シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年02月28日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 さて、普通、夢見る人の立場とはどのようなものか?というと、眠りに落ちる過程を具体的に想像してみれば、肉体とエーテル体がベッドの上に取り残される一方、アストラル体と自我は物理的な乗り物から抜け出し、この瞬間、アストラル体は、まだ肉体とエーテル体に同調して振動しているという。アストラル体は一日中眼や耳のあらゆる内的な活動、或いは、肉体やエーテル体の機能における意志の働きの中に参加しているという。アストラル体と自我は、これらの全てに与っていたという。

 このアストラル体と自我が、体(エーテル体と肉体)を去るとき、その振動は継続するという。その日の経験は、それらの振動の継続により、周囲の精神的な世界と接触することになるが、そこから生じるのは外的な精神世界と、振動し続けるアストラル体の酷く混乱した相互作用であるという。人はこの全てに捉えられ、その混乱を意識するという。彼が携えていったものの全ては、彼に衝撃を与えた後、振動し続けながら夢になるという。

 夢が現実の理解に、ほとんど貢献しないことは明らかで、秘儀に参入した人の立場とはどのようなものか?と問うなら、秘儀参入者は、肉体とエーテル体から抜け出すとき、継続する振動やその名残を抹消することができるという。なので、秘儀参入者は肉体とエーテル体から進み出てくるもの全てを抑制するという。

 更に言えば、秘儀参入者は、集中、瞑想、そして空になった意識を通して、魂の眼や耳を獲得し、彼自身の内部で生じるのみだけでなく、彼の外で、精神的な世界の中で起こっていることを知覚するという。彼は今や夢の代わりに精神的な世界を知覚し始めるという。夢の意識は精神的な知覚に対応するが、通常の意識が混入するために、混乱した対応となるという。

 秘儀参入者が、この内的なアストラル体の器官、超感覚的な視覚と超感覚的な聴覚を初めて獲得するとき、自分が肉体とエーテル体に発する、これらの波動の残響やその名残を抑制するための絶え間ない努力と衝突の中にあるのを見出すという。

 彼がイマジネーションの世界に入るとき、つまり、精神的なものに関しての先験的な知覚を獲得するとき、夢が自らを主張するのを防ぐための絶えざる戦いがあり、彼を惑わし、夢のようなファンタジーへと解消させようとするものと、精神的な世界の真実を表現するものとの間に、絶え間ない相互作用があるという。

 秘儀参入者は誰でもいつかはこの衝突について熟知するようになるという。彼は精神的な世界に意識的に参入しようとする瞬間、再び生じる物理的な世界の残映、精神的な世界についての真の像に侵入してくる、この妨害的なイメージを経験することに気づくようになるという。この強烈な内的衝突を克服することができるのは、忍耐と努力によってのみだという。

 さて、もし、夢のイメージが、我々の意識に溢れるのに、あまりにも安易に満足するならば、精神的な世界の現実に参入する代わりに、容易に、自身を幻想の世界の中で夢を見る人にしてしまうという。実際、秘儀参入を望む人は知的であると同時に極端に強い自制心を持っていなければならないという。

 そのために何が求められるかを考えるなら、もし、精神的な探求について、つまり、精神的な世界に到達する方法に関して語るならば、上述の事柄に注意する必要があるといえるという。もし、精神的な世界に関する理解に向けて、第一歩を踏み出すことを望むならば、その使命に対する真の熱情を示す必要があるという。



 秘儀参入者は、これら両方の性質を有する必要があるという。自分の感傷に耽ることのみならず、同様に、知性の支配に屈したり、全てを理屈で片付けるのも望ましくないという。これら両極端の間で釣り合いを取れなければならないという。

 夢を夢見ることができると同時に、地上に足をつけていることができなければならないという。精神世界に参入するときには、創造的なイマジネーションのダイナミックな世界に参加しながら、同時に自分自身をしっかりとコントロールすべきであるという。豊かなイマジネーションに恵まれた詩人としての受容性を有しながら、その誘惑に負けないようにするのがよいという。

