シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年05月30日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 例えば、ここに円があることを想像する。この円がどんどん大きくなって、円のどの部分も益々平らになる(曲率が平坦になる)ように思い描くなら、結局は直径が巨大になり、その円は(無限の)直線へと変化する。

 直線は1次元だが、円は2次元で、では、1次元から、どうすれば2次元のなかに戻れるか?といえば、直線を曲げて、再び円にすればよいことがわかる。

 円盤を曲げれば、ボウル状になるが、もし、ボウルを曲げ続けると、最終的には球になる。曲げられた直線は2次元を獲得し、曲げられた平面は3次元を獲得する。そして、もし、球を更に曲げることができれば、それは四次元へと曲がっていくだろう。その結果得られるのが、球状のテサラクト(4次元球)であるという。

 球面は曲げられた2次元図形と考えることができる。自然においては、球は細胞の形態で、つまり、最も小さな生きた存在として現れる。細胞の境界面は球状で、生きたものと生きていないものの違いがここに顕れているという。

 鉱物は結晶の形態においては、いつも平面、つまり平らな表面で境界づけられているが、生命は細胞から構築され、球状の表面で境界づけられている。丁度、結晶が平らに延ばされた球面、もしくは平面から構築されるように、生命は細胞、もしくは隣接する球から構築される。

 生命体と非生命体との間の違いは、その境界の特徴にあるという。八面体は8つの三角形によって境界づけられている。その8つの面を球として想像するとき、結果として得られるのは8つの細胞からなる生き物になる。

 3次元図形の立方体を「曲げる」とき、結果として得られるのは4次元図形の球状のテサラクトである。しかし、もし、空間全体を曲げるなら、そのとき得られる図形の3次元空間に対する関係は、球の平面に対する関係と同じである。3次元物体としての立方体は、あらゆる結晶と同様、平面により境界づけられている。

 結晶の本質は、それが平らな境界面によって構築されるということであるという。生命の本質は、曲げられた表面、つまり細胞から構築されるということだが、更により高次の存在レベルにある図形は4次元構造により境界づけられる。3次元図形は2次元図形によって境界づけられ、4次元的な存在(つまり、生き物)は、3次元的な存在、つまり、球や細胞によって境界づけられる。

 4次元的な存在は5次元的な存在、つまり、球状のテサラクトによって境界づけられる。こうして、生物的存在は、3次元存在から4次元存在へ、更には5次元存在へと進む必要があることを理解する。



 変化は3次元の内部で生じる。言い換えると、2次元的な絵を壁に掛けるとき、絵は一般的に固定されている。2次元的なイメージが運動するのを見るとき、その運動の原因は壁の外にある。

 つまり、このとき、空間の第3の次元がその変化を促していると結論づけるだろう。3次元の内部で変化が生じるのを見るとき、その3次元空間の内部で変化を経験する存在たちに影響を及ぼしているのは4次元である、と結論づけるだろう。

 我々が植物を、その3次元性においてのみ知るとき、植物を本当に認識しているとはいえない。植物は絶えず変化し、変化は植物の本質的な側面、存在のより高次の形態の証しであるという。植物でない、鉱物の立方体は変化せずそのままである。

 つまり、その形態が変化するのは、人間が、それを打ち壊すときだけであり、植物は自分でその形態を変化させるが、そのことはその変化が3次元の外に存在し、4次元において表現される要因により、引き起こされているということを意味している。

 では、その要因とは何か?

 立方体を、どの時点で描いても、いつも同じであることを見出すが、植物を描き、3週間後にオリジナルの植物を、絵と比較すれば、オリジナルの方が変化していることに気がつく。なので、この類比は十分に正当なものである。どの生き物もその真の存在が、そのなかに生きるという、より高次の要素を指し示しているという。

 そして、時間は、そのより高次の要素の表現であるという。時間とは、生命(或いは4次元)の徴候的な表現、物理空間という3次元のなかにおける顕現であるという。言い換えれば、時間が、本質的な意味をもつあらゆる存在は、4次元的な存在の(鏡像)イメージであるという。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007年05月30日 20時26分37秒
コメント(11) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


感想  
武侯仁従  さん
>立方体を、どの時点で描いても、いつも同じであることを見出すが、植物を描き、3週間後にオリジナルの植物を、絵と比較すれば、オリジナルの方が変化していることに気がつく。なので、この類比は十分に正当なものである。どの生き物もその真の存在が、そのなかに生きるという、より高次の要素を指し示しているという。

>そして、時間は、そのより高次の要素の表現であるという。時間とは、生命(或いは4次元)の徴候的な表現、物理空間という3次元のなかにおける顕現であるという。言い換えれば、時間が、本質的な意味をもつあらゆる存在は、4次元的な存在の(鏡像)イメージであるという。

現代物理学では時間と空間は切り離せないとか。
世界が活発動馳なことの表象でしょうか。

空海が「六大は大日如来の顕現」ということを言ってますが、「見えざるところ・知られざる」を含めたこの現実こそが、神・大日如来・タオの顕現かも知れませんね。六大の中にも動く要素が数種あり、万物・万象の時間というものが起動しているのでしょうかね。

どうにしっくり行かない文章ですが、これにて再見! (2007年05月31日 15時46分53秒)

Re:感想(05/30)  
5dolphin  さん
どうも現代孔明こと武侯仁従さま

>現代物理学では時間と空間は切り離せないとか。
>世界が活発動馳なことの表象でしょうか。

まさしく仰るとおりです、確かに現代物理学でも、対象が光速度に近い場合、アインシュタインの特殊相対論を基に記述するので、空間と時間は切り離せないものとなり、4次元の時空間として、(x,y,z,it)で記述し、ライトコーン(光円錐)で、世界を記述します。ただし、iは虚数。
 そして、量子力学の手続きにより、よりミクロ(量子)化すると、数式上は、時間はエネルギーに応じて飛び飛びの値をとることになります。時間の量子化は、いまだ決着のついていない困難な問題で、ここには質量の発生機構も絡んでいますが、厳密にはそのことに触れずに、形式的に、位置と速度(運動量)の位相空間(x、v(p))で、時間軸は、(it、iE)になり、いわば空間に時間を帰しているのです。

 このことは、シュタイナーがこの4次元で述べている、この世では、時間は空間としてのみ現れるということに矛盾していません。

 この世では、現代物理学的にも、時間と空間は切り離せないのですが、シュタイナーは、あの世では、切り離されるとしているのです。そして、あの世での時間の正体は、いわば天使、星の存在で、アストラル空間と呼んでいます。

 アストラル空間は、我々の物理空間を正とすると、負になるといっています。物理空間は空間のみを考えると3次元なので、アストラル空間は、これの鏡像なので、やはり3次元だと述べています。

 つまり、合わせると6次元になるとのことです。空海の6大は、ここに派生するのではないかとも思います。そして、アストラル空間は、心であり、心が要因となって、この3次元世界を動かすという風に考えるのでしょう。心は3次元空間を超えるもので、この世からみれば空間の変化、つまり時間のようにみえるということです。 (2007年05月31日 16時56分06秒)

Re[1]:感想(05/30)  
武侯仁従  さん
5dolphinさん

> この世では、現代物理学的にも、時間と空間は切り離せないのですが、シュタイナーは、あの世では、切り離されるとしているのです。そして、あの世での時間の正体は、いわば天使、星の存在で、アストラル空間と呼んでいます。
>
> アストラル空間は、我々の物理空間を正とすると、負になるといっています。物理空間は空間のみを考えると3次元なので、アストラル空間は、これの鏡像なので、やはり3次元だと述べています。
>
> つまり、合わせると6次元になるとのことです。空海の6大は、ここに派生するのではないかとも思います。そして、アストラル空間は、心であり、心が要因となって、この3次元世界を動かすという風に考えるのでしょう。心は3次元空間を超えるもので、この世からみれば空間の変化、つまり時間のようにみえるということです。
-----
ウーンなんととなくしか解りませんが、まあそのなんとなく解りました。
おおよそ、どの思想・宗教も「時間・空間を真理・神は超越している」といいますし、「変化の中にいながら、変化しないものが道である」とうセンテンスを老子・荘子にみます。
そのアストラル空間なるものはある意味「反物質空間」であるから、我々の時間ではなくそのなんともいえないものが双方の世界に貫徹するということでしょうか。
その貫徹するものの一つが「心」であると。
ただ私自身は「物質とは、空間と時間と精神{心」の実は3点セットのではないか?でないと、生物「特にサルとか」が心をもったり人間が心や知能を持つこととなど進化論等から鑑みてありえないのでは?」と考えてます。偶然の自然淘汰とみても、未だに我々は生き延び、危なっかしいとはいえ、それなりに繁栄しているのもそれかな~と。

まあ愚論でしょうかね。では再見! (2007年06月01日 10時19分52秒)

