シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年10月02日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 人間の心臓の領域では、血液が絶え間なくエーテル実質に変容しつつあり、類似の過程がマクロコスモスで生起する。ゴルゴタの秘跡に目を向け、キリスト=イエスの傷から血が流れた瞬間に着目すれば、この真実が理解できる。この血を、単なる化学的実体と見なしてはいけない。

 このキリストの血は物質的実質ではなく、ナザレのイエスの性質として述べられて来た全てから、唯一無二の存在と認識すべきである。キリストの傷から、その血が地球に流れ込んだとき、ある実質が地球に伝えられた。その結合は、将来の地球の時代全てにとって可能な限り最大の意義をもつ事件だった。

 その事件はたった一度だけ生じることができた。その後の時代に、この血に何が起こったのか?

 それは人間の心臓においても、それとは形を変えた方法で生じる現象と同じものである。地球進化の経過において、この血は「エーテル化」の過程を経た。人間の血がエーテルとして心臓から流れ上がるように、ゴルゴタの秘跡以来、キリスト=イエスのエーテル化した血は、地球のエーテルに生きてきた。

 地球のエーテル体は、ゴルゴタで流れた血から生じたものによって浸透されてきた。この事実は大変重要なことである。キリスト=イエスを通して生じたことが、もし生じなかったなら、地上の人間の状況は物質世界のなかで下降するしかなかっただろう。ところが、ゴルゴタの秘跡以来、キリストのエーテルの血の活動が、下から上へ、心臓から頭部へと流れる流れと合流する絶え間ない可能性が存在するようになった。

 (シュタイナー曰く、キリスト以前は、道徳が退廃し、人間は絶滅に向かって下降するしかなかったが、キリストが太陽から道徳律を携えて下降したので、人間は再び、道徳へと志向するような可能性が生まれたという。

 ちなみに、キリスト以前は、仏陀が八正道を説き、人間に慈悲心をもたらしたが、釈迦入滅後、末法の世になると予言し、イスラエル民族には、モーセを通じて、十戒が、道徳律としてヤーウエ神より与えられたが、人類は約束を破ったので、キリストを遣わして、キリスト自身が十戒そのものの手本になり、人間に示したということが、聖書等の神秘的解釈で説かれている。

 つまり、キリストの生き方が、人類に対する十戒の新しい契約ということになる。キリストのように生きないと地獄に堕ちますよ!という警告のようである。今風に言えば、「自己責任だよね」ということ。)

 ナザレのイエスのエーテル化した血が、地球のエーテル体に存在しているので、そのエーテルが心臓から脳へ流れ上がるエーテル化した人間の血に寄り添う。その結果、前述した、これらのエーテルの流れが人間において出会うだけでなく、人間の血流は、キリスト=イエスの血流と結合する。



 キリスト=イエスが地上に生きた時、それに先行する出来事は、イエスの先駆者のヨハネのもとを訪れ、福音書に述べられた儀式に従って洗礼を授けられた人たちにより正しく理解された。言い換えると、その人たちは、自分の罪、いわゆる過去世のカルマ、つまり、終焉にむかったカルマが変えられるように、地球進化において最も強力な衝動が、肉体に降りようとしている事実を悟るために洗礼を経験した。

 しかし、人間は進化する。現代(1910年代)においては霊科学に含まれる知識を受け取り、徐々に人智学が理解され、心臓から脳へと流れる潮流に火を点ける必要があるということを理解できるようになることが大切である。もし、点火できるようになれば、20世紀に、始まりをもつ出来事を、個人々が包括的に理解できるようになる。また、パレスチナの肉体的キリストに対するエーテルでのキリストの出現がみえるようになる。

 (シュタイナーは、キリストの復活を、エーテル体での復活としている。だから、キリストは現在も地球上で活動していることがエーテルをみれる霊視器官「チャクラ」を獲得した霊能者にはみえるという。キリストの弟子たちが、キリストの復活を信じたのは、生前のキリストの特徴から、エーテル体のキリストが感じとれたからだという。ヨハネはキリストを霊視できたという。

 ここで述べているように、人間は道徳性を高めると、心臓から脳へと流れる地のエーテルの光線「オーラ」が、脳から心臓へと流れる天のエーテルの光線「オーラ」と融合し、明るい紫、もしくは菫色に輝くという。そのとき、松果腺が開発され、霊視できるようになるらしい。すると、かつて天と地を仲介したキリストが、エーテル体を身に纏った姿でみえるという。

 エーテルは、聖書では、白衣として表現され、古代ギリシア人が着ていたローブのような衣服は、エーテル体を表現したもので、古代ギリシア以前の太古人は実は裸であったようである。明るい紫や菫色のような紫系の色で表現されたローブや法衣が、高貴なものとされたのは、このエーテルオーラの模倣ともいえる。聖書にも、処刑されるイエスが紫色のローブを着せられたとある。)





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Last updated  2009年10月05日 10時51分47秒
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Re:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
忠武飛龍  さん
以前、自分のブログに書きましたが、「空海さんの留身入定後も生きている」とか「身は死して死なない」ということは、絵空事でもないと思いました。

イエス・キリストもそうなのですよね。

再見! (2009年10月03日 08時02分10秒)

Re[1]:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
5dolphin  さん
どうもお久しぶりです。現代孔明こと忠武飛龍さま
>以前、自分のブログに書きましたが、「空海さんの留身入定後も生きている」とか「身は死して死なない」ということは、絵空事でもないと思いました。
>イエス・キリストもそうなのですよね。

シュタイナーはそう言ってますね。エーテル体で生きているとはっきり言っています。

空海の霊格がどの位なのか、わかりかねますが、なんらかの使命が無い限り、エーテル体でいるというのは、困難に思われますから、優秀な霊能者に聞いてみないとわかりません。キリストは父(三位一体の神)の意志に従っているそうです。

空海さんは、優秀な霊能者だったらしく、一流の魔術師でもあったようです。日本にある数々の魔界を封印したようです。

http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/s/%B6%F5%B3%A4

この霊能者のブログにもあるように、

「空海さんが一番伝えたかった本意は、生きる人間が生きたまま「即身成仏」に成れることを伝えたかったと。

これは今、生きている人間が、そのまま生き生きとした黄金色に光り輝きながら生きる、み仏の様な尊い存在で既に有る事を思い出す方法だったとの事です。」

人間は、肉体を与っているだけで、自分のものではありません。人間が地上を志向するにつれ、地球を自分たちのものと勘違いし、偶像崇拝して、土地を征服するにつれ、そのような思考や感覚が身についてしまい、肉体の死をもって消滅するような錯覚が当たり前になったといわれています。 (2009年10月05日 10時46分26秒)

Re[2]:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
5dolphin  さん
現に、肉体を超えて、霊感は拡げられますから、自分を超えて多くの人を愛せるし、助けられるわけです。

自分を超えて、家族や社会、国家、地球と、どれだけ面倒を見て、支え、成長させられるか、それが生きるということです。

その機会を肉体という形で与えてもらっているだけです。換言すれば、死を恐れるのは、自分のことしか考えていない執着心があるということです。

自分を超えて多くの人の世話をし、助ければ、この講義にあるように、徳性が増し、キリストのエーテルと融合し、光り輝くようです。人間は皆、内在心を宿しているようです。道徳性を身につけると、それと呼応し、共鳴し、光り輝くようです。

それを空海さんは、即身成仏で表現されたようです。残念ながら、日本仏教会を見る限り、空海さんの教えは、ほとんど死んでしまったようですが…。 (2009年10月05日 11時49分34秒)

Re[3]:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
忠武飛龍  さん
5dolphinさん
>現に、肉体を超えて、霊感は拡げられますから、自分を超えて多くの人を愛せるし、助けられるわけです。
>
>自分を超えて、家族や社会、国家、地球と、どれだけ面倒を見て、支え、成長させられるか、それが生きるということです。
>
>その機会を肉体という形で与えてもらっているだけです。換言すれば、死を恐れるのは、自分のことしか考えていない執着心があるということです。
>
>自分を超えて多くの人の世話をし、助ければ、この講義にあるように、徳性が増し、キリストのエーテルと融合し、光り輝くようです。人間は皆、内在心を宿しているようです。道徳性を身につけると、それと呼応し、共鳴し、光り輝くようです。
>
>それを空海さんは、即身成仏で表現されたようです。残念ながら、日本仏教会を見る限り、空海さんの教えは、ほとんど死んでしまったようですが…。
-----

日本の仏教会は、明治以降の神仏分離と権力への追従で、形でだけに成っているように思います。
空海の「現在性」は、学者・思想家・庶民まで、なぜにか現在は空海回帰に動いていることから見えるように思います。{梅原猛や南方熊楠とか松岡正剛とか}
仏教者でも、アメリカのキリスト教原理主義者のように「自分の都合のいい、イエスの声しか聞きたくない」と思っている人たちが、どうも多いのでしょうかね。
むしろ、私のような真っ当な信仰の周辺部の人間に、お声が掛かるように思います。

銭や名利と悪魔の声の方が、聞きやすいのからかも。

あと陰陽でいいますと、近代文明は、陰陽が偏った文明と思います。その偏りで、もう一方の声が聞こえない・見えないように、自分を洗脳してしまいます。
唯物論を理解したら、オカルト・神霊・気が理解できないように。

天地神明よりも、銭金や名誉・人間の傲慢を信じていたら、聞こえる声見えるものも、見えないようです。

再見! (2009年10月07日 09時11分20秒)

Re[4]:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
5dolphin  さん
どうも現代孔明こと忠武飛龍さま
>日本の仏教会は、明治以降の神仏分離と権力への追従で、形でだけに成っているように思います。
>空海の「現在性」は、学者・思想家・庶民まで、なぜにか現在は空海回帰に動いていることから見えるように思います。{梅原猛や南方熊楠とか松岡正剛とか}

日本の仏教会では、空海さんはスター的存在でしょうね。著しく曲解されているのは、日蓮さんですね。日蓮さんは、弟子に裏切られたそうです。

>仏教者でも、アメリカのキリスト教原理主義者のように「自分の都合のいい、イエスの声しか聞きたくない」と思っている人たちが、どうも多いのでしょうかね。

日本仏教原理主義と呼ぶべきでしょう。 (2009年10月07日 17時01分13秒)

Re[4]:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
5dolphin  さん
>むしろ、私のような真っ当な信仰の周辺部の人間に、お声が掛かるように思います。

なんの宗派にも属さす、宗教団体にも加入しないのが、真の信仰者ということでしょう。

「独り犀の角のように歩め」と仏陀も言っています。
キリストも、「汝の主なる神を信じろ!」と言っています。つまり自分の良心に従えということです。なんらかの宗教に入るのは、偶像崇拝なのです。

>銭や名利と悪魔の声の方が、聞きやすいのからかも。
そのとおりですね。

>あと陰陽でいいますと、近代文明は、陰陽が偏った文明と思います。その偏りで、もう一方の声が聞こえない・見えないように、自分を洗脳してしまいます。
>唯物論を理解したら、オカルト・神霊・気が理解できないように。

悪魔の声の方が一見、尤もらしく聞こえるものです。単純なフレーズで大声の方が聞こえやすいですが、だからこそ、聞く耳が重要なのでしょう。大声に消された声こそ重要です。マスコミが報道しない声こそ、真相が隠されています。

>天地神明よりも、銭金や名誉・人間の傲慢を信じていたら、聞こえる声見えるものも、見えないようです。

全くその通りです。自分の気持ち次第です。まず自分の心を安定させないと、何も聞こえてきません。 (2009年10月07日 22時34分50秒)

Re:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
もうり さん
管理人さん、
もうりです。

キリストという
人間は、
地球という普遍を
その血で貫き、血は
エーテル化して永遠に生き、
キリストと地球は
一体化した。

人間は心臓から脳へと
血液をエーテル化する。

キリストエーテル血流と
人間の血流の仲介地点が
人間の脳であり、
上からキリストエーテル血流が
脳に降りてきて、
下から人間の血流が
脳へと上昇してくる。

仲介するものは、
脳のキリスト理解。 (2018年08月24日 00時21分31秒)

