私は日本の英語教育を破壊したのは、ネイティブ幻想よりも「大学受験至上主義教育」と「工場生産式公教育」でしょう。

ネイティブ云々よりも、まとに日本語で議論・会話することをしない。その日本語を使う・それをもって会話やおしゃべりすることすらできないのだから、もう救いようがない。

その点ヨシモトを見ている関西人は日本人でも最後まで生き延びると思う。自分の言葉・言語・方言に誇りを感じれないのは、悲惨である。確かにローカルな言語には伝えるという点では劣るものがあろう。だが、その表現力は、標準語・グローバル言語よりも豊かである。それを粗末にしている言語・社会に幸福は訪れない。経済不調でもそれなりに楽しい関西は、言語と人の在り様・幸福のなにか示唆するものがあると思う。

再見! (2007年06月16日 12時33分32秒)

シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年06月16日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 いつも訪問させていただいているNA23さまのブログに触発されて、昨今の英会話の氾濫について、危惧した。

 そこでの私のコメントは大体以下である。

 「英会話は日本語破壊の尖兵で、英会話学校はやたら「ネイティブ」と宣伝しまくりますが、日本人だからといって、関西弁や東北弁を上手く話せるわけではないのに、何が英会話で「ネイティブ」かと思いますね。
 日本人の英語教師の職を奪ったのと、なんでも、外国企業がよいという風潮の蔓延、英語が国際語という誤解、国際とは、平均化ではないのに、なんだか、外見だけが先行し、中身が空っぽの、答弁が跋扈するのは、当たり前といえば当たり前ですね。」

 英会話氾濫による、日本社会での道徳破壊は、昨今、特に顕著に思われる。「ビジネス」といいながら、法律の未整備による、ホリエモンのような犯罪や、犯罪スレスレの行為が、俄か仕込みの英会話により、行われるのであるのだから、たまったもんではないだろう。

 英語が世界じゅうに氾濫したのは、英国の野蛮な植民地政策にあったといえるだろう。英国の野蛮な植民地政策の原点に英語、つまり言語の唯物化、統一化があると思われる。

 本来、訪問者は、訪問者らしい振る舞いというものがあるはずで、日本にくるなら、基本は外人たちが、日本語をしゃべるべきで、郷に入れば郷に従えであると思われる。その土地に訪問するのなら、その土地を守る人々の歴史を重んじる。それが何よりも礼儀であるように思う。



 太古人は、むやみやたらと移住しなかったという。ゲルマン民族の大移動でさえ、現代の観光や世界旅行の移動量に比べれば、少なかったという。だから、自然破壊が、現代ほど深刻にはならなかったのである。

 自然破壊を行える言語というのは、一種の破壊兵器なのである。

 このような日本社会における、日本語破壊の一種の破壊兵器である、英会話の氾濫に疑問を思ったので、英語の歴史をネットで調べてみた(グローバルハート・コーポレーションというウェブが大変役に立った。この場を借りて感謝! 英語資料室というウェブは更に詳しい)。

 英語は、オールドイングリッシュ(古英語)から派生したものであるという。オールドイングリッシュ発祥の地のイングランドという土地に、はじめにやってきたのはイベリア人であったという。イベリア人は、前インドヨーロッパ人と呼ばれているところをみると、神秘学でいうアーリア人なのであろう。これはストーンヘンジという遺跡を残していることからもわかる。

 イングランドの地へ紀元前7世紀頃になると、ケルト人が大勢やって来たという。 ケルト人も起源を遡れば、アーリア人種なので、イングランドの地に、かつてのアーリア人種が集結したとも考えられるのである。恐らく、当時の神殿建設の地を、イングランドと特定したものなのであろう。

 やがてイングランドの地は戦闘に巻き込まれ、サクソン人の侵略をうけたという。サクソン人も元はゲルマン人で、その起源はやはりアーリア人にあり、アーリア人が東から西へと移住し、定着、土着するにつれ、その土地柄の風俗、風習に染まり、その相違から、戦闘を起こすようになったものと思われる。

 そのような戦闘のなかで、次第に統治、統一され、部族を問わずにアングル人と呼ばれるようになったようである。これは日本における大和民族のようなものであろう。ちなみにイングランド、イングリッシュという呼び名もそれぞれ「アングル人の国」「アングル人の言葉」という意味が語源であるという。

 ここからわかるように、英語の起源のオールドイングリッシュは、戦闘的で統一的な言語であるようだ。

 オールドイングリッシュの文法は現代英語と比べるとはるかに複雑で、名詞の性も存在し、格変化もあったという。古英語はドイツ語に非常に近かったと考えられ、現代英語では定冠詞はtheの一種類のみだが、古英語では18種類もあったという。ちなみに現代ドイツ語には16種類の定冠詞が存在するという。

 8世紀後半からスカンジナビア半島に住むゲルマン系のデーン人が新たに侵入し、デーン人の話していた言語との接触で、古英語の文法に変化が生じ、英語文法の簡素化はこの頃から始まり、11世紀のノルマン人のイングランド征服以降、加速したという。

 1066年に起こったフランスのノルマンディー公ウイリアムによるイングランド征服により、以後150年間ノルマン人の支配に入り、フランス語がオフィシャルな場所で使われ、英語は大衆の言語という2重構造が生まれたという(英語で「豚」はpigだが、「豚肉」だとporkで、pigは古英語起源の言葉で、porkはフランス語起源の言葉であるという。同じように「羊」はsheepだが「羊の肉」はmuttonで、後者がフランス語起源であるという。食卓に関する言葉は上流階級の使用していたフランス語がそのまま残った、という)。



 1204年、フランスとの戦いに敗北したジョン王がフランスの領土をほとんど失い。多くの貴族たちはイングランドに残る選択をとり、このあたりから英国人としてのアイデンティティが芽生えはじめたという。

 その後、百年戦争(1337-1453)の際に敵国の言葉であるフランス語は権威を喪失し、公用語としての地位を失い。一方、英語は1483年にエドワード4世が議会での法案を初めて英語で起案し、その地位が向上したという(この間、大量のフランス語の語彙が英語に流入するようになり、英語が主流になるにつれ、英語に不足していた語彙がラテン語、フランス語経由で入ってきたという)。英語の地位は確固たるものとなったが、文法的整備には、もう少し時間が必要だったという。  

 この時期(1100-1500年)の英語をミドルイングリッシュと呼ぶという。文法的に他のゲルマン諸語と比べて簡素化が進み、語彙的には大量のフランス語が流入したという。15世紀には大母音推移という現象が起こり、これ以降、発音とつづり字の不一致という英語特有の現象が起こる事となり、この時期に近代英語の原型はほぼ出来上がったと見ていいという。

 モダンイングリッシュの確立に大きく貢献したのが印刷機の導入であったという。英語には多くの方言があり、印刷する際にはスペリングを固定する必要性があり、そこで印刷地であるロンドン英語のスペリングが使われ、大量の印刷物を通してロンドン英語のスペリングが広がり定着したという。これによりロンドン英語が標準英語となるきっかけができたという。

 多くの方言が濫立する中で標準英語という一定の基準が設けられ、近代英語は大きく前進したという。また翻訳技術の進歩により庶民に無縁だったラテン語の書物も英語に訳されるようになり(聖書の英訳などはその代表例といえるという)。文芸面ではシェークスピアが活躍し、このようなプロセスを経て近代英語の文法スタイルは18世紀頃には整ったという。



 英語圏は世界中に広がり、米語、英語、インド英語、オーストラリア英語、フィリピン英語香港英語という風に様々な英語の亜流が生じ、英語の標準はロンドン英語という考えは薄くなり、それぞれの民族が独自の文化背景に溶け込んだ英語を話すスタイルが確立しているという。英語は当初から様々な言語の影響を柔軟に受け入れ、変化していった言語であると考えられるという。こういった歴史的背景に他民族に受け入れられる素地があるとも言えるという。

 だから、英語は一見すると、英語圏では、どこでも通じるような錯覚を覚えるが、ロンドン英語が古典化している現状では、懐疑的にならざるを得ない(スコットランド人の英語は米国では通じず、ロシア語に錯覚されるというし、逆に米語もまた、スコットランド人には通じないようである)。

 このような英語圏の歴史をみるなら、「ネイティブ」どころか、英語があらゆる言語の影響から独立したように、古日本語から、独立し、洗練された日本語こそが、現代の日本社会に望まれるように思われる。





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Last updated  2007年06月16日 12時33分04秒
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言葉のことで。  
武侯仁従  さん

Re:言葉のことで。(06/16)  
5dolphin  さん
毎度どうも現代孔明こと武侯仁従さま
 関西人は、確かに逞しいですよね。不思議なのは、関西人の会話を聞いていると、他地域の日本人はどうしても漫才に聞こえてしまうところです。
 あの逞しさは、堺という自治都市が日本にいち早く出来上がったせいだとも思うのですが、どうなんでしょう。中国通な孔明さまに、是非、関西弁などの歴史などを調べて戴きたく思います。
 いま、日本に必要なのは、地域性です。そういう意味では、英語のネイティブではなく、日本のネイティブだと思います。
 いま、「日本のしきたり」という本を読んでいるのですが、地域を結びつける、行事やしきたりを、改めて見直すことが必要だと思います。 (2007年06月17日 10時09分13秒)

Re[1]:言葉のことで。(06/16)  
武侯仁従  さん
5dolphinさん
>毎度どうも現代孔明こと武侯仁従さま
> 関西人は、確かに逞しいですよね。不思議なのは、関西人の会話を聞いていると、他地域の日本人はどうしても漫才に聞こえてしまうところです。
> あの逞しさは、堺という自治都市が日本にいち早く出来上がったせいだとも思うのですが、どうなんでしょう。中国通な孔明さまに、是非、関西弁などの歴史などを調べて戴きたく思います。
> いま、日本に必要なのは、地域性です。そういう意味では、英語のネイティブではなく、日本のネイティブだと思います。
> いま、「日本のしきたり」という本を読んでいるのですが、地域を結びつける、行事やしきたりを、改めて見直すことが必要だと思います。
-----
江戸時代に商都して繁栄して、明治以降も東京に反骨でした。商都で侍に遠慮なく、権力を屁とも思わない。もと中央だったので東京に対抗意識も強い。もとの中央語は関西のほうだったですね。

地域の歴史に誇りを持ち、神戸・京都・大阪と皆誇りをもっていて、まとめて言われるのに腹が立つ。
岸和田の「ダンジリ」の対抗心を播磨{姫路}「灘のケンカ祭り」は燃やしている。とか。

また詳細書きます。再見! (2007年06月17日 15時51分23秒)

Re[1]:言葉のことで。(06/16)  
武侯仁従  さん
5dolphinさん
>毎度どうも現代孔明こと武侯仁従さま
あと、やはり関西は歴史や伝統の重みや誇りでしょう。
見仏記という本で「東北は伝来嫌いの由来好き」という考察がかかれてます。東北で自民党が強いのは、自民党が外来の思想で出来てないからかな?それが中央にいるとそれに「右倣え!」関東は似た状況になりやすい。
なぜにか、関東・東日本の方が、外来文化に対する免疫というか対応能力が低い気がします。その表れで中央の真似をして破綻する。外国の文化は拒むが、中央にあこがれて、模倣する。それに地金が耐え切れず破綻するというようなことの繰り返しが多い。

過去から多数の外来文化を受けながらそれを消化してきて、それらからも「アイデンディディー」を獲得した関西。特にそれが顕著なのが神戸でしょうか。横浜と港町で対抗意識を持ち、個性で大阪・京都と張り合う。歴史的には江戸・東京よりも若いのに、妙に強烈な個性がある。
昔からの政争の中心地にして、戦国織豊・江戸時代は、商都して権力と一線を引いている。信長と戦った石山本願寺とかの影響もあるのかも知れません。
リアリズムと権威・権力に対する懐疑、それが悪くは今の大阪府・市の腐敗・堕落につながりますが、「役人などいなくても、大阪は回る」という自主性というか自立性にも繋がりますね。

再見! (2007年06月17日 18時21分06秒)