Re[2]:感想(05/30)  
5dolphin  さん
どうも現代孔明こと武侯仁従さま
>おおよそ、どの思想・宗教も「時間・空間を真理・神は超越している」といいますし、「変化の中にいながら、変化しないものが道である」とうセンテンスを老子・荘子にみます。
>そのアストラル空間なるものはある意味「反物質空間」であるから、我々の時間ではなくそのなんともいえないものが双方の世界に貫徹するということでしょうか。
>その貫徹するものの一つが「心」であると。

そうです。その通りです。

>ただ私自身は「物質とは、空間と時間と精神{心」の実は3点セットのではないか?でないと、

 そのように漠然と捉えても、間違いではないです。少なくともただ物質のみが存在するという唯物論よりは、優れたものです。現代物理学では、負のエネルギーまでは仮説として認識されていますが、検証は困難です。 (2007年06月01日 15時43分11秒)

Re[3]:感想(05/30)  
5dolphin  さん



 神秘学では、基本的に、ダーウィンの進化説は全くの間違いという見解にあり、同時に自然淘汰説も、人間側の一方的な思い込みと一面的見解としています。

 それは生き残るものが必ずしも勝者ではなく、また、死んでいくものが必ずしも敗者ではないという見解にあります。

 この見解は、この世に生まれるのは、生まれる必要があるのであり、あの世からみれば、不足な部分があるという見解です。だから、早く修行を終えれば、早く死を成就し、ある意味、勝者ともいえるのです。

 何事も、自分たちの側の都合のいい立場で、認識するのではなく、その反対側も考慮に入れよということなのです。

 なので、一概に、是が正しく、あれが間違いであるというのではなく、ある立場をとるのならば、ある対象は間違いであるということといえるでしょう。

 そのような意味で、この世では、時間は必ず空間という形で現れるという現代物理の見解は、正しいものです。しかし、それはこの物質世界に限る領域内のみであるということです。この物理世界の境界を超えたら、少なくとも、いまある立場の反対側を考察しなければならないでしょう。 (2007年06月01日 15時43分24秒)

Re[4]:感想(05/30)  
武侯仁従  さん
5dolphinさん

> 神秘学では、基本的に、ダーウィンの進化説は全くの間違いという見解にあり、同時に自然淘汰説も、人間側の一方的な思い込みと一面的見解としています。

私もある意味首肯します。今西進化論の「住み分け」なくしては生物の多様性は考えれません。命というものが万華鏡のように多様で活発動馳なのですよね。自然淘汰の働きは生命の分化の「一つの働きに過ぎない」ですよね。

>何事も、自分たちの側の都合のいい立場で、認識するのではなく、その反対側も考慮に入れよということなのです。

 >なので、一概に、是が正しく、あれが間違いであるというのではなく、ある立場をとるのならば、ある対象は間違いであるということといえるでしょう。

優秀から生き延びたのではなく、生命の多様の試行錯誤のなかで、生き延びたものは「たまたま勝者」と言えますが、そう結論づけざろう得ない面もありますが、「強いから生き延びる」のではないです。ですから、勝者・敗者というよりも「たまたまこちら側に居続けているだけ」なのでしょうかね。

いわば生存者は敗亡者の教訓と遺骸を栄養に生き延びてもいると。

再見! (2007年06月01日 18時12分54秒)

Re[5]:感想(05/30)  
武侯仁従  さん
5dolphinさん
>いわば生存者は敗亡者の教訓と遺骸を栄養に生き延びてもいると。

ということは、生存者・勝者は敗者を師とし資としてますね。生存者・勝者は敗者が先生で、肥やしですからそれを大切にしないものが、よりよく生き延びれましょうか?勝者・生存者はいわば敗者のメッセージを背負って生き延び、それをなにか果たすことが背負わされているといえます。

勝者・生存者は敗亡者の命を背負って生きてます。まあ「勝つ」ということは、せいぜい「背負った課題を為す」ためのオマケに過ぎないのでしょうかね。

再見!
(2007年06月01日 18時39分02秒)

Re[3]:感想(05/30)  
武侯仁従  さん
5dolphinさん

>>ただ私自身は「物質とは、空間と時間と精神{心」の実は3点セットのではないか?でないと、
>
> そのように漠然と捉えても、間違いではないです。少なくともただ物質のみが存在するという唯物論よりは、優れたものです。現代物理学では、負のエネルギーまでは仮説として認識されていますが、検証は困難です。
-----
なにか「気」の概念に似てますね。そうなると確かに検証は至難ですね。解る・感じるものがそれを確信・確認するしかないというのは「気」の概念ともほぼ同じですね。

