シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年01月24日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 動物質に近づくとき、明白に理解すべきことは、動物質自身が、まず消化を行うということで、動物質がまず植物質を摂取するということである。草食動物を見てみる。動物質は、自らのうちに植物質を摂取する。

 また、この事は非常に複雑なプロセスである。というのも、動物が植物質を自らのうちに摂取するだけでは、動物は、植物に(相反する)人間的形態を対置することができないからである。従って、動物のなかでは植物質のものは下から上へ、上から下へと転ずることができない。

 動物の脊柱は地球の表面に平行である。そのため、消化の際に、生じるのは、動物のなかでは、全くの無秩序状態になることである。そこでは下のものが上へ、上のものが下へ行こうとするのだが、(脊柱が地と平行なので)停滞してしまい、自身のなかで停滞してしまい、だから、動物の消化は人間の消化とは本質的に異なったものになる。

 動物の消化の場合、植物のなかに生きる植物質は停滞し、その帰結として、動物の場合、植物存在に対して、「お前は宇宙の彼方へのお前の憧れを満足させてもよい」、という約束がなされるが、動物には、この約束を守ることができないのである。だから、動物の場合、植物は再び地へと投げ返される。

 しかし、上下の逆転が起こる人間の場合のように、上から宇宙霊たちが、その力と同時に進入する代わりに、動物の場合、動物の生体組織のなかで、植物が地に投げ返されることにより、すぐに、植物のなかに、ある元素霊たちが進入する。

 これらの元素霊たちは、不安(恐れ)の霊たち、不安(恐れ)の担い手たちである。従って、霊観照において、この奇妙な事柄を追求する必要がある。

 霊観照では、動物は自ら食物を取り、内的な心地良さのうちに食物を取るので、一方に食物の流れの方向があり、他方では、不安(恐れ)の元素霊たちの不安(恐れ)の流れが、食物の流れに向かっていく。つまり、消化の方向に絶えず動物の消化管を貫いて、食物摂取の満足感が流れ、この消化に相対して、不安(恐れ)の元素霊の恐ろしい流れがやってくるのである。

 これらの流れの合流も、動物たちが死ぬときに、後に残していくものである。つまり、既に別様に述べた、進化の下層に属さない動物たち、更に例えば四つ足の哺乳動物に属する動物たちにも、この事はあてはまり、これらの動物が死ぬことで、その死において、もっぱら不安(恐れ)から構成された存在が、常に死ぬので、かえって、不安(恐れ)が「甦る」のである。

 動物と共に不安(恐れ)は死ぬということは、すなわち不安(恐れ)が甦るということである。肉食獣の場合、既に不安(恐れ)を一緒に食べていることになる(草食動物の不安(恐れ)もろとも)。肉食獣は獲物を引き裂き、満足感をもって肉を食べる。肉食への満足感に対抗して、不安や、恐怖が流れ込み、この恐怖を、植物を食べる動物たちは死に際して、はじめて自分から発するが、肉食動物は生きているうちに既に流出させるのである。



 このような事柄を、別意識でも、体験できると想像するだろう。即座に、唯物論的に、(人間)自身を動物の立場に置くことにより、肉食動物がどんなことを体験せねばならないか、と考え始めるなら、また、このようなカマローカ(欲界)は、我々人間にとってどういうものかと考えるなら、また更に、このようなカマローカ(欲界)が、人間にとって、どのようなものであり得るかということに従い、肉食動物を判断し始めるなら、言うまでもなく、そのような思考こそが唯物論なので、実際、動物崇拝的になり、人間は、唯物論の思考から、動物の性質に身を置くことになる。

 世界(宇宙)を理解するなら、上記のような事柄を理解すべきなのは確かだが、唯物論者が全宇宙に対して生命無き物質に感情移入するように、いわば、このような事柄に感情移入してはならない。





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Last updated  2008年01月24日 19時44分04秒
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