 精神的な知識を求めるときには、創造的な衝動によって、いつでも点火されると同時に、ファンタジーの世界へと流されないように、実際的な常識によって自分をコントロールすることができなければならないという。そうすれば、幻想の餌食になることなく、精神的な現実を経験することになるという。

 精神的な現実(創造的な衝動により点火されるファンタジーの世界、実際的な常識による自己コントロール) 

 この内的な魂の在り方こそが精神的な探求においては決定的に重要であるという。夢の意識についてよく考え、それが精神的な世界から混乱したイメージを魔法のように出現させるものであると気づくと同時に、精神的な知識を獲得するためには、夢のような状態に留まろうとする自身の個性の全ての力が魂の活力として加わる必要があることにも気づくという。

 そのとき初めて、精神的な世界に参入することが何を意味するのかを知るという。夢が精神的なものを魔法のように出現させるという。このことは、夢の意識が、体(肉体とエーテル体)的な生活から導かれる像をも、魔法のように出現させるという叙述に、矛盾するようにみえるが、体(肉体とエーテル体)は物理的なものだけで成るのではなく、精神的なものに完全に浸透されているという。

 美味しそうな御馳走が目の前に出されて、食べようとするが、ポケットには、支払う金が全くない、というような夢を、見るとき、その夢をみる人の消化器官の、真に精神的、アストラル的な内容が食事という象徴化において示されているという。精神は体的なものの中にその座を有するという事実にも関わらず、夢の中では、常に精神的な要素のみが存在しているという。夢は常に精神的な要素を含んでいるが、それは体(肉体とエーテル体)に関係した精神的な要素であることが非常に多いという。この事実に気づくことが必要だという。

 一般的に、蛇の夢を見るとき、そのトグロは消化器官や頭部の血管を象徴している、ということを理解する必要があるという。これらの秘密へと貫き至る必要があるという。なぜなら、この理解は、魂の中で発達させる必要のあるもので、これらの微妙で親密な要素に関する理解に至ることが可能なのは、秘儀参入を通して、精神的な探求に取りかかり、これらの事柄に綿密な注意を払うときのみ、得られるからであるという。

 人間が日常生活の中で通過する第三の段階は夢のない眠りであるという。その状態を考えてみる。肉体とエーテル体がベッドに横たわり、アストラル体と自我組織は、これらの外にあるという。肉体とエーテル体からの(波動)の残響やその名残は止むという。

 人間が精神世界に住むことができるのは、アストラル体と自我中においてのみで、知覚に必要な器官がないために、何も知覚することができないという。人間は闇に囲まれて眠る。夢のない眠りとは、自我とアストラル体の中に生きながら、当人を取り囲む広大で壮大な世界を知覚できない、ということを意味しているという。

 目の見えない人の場合を取り上げてみる。彼は色や形に関する知覚をもたない。これらに関する限り彼は眠っているといえるという。さて、知覚器官を持つことなく、アストラル体と自我の中に住んでいる人を思い描くと、精神との関係では、彼は眠っているといえるという。夢のない眠りの状態にある人間とは、目の見えない人のようであるといえるという。



 精神的な眼(心眼)や耳を人間が発達させたとき、その人を取り巻く精神の豊かさを目の当たりにし始めるという。秘儀参入者は、通常の意識状態においては、眠りの中で失われ、瞑想や集中を通して、眠りから目覚めさせる必要のあるものを精神的に知覚するという。

 そうでなければ、与えられていない感覚器官を組み込む必要があるという。そのとき彼は精神的な世界を覗き込み、通常は彼の目や耳を通して物理的な世界の生活に与るように、精神的な世界の生活に与るという。これは秘儀参入する際の真の認識であるという。外的な方法によって、誰かを精神的な知覚に向けて準備させることはできないという。すなわち、彼はまず、通常は非常に混乱した彼の内的な生活を効果的に組織化することを学ばなければならないという。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007年02月28日 19時34分09秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: