シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年02月16日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回、はじめとは、全く別の事実へと行き着いたように、今回も、全く特定の具体的な物質を出発点として、更に問題全体の拡張の試みを行う。

 課題に対しては(問題の性質や、時間が少ない為)、いわば円を描くようにして、周辺からアプローチすることが、どうしても必要となる。いわば公理から始まって、次第に、複雑な課題に上昇していくという、例の科学的な方法をとることはできない。

 今回の課題として、植物炭を出発点とすることで、もう少し、先に進んだ方法を用い、観察範囲を示す。以前、チコリ、野イチゴ他の研究のように、今回も、一見奇妙だが、実際、どこにでもあるような、世界でも、最も奇妙な物質に関して研究していく。

 実際の自然観察に入っていくだけでも、今日の科学が導く法則以外に、直ちに目を向ける必要のあることがよくわかる。

 以前の講演で、コリスコ博士(1)が、未来の科学は、いまとは全く別のものでなければならない、と指摘したこと。そして、その際、繰り返し「生理学」という語を好んでいたのは非常に興味深い。この事は、化学と生理学に、橋が架けられなくてはならないということを表明するものだからである。

(1) オイゲン・コリスコ[Eugen Kolisko] 1893-1939  1920年からシュトゥットガルト自由ヴァルドルフ学校の教師および校医。後に英国でも活動。

 このようなとき、理解に必要な条件が、全く欠けている為に、現在、公開講演では、完全に述べることができないような、あらゆる事柄をも考慮せざるを得ない。炭素という物質を、人間の外にある(人間以外の)自然のなかにも、一見、外界に見える自然のなかにも見つけられる。

 そもそも大いなる自然のなかには、人間以外に一体何があるのか。

 実は、人間以外には何もないといってもよい。というのも、目の前の、人間の外にある存在全ては、人間の進化につれて、人間から外に出され、人間から、(分離され)遠ざけられたものだからである。

 人間は、ある進化段階に入って行く必要があり、その段階に入って行くことができたのは、人間に相対する外界の、ある種のプロセスが進行することで、ある別のプロセス自体を、人間の内部に取り入れる可能性が与えられたことによる。



 さて、この事は、化学の生理学化に関して、以前述べた事実や(これは厳密な表現ではないが、特に以前のコリスコ博士の講演を聴けば、この意味が理解できる)、シャイデッガー博士(2)による講演や、その興味深い議論において、ホメオパシーの際に行うことは、本来、人智学的に把握される必要があるということが指摘されたが、その事実と、不思議に共鳴し合っていたということを述べなくてはならない。

(2) エドウィン・シャイデッガー[Edwin Scheidegger] バーゼルのメーリアン・イーゼリン施療院の主任医師および設立者。

 そして、この共鳴の響きは、ある段階で、奇妙な言葉となって消える。この言葉と、数十年来、取り組んできたが、よく、次のように表明される言葉である、

「ホメオパシーの医師でも、神秘主義(オカルト)になることを、多少恐れている、すなわち、神秘主義(オカルト)という評判を立てられるのを恐れている」 、と。

 さて、この言葉と取り組んできた根拠は、全く特定の、あくまで現実へと回帰していく見解のなかにあった。ホメオパシー的治療プロセスにおいて、切に求められる本質は、実際、結局(誤解しやすいが、物事の性質を、正確に描写するなら、些かラディカルな表現にならざるを得ない)、その物質(そのもの)のなかにあるのではなく、その物質を調合する際に行なわれるプロセス、つまり、例えば、珪酸は、植物炭を調合するプロセスにある。

 物質の本質は、調合、つまり、その時になされたプロセスのなかにある。ホメオパシーの薬の調合が求められるとき、本質的に何が生じているのかに関して、随分と取り組んできたが、是非、ラッシャー博士(3)も認めたように、例えば、リッターの調合も、リッター嬢自身が、認めなくても、ホメオパシーの薬剤に含めたい。

