シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年06月20日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 恐らく、現代の政治家と総理大臣こそ、最も見苦しく醜い代表的人間なのではないだろうか?

 案の定、国際社会では、顔も覚えられないほど、馬鹿にされたようである。国際社会では、何を語るかよりも、その人の身振りと身形に重点が置かれるのである。

 何のことはない。人間社会であれば、どこでも礼儀と紳士的振る舞い、謙譲尊敬の美徳が、人間である以上、必要とされる。美しい国に、至上最低の醜い総理。とことん堕ちて、いまや成れの果ての困ったチャンとなった。

 いまや政治家と総理大臣が、最も躾けのできていない、この美しい文化の日本国における、ふしだらな人間の代表となったのである。

 個人的には、あの夫人と手をつなぐポーズはみていて恥ずかしさが込みあげる。一体、本人たちは恥ずかしくないのだろうか? それこそ家庭と国家を混同している証拠でもあろう。 国民よりも、夫人の方が大切なのだろうか? あのお手手つなぎポーズこそ、正体見たりである。

 恥ずかしくって、顔から火が出るや! 総理大臣だからこそ、特権もあるが、夫人まで、その特権を、認めたわけではないのである。米国ではファーストレディなんて呼ばれているかもしれないが、いつから、日本文化が、米国仕込みになっちまったのか、いつから大統領制になったんだよね?

 夫人を大切にするのだったら、レディファーストの方がまだしも、エレガントである。江戸ッ子がみたら、何ていうかね? 大体、日本文化では、夫人は奥様といわれ、奥に控えて、けっして表に出ないものである。だからこそ、隠然たる陰の支配者として君臨できるのである。

 夫人は一歩下がって陰の実権を握るからこそ、男との関係を慎ましやかに平和の糧に治めることができるというものだろう。民族の遺産といわれる江戸文化、和の文化が、第一、子供でもあるまいし、完全に破壊された光景だといってよいだろう。



 そこで、書店で格好の教科書をみつけた!

 それが「身につけよう! 江戸しぐさ」という本である。

 そこには、以下のようにある。

 〔江戸しぐさは 「共により良く生きる」ために、上に立つ者こそが心得ておかねばならない「融和のしぐさ」「平和のしぐさ」であり、人類の貴重な無形文化財である〕

 そう、とにかく江戸時代は、平和な世の中であった。それは江戸時代の人々の一人一人がつくりあげた平和であったのだろう。戦後日本も平和だった。それはもう戦争は懲り懲りだという反省故の平和だったといえる。その懲り懲りという痛さ、身に染みた嫌悪感が、つい最近薄れ、忘れかけてきたといえるだろう。

 米国に我儘好き放題されても、ハイハイといって、心の中では、「この赤ん坊国家め!」と思いながら、歯向かうこともできず、戦争は嫌だから、黙っていわれるように、おだてながらきたともいえる。

 しかし、最近、米国の横暴さも目に余るようになってきだし、馬鹿な米国カブレの連中も溢れ出し、日本は、大事な忍耐の美徳を、いまや忘れつつあるといえるだろう。

 さて、人間何が大事かといえば、この本の冒頭に書かれている、「江戸っ子」の精神であると思われるのである。

 この「江戸っ子」の精神は、なんと米国留学生のレポートに書かれたものであるから、意味深でもある。それは以下のようなものであったという。

 「江戸っ子とは、進歩的な人間主義者で、和を以って良しとなし、誰とでもつき合い、新人をいびらず、権力にこびず、人の非を突くときは、下を責めず上を突き、外を飾らず中身を濃く、といった思想を持った人である」

 日本を散々苛めた米国民の1人が、好意をもって、書いているのである。



 だから米国人は、自分たちが獣であることがバレないように着飾るのである。彼らの外見ではなく、振る舞い、行いを正確にみるべきである。特に、中国人は、経済発展の最後に、あのような醜い獣の姿、醜態を曝すことを覚悟すべきである。

 自然破壊を省みず、同胞を戦場に送る事に一顧もだにせず、笑いで誤魔化す道化師ぶり、キリスト国家が聞いて呆れる。悔い改めよ!米国民!!

 このような米国カブレの政治家などは、どうせ、ネオコンもろとも地獄に堕ちるのだから、ほっておいて、礼儀の復活の国ニッポンこそ、再び美しい自然や国家を取り戻す術であるのだろう。





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Last updated  2007年06月20日 21時24分36秒
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ファーストレディーもいいけれど。  
武侯仁従  さん
>恥ずかしくって、顔から火が出るや! 総理大臣だからこそ、特権もあるが、夫人まで、その特権を、認めたわけではないのである。米国ではファーストレディなんて呼ばれているかもしれないが、いつから、日本文化が、米国仕込みになっちまったのか、いつから大統領制になったんだよね?

 >夫人を大切にするのだったら、レディファーストの方がまだしも、エレガントである。

総理夫人だけ大事にするのは、「ファーストレディー」ではないですね!
女性蔑視の言動を咎めない政治家が、あのようなことをしても、虚しさもあります。

仁の発露・表現として礼があると、私は考えます。となると、今の政治家の多くに仁が欠けていると。

菅子や孟子に「衣食足りて礼節を知る」と言う言葉があります。衣食足りてこそ、その社会・個人の礼節というものの本質が現れるのでそこで教育すべきとも解釈できます。
論語で「富んで、奢らない・礼儀を忘れないのが大事」と一節があります。それは「まずしくとも僻まない、恨まない」と対応しているとか。
心身や礼法・智勇を練るのに、程度の差はあれ、状況はと問わずにすべき。ということでしょうね。

再見! (2007年06月21日 09時57分33秒)

Re:ファーストレディーもいいけれど。(06/20)  
5dolphin  さん
どうも現代孔明こと武侯仁従さま
 傍若無人と厚顔無恥というのが、現代日本人の特色といえるでしょう。これは現代の親世代が教育、特に躾けを疎かにしてきたツケです。だから、精神は子供で、外見だけが大人の振りした人間が巷に溢れているのです。
 彼らは子供であることを隠そうとするが為に、ブランドに手を出すのです。だから、ブランド発祥の地の西洋では、心底から馬鹿にされる。
 まずは、隗よりはじめよ!で、国会議員の人たちがもっと礼儀を弁えないといけませんね。原稿棒読みでは、謝罪の仕方がまるでなっていないです。気持ちがこもってなければ、何をやっても無駄です。
 孔明さまの仰るとおり、礼儀とは仁の表現です。仁とは、形式ではありません。
 明治維新がなって、町にある江戸の講が、大久保により廃止にされました。江戸の年寄りたち(老名主)は、異国との付き合い方がわからない若い連中ばかりで、三代目にして日本はシャッポにされるのではと危惧し、不安視したとのことですが(江戸の老人は、早くに後進に道を譲るために、隠退したといいます)、やっぱり予感的中で、日本は米国にシャッポにされてしまいました。
 勝海舟の人物をみるだけでも、江戸の老人は、とにかく第六感や、予見力では抜群だったようです。それも若いときの苦労から出ていたようです。 (2007年06月21日 11時14分11秒)

Re[1]:ファーストレディーもいいけれど。(06/20)  
5dolphin  さん
訂正;シャッポにされる→シャッポを脱がされるという意味らしい。
 なんでも、「シャッポ」という言葉は、仏語のシャポー(帽子)からきており、転じて、兜を脱ぐ(負ける)意味で、使われたという。ここから、倒置語(逆読み)として、「ポシャル」が生まれたという。
 江戸幕末の老人たちが、フランス語をアレンジして日本語として使っていたとは、驚きの何者でもない。 (2007年06月21日 11時54分12秒)

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