シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年06月16日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 いつも訪問させていただいているNA23さまのブログに触発されて、昨今の英会話の氾濫について、危惧した。

 そこでの私のコメントは大体以下である。

 「英会話は日本語破壊の尖兵で、英会話学校はやたら「ネイティブ」と宣伝しまくりますが、日本人だからといって、関西弁や東北弁を上手く話せるわけではないのに、何が英会話で「ネイティブ」かと思いますね。
 日本人の英語教師の職を奪ったのと、なんでも、外国企業がよいという風潮の蔓延、英語が国際語という誤解、国際とは、平均化ではないのに、なんだか、外見だけが先行し、中身が空っぽの、答弁が跋扈するのは、当たり前といえば当たり前ですね。」

 英会話氾濫による、日本社会での道徳破壊は、昨今、特に顕著に思われる。「ビジネス」といいながら、法律の未整備による、ホリエモンのような犯罪や、犯罪スレスレの行為が、俄か仕込みの英会話により、行われるのであるのだから、たまったもんではないだろう。

 英語が世界じゅうに氾濫したのは、英国の野蛮な植民地政策にあったといえるだろう。英国の野蛮な植民地政策の原点に英語、つまり言語の唯物化、統一化があると思われる。

 本来、訪問者は、訪問者らしい振る舞いというものがあるはずで、日本にくるなら、基本は外人たちが、日本語をしゃべるべきで、郷に入れば郷に従えであると思われる。その土地に訪問するのなら、その土地を守る人々の歴史を重んじる。それが何よりも礼儀であるように思う。



 太古人は、むやみやたらと移住しなかったという。ゲルマン民族の大移動でさえ、現代の観光や世界旅行の移動量に比べれば、少なかったという。だから、自然破壊が、現代ほど深刻にはならなかったのである。

 自然破壊を行える言語というのは、一種の破壊兵器なのである。

 このような日本社会における、日本語破壊の一種の破壊兵器である、英会話の氾濫に疑問を思ったので、英語の歴史をネットで調べてみた(グローバルハート・コーポレーションというウェブが大変役に立った。この場を借りて感謝! 英語資料室というウェブは更に詳しい)。

 英語は、オールドイングリッシュ(古英語)から派生したものであるという。オールドイングリッシュ発祥の地のイングランドという土地に、はじめにやってきたのはイベリア人であったという。イベリア人は、前インドヨーロッパ人と呼ばれているところをみると、神秘学でいうアーリア人なのであろう。これはストーンヘンジという遺跡を残していることからもわかる。

 イングランドの地へ紀元前7世紀頃になると、ケルト人が大勢やって来たという。 ケルト人も起源を遡れば、アーリア人種なので、イングランドの地に、かつてのアーリア人種が集結したとも考えられるのである。恐らく、当時の神殿建設の地を、イングランドと特定したものなのであろう。

 やがてイングランドの地は戦闘に巻き込まれ、サクソン人の侵略をうけたという。サクソン人も元はゲルマン人で、その起源はやはりアーリア人にあり、アーリア人が東から西へと移住し、定着、土着するにつれ、その土地柄の風俗、風習に染まり、その相違から、戦闘を起こすようになったものと思われる。

 そのような戦闘のなかで、次第に統治、統一され、部族を問わずにアングル人と呼ばれるようになったようである。これは日本における大和民族のようなものであろう。ちなみにイングランド、イングリッシュという呼び名もそれぞれ「アングル人の国」「アングル人の言葉」という意味が語源であるという。

 ここからわかるように、英語の起源のオールドイングリッシュは、戦闘的で統一的な言語であるようだ。

 オールドイングリッシュの文法は現代英語と比べるとはるかに複雑で、名詞の性も存在し、格変化もあったという。古英語はドイツ語に非常に近かったと考えられ、現代英語では定冠詞はtheの一種類のみだが、古英語では18種類もあったという。ちなみに現代ドイツ語には16種類の定冠詞が存在するという。

 8世紀後半からスカンジナビア半島に住むゲルマン系のデーン人が新たに侵入し、デーン人の話していた言語との接触で、古英語の文法に変化が生じ、英語文法の簡素化はこの頃から始まり、11世紀のノルマン人のイングランド征服以降、加速したという。

 1066年に起こったフランスのノルマンディー公ウイリアムによるイングランド征服により、以後150年間ノルマン人の支配に入り、フランス語がオフィシャルな場所で使われ、英語は大衆の言語という2重構造が生まれたという(英語で「豚」はpigだが、「豚肉」だとporkで、pigは古英語起源の言葉で、porkはフランス語起源の言葉であるという。同じように「羊」はsheepだが「羊の肉」はmuttonで、後者がフランス語起源であるという。食卓に関する言葉は上流階級の使用していたフランス語がそのまま残った、という)。



 1204年、フランスとの戦いに敗北したジョン王がフランスの領土をほとんど失い。多くの貴族たちはイングランドに残る選択をとり、このあたりから英国人としてのアイデンティティが芽生えはじめたという。

 その後、百年戦争(1337-1453)の際に敵国の言葉であるフランス語は権威を喪失し、公用語としての地位を失い。一方、英語は1483年にエドワード4世が議会での法案を初めて英語で起案し、その地位が向上したという(この間、大量のフランス語の語彙が英語に流入するようになり、英語が主流になるにつれ、英語に不足していた語彙がラテン語、フランス語経由で入ってきたという)。英語の地位は確固たるものとなったが、文法的整備には、もう少し時間が必要だったという。  

 この時期(1100-1500年)の英語をミドルイングリッシュと呼ぶという。文法的に他のゲルマン諸語と比べて簡素化が進み、語彙的には大量のフランス語が流入したという。15世紀には大母音推移という現象が起こり、これ以降、発音とつづり字の不一致という英語特有の現象が起こる事となり、この時期に近代英語の原型はほぼ出来上がったと見ていいという。

 モダンイングリッシュの確立に大きく貢献したのが印刷機の導入であったという。英語には多くの方言があり、印刷する際にはスペリングを固定する必要性があり、そこで印刷地であるロンドン英語のスペリングが使われ、大量の印刷物を通してロンドン英語のスペリングが広がり定着したという。これによりロンドン英語が標準英語となるきっかけができたという。

 多くの方言が濫立する中で標準英語という一定の基準が設けられ、近代英語は大きく前進したという。また翻訳技術の進歩により庶民に無縁だったラテン語の書物も英語に訳されるようになり(聖書の英訳などはその代表例といえるという)。文芸面ではシェークスピアが活躍し、このようなプロセスを経て近代英語の文法スタイルは18世紀頃には整ったという。



 英語圏は世界中に広がり、米語、英語、インド英語、オーストラリア英語、フィリピン英語香港英語という風に様々な英語の亜流が生じ、英語の標準はロンドン英語という考えは薄くなり、それぞれの民族が独自の文化背景に溶け込んだ英語を話すスタイルが確立しているという。英語は当初から様々な言語の影響を柔軟に受け入れ、変化していった言語であると考えられるという。こういった歴史的背景に他民族に受け入れられる素地があるとも言えるという。

 だから、英語は一見すると、英語圏では、どこでも通じるような錯覚を覚えるが、ロンドン英語が古典化している現状では、懐疑的にならざるを得ない(スコットランド人の英語は米国では通じず、ロシア語に錯覚されるというし、逆に米語もまた、スコットランド人には通じないようである)。

 このような英語圏の歴史をみるなら、「ネイティブ」どころか、英語があらゆる言語の影響から独立したように、古日本語から、独立し、洗練された日本語こそが、現代の日本社会に望まれるように思われる。





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Last updated  2007年06月16日 12時33分04秒
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