前回は、八面体から、面数を半分にして四面体をつくり、軸と交わる角度から幾何立体を考察し、更に、菱形十二面体をつくった。
さて、八面体の四面体に対する関係はどのようなものか、を考察する。もし、今度は前回と逆に、四面体の八面体への変換を段階的に行うなら、その関係は明瞭になるという。
その目的のために、1つの四面体を取り上げて、各々の頂点を段階的に切り落としてみる。
そして、各頂点の切断面が4面体の辺上でお互い出会うまで、段階的に四面体の塊を切り落とすことを続ける。切り落として残った形が八面体となる。適当な角度で頂点を切り落とすことによって、4つの面で仕切られた空間図形(正四面体)を8つの面をもつ図形(正八面体)に(鏡像)変換したことになる。
四面体に対して今行ったことを立方体に対して行うことはできない。立方体は、その3次元空間の(鏡像)変換における点において独特である。
宇宙の全空間がお互いに直角な3つの軸で構築されていると想像する。これら3つの軸に直角な平面を挿入する(直角な面で切断する)と、いつでも立方体が生じる。
なので、ある特定の立方体というよりは、理論的な立方体の意味で「立方体」という言葉を使うときには、いつでも3次元空間への(鏡像)変換(切断)としての立方体について語っていることになる。
これは丁度八面体の面の半分をそれらが交わるまで拡張することによって、四面体が八面体の(鏡像)変換であることを示すことができるように、1つ1つの立方体もまた空間全体の(鏡像)変換物である。
もし、空間全体を正として想像するならば、立方体は(軸において直角に切断するので)負になるという。立方体はその全体性において空間の(鏡像)対極にあるもので、物理的な立方体は、幾何学図形だが、真に空間全体に対応するものであるという。

これを2次元平面によって境界づけられた3次元空間のかわりに、6つの球によって境界づけられた空間があると仮定する。

その空間は3次元空間で、まず交差する4つの円、つまり2次元的な図形によって2次元空間を規定することから始める。
今、これらの円がどんどん大きくなると、つまり、半径がどこまでも長くなり、中心点がますます遠くなると想像する。時間の経過と共に、円は直線に変化し、そのとき、そこにあるのは4つの円ではなく、4つの交差する直線と1つの正方形になる。
さて、円の代わりに、桑の実状の形態をとる6つの球を想像する。丁度、円がどんどん大きくなるように、球がどこまでも大きくなると思い描く。これらの球は、丁度、円が正方形を規定する直線になったように、ついには立方体を規定する平面になる。
その立方体は6つの球が平面になった結果である。なので、立方体とは、丁度、正方形が4つの交わる円の特別な例に過ぎないように、6つの交わる球の特別な例であるといえる。
平面にまで広がる、これら6つの球が、以前に立方体を規定するために、用いた正方形に対応していることに、はっきりと気づくとき(つまり、球状の図形が平らな図形へと変化させられるのを視覚化するとき)その結果として生じるのは最も単純な3次元図形であることがわかる。
つまり、立方体は交差する6つの球を平らにした結果であると想像することができる。
円周上の点は円周上にある他の点に辿り着くためには、(1次元を超えて)2次元(曲線)を通過する必要がある。けれども、もし円が非常に大きくなって直線を形成するまでになると、円周上のどの点も一次元を通るだけで、他のどの点にも辿り着くことができるようになる。
2次元図形によって境界づけられる正方形について考えてみると、正方形を規定する4つの図形が円である限り、それらは2次元的だが、円が無限大になり、直線に変化するなら、それは1次元的となる。
立方体を規定する平面は3次元図形(球)から発達するといえる。それは6つの球のそれぞれから1つの次元が除去される(大きさが無限大になる)ことにより成立する。
立方体を規定するこれらの(球の)表面が生じるのは、次元が3から2に減少させられることを通して、曲線が真っ直ぐに引き延ばされるからである。
球面の次元を1つ犠牲にした結果、2次元になるのは、奥行きという次元を無くしたことによる。なので、(直線からなる)空間の各次元は1つ上の次元を犠牲にすることにり生じる、といえる。
2次元的な境界を有する3次元的な形態があるとして、3次元的な形態は2次元へと還元されるなら、次のように結論づけられる。
「3次元空間を考えるときには、それぞれの方向は、無限(少なくとも4次元)の円が平らになったものと考えられる」、と。
そのとき、我々が一方の方向に進行すると、いつかは反対の方向から同じ場所に戻ってくることになる。このように、通常の次元空間はそれぞれ1つ上の次元が失われることにより生じたものであるという。
3軸系は3次元空間にとって本性的なものだが、その3つの直角に交わる軸のそれぞれは、直線になるために、1つ上の次元を犠牲にしているという。
このようにして、3つの軸方向のそれぞれを(曲線から)真っ直ぐにすることにより、3次元空間を達成できる。そのプロセスを逆転させることにより、空間の各要素を再び曲げることもできる。
なので、次のような一連の思考が可能であることがわかる、
「1次元図形を曲げると、結果として生じる図形は2次元的であり、曲げられた2次元的な図形は3次元的になる。そして、最後に、3次元的な図形を曲げることによって4次元的な図形が生じる」、と。
このように、4次元空間は曲げられた3次元空間として想像することができる。
このイメージを活用する時点で、我々は死んだもの(静止)から生きたもの(動的)への移行を行うことができる。
この曲げるということのなかに、死から生への移行を明らかにする空間図形を見出しえる。3次元への移行に際しては、4次元空間の特別な例がみられる。つまり、それは平らになったもので、人間の意識にとっては、死とは3次元的なものを曲げて、4次元的なものにする、ということに他ならないという。
肉体自体に関する場合には、この死(魂の3次元から4次元化)の逆が真となる。死とは4次元の3次元への平坦化であるといえる。
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