなるものにする必要がある。しかし、それは物質的に存在不可能だから、後は数学的な空想に任せ、量子力学は行き詰ってしまうのである。現代で幾らこのようなことを考えようとも、物質世界を抜け出ない限り、ゲーデルの不完全性定理のごとく、不可能である。

 秘教の教えは、人間が、現在のように物質波からなる肉体をもたず、まだ、繊細な波動から形成され、周囲を、その波動そのままから解釈していたときの名残を、知識として教えてくれるのである。



 だから、イメージ力から、霊感力を発展させ、更に神通力に至ると、周囲に物質波のみならず、エネルギー波、霊波、精神波を感じることができるという。

 見えるものが全てではなく、見えるものの背後に見えないものがあり、見えないもののなかに、宇宙を統合している繊細で微妙で微かなホワイトノイズの存在の、神々の存在があるというわけなのである。

 それを感じるか感じないかは、あなた次第なのである。





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Last updated  2007年02月06日 17時18分14秒
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