Re[1]:言葉のことで。(06/16)  
武侯仁従  さん
5dolphinさん

中国史の事を言われましたが、中国人はその歴史観から国家というものを本質的に信じてはないようです。それが中国の血族志向や秘密結社のように「擬似血族制度」のようなモノになってます。反面、日本のように暢気に政治していると「悪政」「無道」で庶民・市民が叛旗を翻し国家自体を壊します。
中国は戦乱と政争の多き地域でもあります。王朝も数々変わってます。300年な続いたらど良いほうですね。だから安直に国家を信じることはない。それが作る法にも懐疑的。
ちょうどそれの穏健なものが関西なのかも知れません。商売・漁労という移り変わるものを糧に生きること多かったですし。
それゆえに、地域や故郷のからの「アイデンディティー」が社会全体や国家の束縛よりも強いのでは?と考えます。

となると「関西人の激烈過ぎるのが、中国社会」と言え、恐ろしいほど商売上手も、その由縁が理解できます。

再見 (2007年06月17日 18時22分29秒)

Re[2]:言葉のことで。(06/16)  
5dolphin  さん
どうも現代孔明こと武侯仁従さま
>地域の歴史に誇りを持ち、神戸・京都・大阪と皆誇りをもっていて、まとめて言われるのに腹が立つ。
>岸和田の「ダンジリ」の対抗心を播磨{姫路}「灘のケンカ祭り」は燃やしている。とか。
>
>また詳細書きます。再見!

確かに、「神戸」「大阪」「京都」は違いますね。競馬場でも、京都と阪神では客層が明らかに違いますから…。 (2007年06月18日 20時30分04秒)

Re[2]:言葉のことで。(06/16)  
5dolphin  さん
毎度どうも現代孔明こと武侯仁従さま
 なるほど、東北は中央政権の真似が多いというのは、よくわかります。かつては、関東より東北は、蝦夷地だったようで、アイヌ民族の風土が残っているのでしょうか?
 征夷大将軍というのも、東北征伐を目的としてできた役職なのですから、東北が、中央に怨みを持ちつつ服従する構図は、アイヌ民族の外様嫌いと、中央政権に対しての、やむを得ぬ従属意識が、残った結果なのでしょうかね?

 関西は、やはり外来文化をいち早く取り入れる進取の気性がありますね。なにより仏教伝来を古くから取り入れた地ですから…。関西はとにかくエネルギッシュですよね。そのエネルギーがいったいどこからくるのか? (2007年06月18日 20時40分51秒)

Re[2]:言葉のことで。(06/16)  
5dolphin  さん
毎度どうも、現代孔明こと武侯仁従さま
 なるほど、流石に孔明さまは洞察力といい、聡明ですね。関西人は、中国人の遺伝子を受け継いでいるのでは?というのは、よくわかります。
 関西人は、東京への対抗心が酷く強いのが、意外なんですよ。中国人民の政府への敵対意識というか、そういう意識に近い感じですよね? (2007年06月18日 20時47分21秒)

Re[3]:言葉のことで。(06/16)  
武侯仁従  さん
5dolphinさん

> 関西人は、東京への対抗心が酷く強いのが、意外なんですよ。中国人民の政府への敵対意識というか、そういう意識に近い感じですよね?
-----
上海系と北京の大学系の敵対意識もそうなのかな?北京も洛陽・西安・開封からみたら若造ですからね~。あるのかな?
敵対意識よりも「不信感」では?大躍進の失敗・文革の混乱等、人民中国もそう信頼してないようです。外側からの感想ですが。

再見! (2007年06月19日 08時58分26秒)

Re[3]:言葉のことで。(06/16)  
武侯仁従  さん
5dolphinさん
>毎度どうも現代孔明こと武侯仁従さま
> なるほど、東北は中央政権の真似が多いというのは、よくわかります。かつては、関東より東北は、蝦夷地だったようで、アイヌ民族の風土が残っているのでしょうか?
> 征夷大将軍というのも、東北征伐を目的としてできた役職なのですから、東北が、中央に怨みを持ちつつ服従する構図は、アイヌ民族の外様嫌いと、中央政権に対しての、やむを得ぬ従属意識が、残った結果なのでしょうかね?
>
> 関西は、やはり外来文化をいち早く取り入れる進取の気性がありますね。なにより仏教伝来を古くから取り入れた地ですから…。関西はとにかくエネルギッシュですよね。そのエネルギーがいったいどこからくるのか?
-----
故福永光司氏{道教研究家・中国学者}が船の文化・馬の文化とという仮説を出してますが、大阪は海の船の文化が強い。で妙にラテンです。インドの太陽信仰とか道家の老子・荘子に影響を受けた思想家・人も多いです。山片バン桃に福沢諭吉に黒田如水や法然さんに井原西鶴と。
それもあるでしょうか。

再見! (2007年06月19日 09時03分46秒)

Re[4]:言葉のことで。(06/16)  
5dolphin  さん
毎度どうも現代孔明こと武侯仁従さま
 以前に、上海と、大連の留学生と知り合いになったとき、そこらへん色々聞いてみたのですが、中国は、出身地によって、バラバラですね。中国人と一緒くたにはできません。むしろ、出身地で、大連人、上海人と呼んだ方がよいようで、中国人同士だからとって、仲がいいとは限らず、共産党の階級でも違うようです。
 大連出身の中国人は、東北部は、割と親日といっていましたし、日本語も上手です。日本にくる中国人は、上海人が多いのですが、北京よりも、上海の方が、都会的(モダン)で、東京人(という表現はないですが)に近いようです。
 彼らの話だと、中国南部は、かなり荒れているようで、実際、敵対視していました。面白いのは、彼らのイメージだと、日本共産党より、自民党が中国の共産党という感じで、私が特に自民党員ではないというと、非常に驚き、中国では、共産党員でなければ生きていけないといっていたことです(これは上海人の話ですが)。
 北京人には知人がいないのでなんともいえませんが、上海は別格みたいで、上海人は軽薄で、嘘つきが多いというような上海に対する他地域の対抗意識はあるようです。 (2007年06月19日 11時42分45秒)

Re[4]:言葉のことで。(06/16)  
5dolphin  さん
毎度どうも現代孔明こと武侯仁従さま
 船の文化の海洋都市か、馬の文化の大陸都市かという違いでしょうかね?
 海洋都市は、商人の町、大陸都市は、役人の町という感じはしますね。大阪と京都の違いはここにあるという感じですか、そこに新たに近代的なモダン、飛行機の文化ともいえる、神戸という感じでしょうかね? (2007年06月19日 11時59分02秒)

Re[5]:言葉のことで。(06/16)  
武侯仁従  さん
5dolphinさん
>毎度どうも現代孔明こと武侯仁従さま
> 船の文化の海洋都市か、馬の文化の大陸都市かという違いでしょうかね?
> 海洋都市は、商人の町、大陸都市は、役人の町という感じはしますね。大阪と京都の違いはここにあるという感じですか、そこに新たに近代的なモダン、飛行機の文化ともいえる、神戸という感じでしょうかね?
-----
大阪・京都は昔はそうだったでしょうが、まだ道教の影響も濃いようです。東京こそ「馬の文化」でしょう。武士の町で、東の「農耕と狩猟の地域」を抱えてますし、海から馬系文化の西欧近代文化の流入と咀嚼の中心地だったから。
神戸を「飛行機の町」とは面白い比喩ですね。別のたとえは、大阪を「{アジア}の海の町」神戸は「{欧米}の海の町」ですし。

再見! (2007年06月19日 15時27分47秒)

Re[6]:言葉のことで。(06/16)  
5dolphin  さん
毎度どうも現代孔明こと武侯仁従さま
 確かに、東京、つまり江戸は、海洋都市というか、海という感じがしませんね。ペリーにより無理やり開港させられた横浜は近くにありますが、自治都市というより長崎のような(殖民)出島に近い感じですね。
 英国の例でわかるように、海洋都市になるには、海賊が必要なんだと思います。堺周辺や瀬戸内海には、昔から海賊か多かったといいますし、そのような環境が、海洋都市をつくったのでしょう。
 恐らく、ペリーが、瀬戸内海に現れていたら、米国の恫喝外交に屈していなかったかもしれません。うまいこと商売に結びついていたかも…? 薩英戦争のように戦って一度は負けていたかもしれませんが…。 (2007年06月19日 22時24分57秒)

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