シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年09月08日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 さて、ではソフォクレスを飛ばして、1世代後に、同じ状況を取り扱ったエウリピデスに目を向けてみる。

 学者達が正しく指摘したように(とはいえ、人智学だけがその事を、真の光の中で示せるが)、エウリピデスにおいては、オレステスが経験した夢の像は良心の呵責の影のようなイメージ以上のものではない。シェークスピアにおいても幾分同様である。

 このように、詩という芸術は、「良心」という考えが確立した段階があったことをはっきりと証明している。いかにアイスキュロスのような偉大な詩人でさえ、「良心」については語れなかったかを、そして、一方で、いかに彼の後に続くエウリピデスが正に、「良心」に関して語るかを見ることができる。

 この発展(進化)を心に留めれば、何故、人間の思考一般が「良心」に関する真の概念に向かって、ただゆっくりと、その歩みを進めることだけができるのかが分かる。現在、「良心」の中で働いている力は、太古の時代にも働いていた。それは人間の超感覚的視界の前に、人間の行いの影響を示す像として現れた。

 唯一の違いは、この力が内在化されたことなのだが、それを内的に経験するためには、徐々に「良心」の概念へと導く、人間の発達(進化)全体が必要だった。

 このようにして、段階を追って前面に出てくる能力、人間自身の努力によって獲得すべき能力を「良心」の中に見ることができる。

 では、「良心」の最も力強い活動をどこに探すべきなのか?

 それは人間の発達過程(進化プロセス)の中でも、自我が初めて認知されるようになった時点、自我がまだ弱い時点である。

 古代ギリシアでは、自我は悟性魂の段階にまで進んでいた。しかし、古代エジプト、カルディアにまで遡ると(外的な歴史はこの事に関して、何1つ知らないが、プラトンとアリストテレスは、自我に関する超感覚的認識をもっていた)、当時の最も高度に発達した文化でさえ、独立した自我の内なる存在無しに、達成されたものであるのが分かる。



 今日、現代人は意識魂の時代に生きているが、これは真の自我意識が今初めて生じているということを意味している。人類の進化を研究する人、特に、東洋文化から西洋文化への移行を研究する人は、いかに人間の発達(進化)が、どこまでも増大する自由と独立の感情により特徴づけられてきたかを見ることができる。

 ギリシア以前(エジプト時代)の人間においては、自分は神々と、神々から来るインスピレーション(霊聴力)に完全に依存していると感じられていたのに対して、ギリシア以降、西洋において初めて、文化が内なる生活から湧き出してきた。

 この事は、例えば、アイスキュロスが人間の魂の中に自我意識を生じさせようとして、いかに苦闘したかを見れば特に明らかである。彼が片方の目を東洋に、もう片方を西洋に向けて、人間の魂の中から「良心」の概念へと統合されるべき要素を集めながら、いかに東洋と西洋の境界線上に立っていたかを見ることができる。

 彼はこの「良心」の新しい形態を、劇の形に体現させようと努力するが、まだ充分にできない。「良心」の比較は混乱を招き易く、単に比較するのではなく、区別する必要がある。

 大事なのは、西洋においては、あらゆるものが自我を感覚魂から意識魂へと上昇させるようにデザインされていたという点である。東洋においては、ヴェールをかけられた曖昧さの中で自由ではなかった自我は、西洋においては、東洋とは対照的に、意識魂への上昇の道を辿る。

 古い、夢のような超感覚的能力が消し去られるとき、他のあらゆるものが自我を目覚めさせ、その自我を守る内なる神の声としての「良心」を呼び起こそうとする。アイスキュロスは東と西の世界を分ける礎石だった。





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Last updated  2008年09月08日 18時53分17秒
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