シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年05月24日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 久しぶりに政治について述べてみたい。これまであまり述べたくなかったのは、あまりにも酷いからで、ついつい罵声や中傷、愚痴になってしまいがちだからである。

 はっきりいえば、異常気象やここにきて「はしか」という感染症の蔓延が、政治の不味さをはっきりと現しているように思える。相変わらず異常な殺人事件も多く、警察官ですら、ピストルで撃たれ殉職してしまう世の中である。

 虎より怖い悪政といったところだろう。人間不信が極まりつつある。人間が悪政により、獣化している証拠である。

 ここ何十年にも渡って、政権交代がなかったせいで、まるで政治に緊張感がない。国会が空転しても、汚職で塗れても、開き直れば済むと思っている。選挙で当選し、堕落した政治が続くのを期待している愚か者が政治家を続けている。 

 政治は人気商売だと錯覚しているから、タレント議員や、銭儲けに政治が利用される。

 総理大臣が選挙に勝つために、人気者と写真取り、恥知らずも甚だしい!

 どうやら「節操の無さ」という言葉を知らないらしい。

 野党がだらしないという意見があるが、それは岡戸違いといわざるをえない。議会制民主主義では、政治の全責任は、常に与党にあり、多数派にあるからである。民主主義とは、数の反映では断じてない。

 民主主義とは、多数派が、少数派を考慮し、少数派が、多数派の思い上がりを諌めることにある。つまり、お互いが尊重しあって、共感を得る意見として創意を生み出す作業にあるといえる。国会という場は、議論を闘わせる場ではなく、お互いの意見を吟味する場なのである。闘争ではなく、和解の場なのである。お互いの良き点を認め合い、相違の歩み寄りにある。



 だからこそ、真剣な戦いが求められる。その戦いは相手に求めるのではなく、自らの誠心誠意に忠実であるべきで、敵は自らの掌中にある。

 悪人の庇い合いや、堕落の譲り合いはみていて見苦しいものである。要するに、自分たちのエゴを抑えることができない幼児と同じであるからである。

 「俺も見逃したのだから、お前も見逃せよ!」という悪魔の誘惑でしかない!

 そのような人間の魂には、必ず最後の審判が待っている。

 「あのとき、俺は、不完全になった。自分のなかの悪魔の誘惑に負け、人間として不正を行い、不完全な人格を形成してしまった! これは国民にとって、しいては宇宙にとっては大変迷惑千万なことをしてしまった。そのツケは必ず、かえさなければならない。そうでなければ、自分は、人間として進化できない罪を永遠に背負うだろう。」

 と自分のなかの悪魔に染まっていない僅かな心は叫ぶのである。この僅かな明かり、灯火を失うと、人間は獣となる。

 いまの政治家こそ、この正しい鏡が求められる。この正しい明鏡止水の鏡が曇り、そこに、ひびが入りだすと、人間の正しき心を失う。

 正しいことを言う者が、正しいのではなく、正しいことを行う者が、正しいのである。

 宇宙は、常にその行いを反映している。太陽の光、星々の光は、常に愛撫しながら、人間の行いを見守っている。天変地異は、人災である。政治が乱れると、天候も乱れる。なぜなら、人間の行為や活動が、地球に反映し、宇宙に吸収されるからである。

 人間もこの宇宙システムのなかの一員にすぎない。バックミンスターフラーが語った、宇宙船地球号の乗組員にすぎない。

 つい最近、とあるブログで大変有益な格言をみつけた。



 *志を抱いたり望んだりすることは才能となる。
 *繰り返し考えることは性癖となる。
 *成し遂げようとする意志は行動となる。
 *苦しい体験からは道義心が生まれる。
 *体験を繰り返せば知恵となる。



 さて、この正しいとは何であるかといえば、自己の欲望を、自分の力で抑えるということに他ならない。自分のなかに悪魔が棲み、だからこそ、この悪魔を独力によって抑えなければならないのである。

 常に、自分にとって過酷な運命となるものを選択すべきなのである。絶えず、十字架を背負う者になるべきである。

 なぜなら、正しいとは、自分のなかの悪を、善に転化することであるからである。自分のなかの悪を追い払うことにあるからである。

 このパンドラの箱を開けるように、人生には誘惑が多い、しかし、パンドラの箱を開けてはならないのである。パンドラの箱を開けずに、忍耐をもって、愛をもって耐えなければならないのだ!

 自分のなかで、神々と悪魔が戦っている。自分とは、神々と悪魔の戦場の上に構築される。内なる悪魔の誘惑に負けてはならない。

 政治家よ! どうか思い上がらないで欲しい! あなたたちだって、一国民の1人にすぎないのであるから、あなたたちに与えられた仕事が、たまたま政治であって、だからこそ、万人に愛情を与える成果でなければ、たちまち、落第が待っているのである。

 その過酷な仕事を自らに課したことを忘れて欲しくないものである。

 最後に、醜いからこそ、美しいのである。醜いなかに、美がある。それを転ずるのが、我々の役目である。美しさを実感できないのは、醜さを知らないからである。自分の醜い姿や、恥をいま知るべきである。





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Last updated  2007年05月25日 01時04分58秒
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