再見! (2007年06月01日 18時42分14秒)

Re[5]:感想(05/30)  
5dolphin  さん
どうも現代孔明こと武侯仁従さま
>私もある意味首肯します。今西進化論の「住み分け」なくしては生物の多様性は考えれません。命というものが万華鏡のように多様で活発動馳なのですよね。自然淘汰の働きは生命の分化の「一つの働きに過ぎない」ですよね。

 今西進化論も、現世のみから考察している点で、片手落ちの感が否めません。秘教の進化論では、多様性は、それぞれの生物の進化度合いで、説明できます。なので、生物の多様性は、カルマに帰されるものとなります。

 簡単にいえば、ある教室のなかに、勉強のできる生徒もいれば、足の速い生徒もいて、ケンカの強い者もいて、お互いが、それら能力を補完し合い、学びあう体験を成就し、共に、教室全体として、魂の才能を磨き、その磨き度合いを宇宙は吸収し発展していくという進化論なのです。

 秘教の進化論では、多様性は元からあるもので、必然なのです。お互いが1を感じるために、分かれたといえるでしょう。

>いわば生存者は敗亡者の教訓と遺骸を栄養に生き延びてもいると。

そうです。勝者は敗者に学び、敗者は勝者に学ぶということが大切といえるでしょうね。 (2007年06月02日 10時18分45秒)

Re[6]:感想(05/30)  
5dolphin  さん
どうも現代孔明こと武侯仁従さま
>ということは、生存者・勝者は敗者を師とし資としてますね。生存者・勝者は敗者が先生で、肥やしですからそれを大切にしないものが、よりよく生き延びれましょうか?勝者・生存者はいわば敗者のメッセージを背負って生き延び、それをなにか果たすことが背負わされているといえます。

正しくその通りです。勝者は敗者の分まで、この世での課題を果たさねばならないものになります。より厳しさが求められるでしょう。
だから「勝って兜の緒を締めよ」なのです。

>勝者・生存者は敗亡者の命を背負って生きてます。まあ「勝つ」ということは、せいぜい「背負った課題を為す」ためのオマケに過ぎないのでしょうかね。

オマケというよりも、大切な機会が与えられたということだと思います。単純にいえば、より強い者と戦う宿命を負ったといえるでしょうし、強い相手と戦い、今度は敗者になる機会を与えられたともいえるでしょう。
 本来、自然に勝ち負けはありません。ただ自ら養うか、養われるかです。人間は、この世に生きている間は、自然に養われる存在です。養われる存在でいる間は、自然には勝てず、敗者といえるでしょうね。
 自らを養うことは、自己の探求に相違ならないのです。自らのことは自らで為すことが勝者への道といえるでしょう。天は自らを助ける者を助けるということです。 (2007年06月02日 10時31分03秒)

Re[4]:感想(05/30)  
5dolphin  さん
現代孔明こと武侯仁従さま
非常に聡明な孔明さまなら、既に御存知でしょう。

>なにか「気」の概念に似てますね。そうなると確かに検証は至難ですね。解る・感じるものがそれを確信・確認するしかないというのは「気」の概念ともほぼ同じですね。

正しくその通りです。しかし、秘教では、「気」とは呼ばず、エーテルと呼びます。エーテルは、太古では「アイテール」と呼ばれ、アリストテレスは4大元素の土(固体)、水(液体)、風(気体)、火(熱)の次の第5要素と位置づけました。
 現代科学でいえば、エネルギーの元といえるでしょう。数式でいえば、エネルギーはハミルトニアンで記述されるので、光の最小作用を表す、ラグランジアンが、エーテルに近い表現といえるでしょう。
 なので、端的にいえば、エーテルは、光の相互作用体、構造体ともいえるべきもので、光の軌跡を規定するといえるでしょう。光の作用ですから、目にはみえないものです。光自体を何かを通さずに直接みることはできないのですから。
 間接的にみている時点で、光は、間接体(媒質)によるものとなり、エーテルの本質はみえません。秘教では、光を闇で織り成すと物質になるという意味で語られています。
 また、秘教でいう「光」は物質光(電磁波)だけを表すものでなく、いわゆる霊光と呼ばれる、生命体を育む要素を表します。
 秘教では、光=エーテルの最上位に更に、アストラルがあり、これは光の軌跡を生み出す素で、いわゆる心の要素で、太陽のような星々であり、現代物理では、負のエネルギー体といえるでしょう。 (2007年06月02日 10時51分05秒)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: