シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年08月26日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 魂の活動と肉体の活動との間の関係が明らかになるのは、人智学による厳密な探求だけである。精神的努力とのバランスを、物質的存在によって取れると信じている人は、本質的な事が分かっていない。

 人智学の探求者は、例えば、ある真実を伝えるように頼まれ、その後で、そのテーマに関して、いまだ正しく自分の考えを述べられず、また、その思考においても正しいイメージを形成できないような相手の話を聞かなければならないような場合、それが非常に疲れるもので、例えば、精神世界を探求する場合、どんなに探求しても、疲れることがない、ということを知っている。

 その差異は、他の誰かの話を聞くときには、肉体的な脳を使うような、物質的な意志疎通に携わっているのに対し、精神的探求においては、低次レベルでは、まだ幾分、物質的器官が必要であるが、高次段階に達するほど、その程度が低くなり、従って、段階に応じて益々疲れなくなる、という理由による。

 外界の人間が参加せずに済むとき、消耗と疲労はもはや生じない。精神的活動においては、その衝動が、魂自体から与えられるか、或いは、それが外から促されるかでは違いがあり、区別する必要があることが分かる。人間の様々の発達(進化)段階においては、常に内なる衝動に対応した事柄が生じることから、その事を常に考慮すべきである。

 以前、強調した例を取り挙げてみる。それは、「人智学の光に照らされた子供の教育」という小冊子の中に見い出される例である。そこで述べているのは、7歳までの子供は、第一に、その行動全てにおいて模倣への衝動を感じている、ということである。そして、歯牙交替期(約7歳)から思春期(約14歳)までの発達は、「権威に従って自らを方向づける」、或いは、別の人物によって刻印づけられた印象に従って行動する、とでもいえるような特徴を有する。

 模倣と権威への敬意という、これら2つの段階が無視された場合を仮定する。もし、その2つが全く考慮されなければ、外なる体は魂の道具になるかわりに、不規則に発達する。そして、更なる発達過程において、その外なる人間の不規則な性質に対し、魂が正しい方法で影響を及ぼし、それと相互作用する機会を持つことがなくなる。

 もし、この2つの法則が観察されなければ、その人生における重要な時期に、新しい発達段階へと入っていくときに、人間存在における、ある構成体が停滞するのが分かる。精神分裂病、早発性痴呆の根底にあるのは、魂の外なる人間への、この2つの法則を無視するということなのである。

 早期における正しいプロセスを無視することにより、内なる人間と外なる人間との間の不調和の結果として現れるのは早発性痴呆、すなわち時期を逸した模倣という症状である。

 人智学によって明確に区分される、これらの事柄の間にみられる不調和が多くの場合、魂における異常の原因になっているということは、よくあることである。



 この事は、人間に関する知識が、「不調」と「心的障害」の本性を照らし出すことを示している。そして、たとえ表面的な結びつきしかみられなくても、もし、人間が、「不調」は通常の魂生活の一部なので、人間の外の本性には影響を及ぼし得ないとしても、それとは逆に、力強い論理の発達、すなわち感情や意志での、調和的で規則的な魂生活が、外の人間から生じる障害に対抗して、強化するときに従う法則は、大いに勇気を与えるということを述べなければならない。

 このように、人智学は、恐らく常にそうとは限らないが、それでもほとんどの場合、外の人間の超越、或いは卓越に対抗する可能性を与える。内なる人間を強化し、育成するのは、外なる人間の卓越に対抗するために行うことが重要である。人智学は、この内なる人間の強化を行うための癒しの力を与える。

 従って、人智学が常に強調するのは、途中で停止することのない、首尾一貫した思考を最後まで追求するために、不適切なものを避ける、秩序づけられた思考を発達させるという重要性である。内の規律と調和の中に魂生活が現れるような形で、思考の秩序を厳密に要求する人智学自体が、(肉)体の本性における病理的症状の卓越(優位)に対抗する医療であるというのは、この理由による。

 そして、人間が健全な意志、健全な感情、そして自律的な思考の光によって、体の弱さ、体の不具合を包み込めるとき、病理的な傾向に対して勝利を収めることができる。この事は、今日では一般的でないが、それでも現在を理解する上で、重要である。

 このように、人智学は、ある慰め、つまり、精神の中には、もし、真に強化するなら、人生において、影響を与える、あらゆるものに対する最良の救済があるという慰めさえ、与えてくれる。人智学によって、単なる精神の理論化を学ぶのではなく、俗物が中途半端な思考で立ち止まろうと努力し続けることと対照的に、我々人間の中で、それを治癒力に変えることを学ぶ。

 というのも、「あなたの言うような輪廻転生やその他の事を証明してみなさい。」というのは、中途半端な思考以外の何者でもないからである。思考を、その結論にまで導くことを拒否する人に対して、それを証明することはできない。真実全体を、半端な思考をもっては証明できない。それらは、ただ思考を全うする人にのみ証明され、そして、全体的思考は、内なる人間により、発展(進化)させられなければならない。

 もし、ここで示唆された事を更に発展させるなら、この事、つまり精神に対する不信が、我々の時代における不徳の中心に位置している、ということが分かる。しかし、一方で、不信を信へと、つまり、真の精神性へと変容させるための方法がある、ということが、そこに示唆されるということも分かる。





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Last updated  2008年08月26日 20時18分25秒
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