(3)ハンス・ラッシャー[Hanns Rascher] 1880-1952 ミュンヘンの医師。

 正に問題は、ホメオパシーの薬剤が調合される際、本質的に何が起こっているのか、ということなのである。

 求められる薬剤は、結局、調合プロセスのなかにある。そのとき、作り出す薬剤の調合プロセスという出来事全体のなかにある。

 例えば、珪酸を用いて、珪酸の希釈度を上げ調合する場合、本質的には何を行うことになるのか。

 この場合、ある一点を目指すことになる。自然においては、全てが根本的に、リズミカルなプロセスに基づいている。(目的とする)当の物質の本質において、最初に現れる作用が、前面に出現するまでの間は、ある種のゼロ点を目指す。



 いわば、当の物質の作用に止まることで、この物質の作用が、もはや計測可能な状態を、発現しないゼロ点に到達する。更に先に進むと、この事象全体が消え去るだけでなく、それとは反対の作用が現われ、この反作用が、更に周囲の媒質にまで混入する(影響する)という事態になる。

 従って、常に、媒質のなかに、つまり、薬剤を粉々にし、粉薬その他の、極微細化したホメオパシー的な物質を、混入するような使用法のなかには、当の物質の反作用をも見つけることになる。この媒質は、当の物質とは、別の構成を獲得する。

 丁度、財産から借金を拵える事実へと移行すると、社会生活では、金持ちから負債(借金)者になるように、物質も、その反対の状態に移行して、以前、自ら、内にもっていた性質と反対の状態を周囲に付与するのである。

 すなわち、物質の量を、次第に減らしていくことで、ある物質がある特性を持つなら、その物質は、いわば、その特性のゼロ点に近づき、それとは逆の特性を獲得する。つまり、以前の特性を周囲に放射しながら、付与し、その物質を扱う手段を、適切な方法で促進する特性を獲得できる。

 ただし、この促進とは、当の物質の特質として描写された作用の反作用が、直接引き起こされることにあるが、この反作用の導出を可能にするのはやはり、当の物質に、ある特定の(欠乏のゼロ点)状態をもたらすか、もしくは光の影響下で、例えば蛍光や、燐光を発するような状態にすることで、その後、反作用を生じさせなければならない。



 この物質の律動的な、周期的特性の把握が、本質的に、諸々の作用の認識の為のライトモティーフとでも呼びたいものなのである。物質を希釈していくと、まずゼロ点に達する。このゼロ点の向こうには、反対の作用がある。

 しかし、これで全部ではなく、今度は、ゼロ点の向こうにある道(作用)の内部に、今度は、この反作用にとってのゼロ点であるようなゼロ点に到達する。この点を超えることで、更にもっと高度な作用、確かに、最初の特質の方向性においては、同じ最初の線にあるが、全く、別の性質を持つ、もっと高度な作用に到達できる。

 だから、希釈において、明らかになる諸作用を、ある曲線で記述することは実際、素晴らしいものになるだろう。ただ、この曲線は、独特の手法で構成する必要があることに気づくだろう。

 つまり、最初は希釈度が増す毎に、反作用が増す曲線を形成し、次に、(希釈度を減らしていき)低いが僅かな作用が残るような低い希釈度をやめて、今度は、より高い希釈度が、作用を始める一点、つまり第二のゼロ点に来ると、直角に転回して空間(三次元方向)へと曲線を引く必要があるような幾何曲線を形成しなければならない(この幾何曲線はカオスの鞍点のようなもの。馬の鞍の中心点のことで、前後は凹だが、左右は凸のような曲線で、前後に行って、最低点に達すると、左右に転回し、最高点を誘導する方法)。

 以上のことを、これから更に詳しく述べていくが、この事実は、人間と人間外の全自然との親和性全体と密接に関わっている。





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Last updated  2009年02月16日 21時09分00秒
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