Re:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
もうり さん
キリスト理解ですが、
十字架は、
上方向が、
神と人との
区別の撤廃、平和。
ヨハネ福音書。
横方向が
人と人との区別の撤廃、平和。
ルカ福音書。
下方向が
人と自然との区別の撤廃、平和。
マルコ福音書。

全体としての十字架が
マタイ福音書だと思います。 (2018年08月24日 09時27分33秒)

Re:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
もうり さん
でもって十字架には
中心があるという
形で、個であることを
守る。
純粋な自我になればいいんです (2018年08月24日 10時16分40秒)

Re:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
もうり さん
十字架とは
なんであるか。
まず垂直線は
霊であり、
水平線は魂と体であり、
垂直線において
自我、アストラル体、
エーテル体、物質体の
霊的部分が垂直に貫いており、
水平に魂的、体的部分が
展開する。

つまり、
十字架とはカバラのことであり、カバラは易の太極の具体的発展例、八卦の見方を変えた場合であった。

また、おそらく、
十字架はカバラとは
言っても愛のカバラである
可能性がある。 (2018年08月28日 15時33分54秒)

Re:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
もうり さん
十字架の線は、
それぞれが
一つになっていると
いうことであり、
平和を示すだろう。

また、アッラーは
生と死さえ平等に見、
従って裁きをも実行する
父の原理だが、
そのアッラーは
平等なる慈愛の側面、
すなわち子なる神を
愛し、またその神に連なる聖霊を
愛するので、
それが信仰があったり
善人や正しい部分がある
人間に対する慈悲として
現れ、
罪の奴隷のような
人間に対する激しい威力となって
現れるんだと思います。

だから、やっぱり
イスラム教は
父の原理に即した
宗教であり
キリスト教は
子なる神の原理に
即した宗教なんだと思いますね。

子なる神は
一方で博愛や慈悲を
行って、
父なる神は
その一方で
勧善懲悪するのかも。

だから、
ヨハネ黙示録は
父の原理による、
父の怒りを示すわけでしょう。 (2018年08月28日 17時36分19秒)

Re:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
もうり さん
自我は善悪
心は共感と反感
命は陽と陰
体は剛と柔

でもって
十字架の意味は
神から鉱物へと連なり、
またそれぞれの領域の
連なり、つまり
一体性という、平和を
強調したシンボルなのかも
しれませんね。 (2018年08月28日 18時11分22秒)

Re:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
もうり さん
また、
金剛界曼荼羅を
見てください。
これは、四元素の
上にシュミセンがあり、
そのシュミセンの上に
館があり、
その館の中に仏が並び、
曼荼羅はそれを上から
見たような図になっています。

そして、キリスト教では、
よく岩の比喩が出てきますが、
教えを守れば岩の上に家を
建てるとは、つまり曼荼羅のこと
なのでは?

また、法界体性智ですが、
これも以前言ったように、
自我アストラル体エーテル体物質体、密教的に言うと地水風火識、
つまり人間そのものや
存在そのものなのだとして、
これらはここでのコメントによって
十字架だとわかったのでした。

つまり、法界体性智って
十字架なのでは?ということです。 (2018年08月28日 22時48分52秒)

Re:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
もうり さん
でもって
生も死も平等に
みなし、裁きを与えることすら
する、アッラーと
全てを平等に愛するキリスト
そして聖霊、
この3つの生き方の
総合とは、
結局、拍子抜けしてしまうが、
結局、博愛平等自由の理念なんですなあ。

平等(アッラー)
博愛(キリスト)
自由(聖霊)

自我が中庸と善悪なら
霊は平等博愛自由

つまり、
だから再び
社会三層構造の
理解を深めていくだけでいい。

門を叩けば開かれる。
探せば、見つかる。

(2018年08月29日 19時06分45秒)

Re:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
もうり さん
で、
日常生活における
平等の実現は
家族や仲間との、
民主主義で、
この民主主義によって
承認されることが、
まず政治領域的に
表現された自由、
ヘーゲル的な自由であり、
目的を生み出して
それを実行するのが
精神領域的な自由。

博愛は日常的には
今度は他人を
目的にした活動であったり
連帯。 (2018年08月29日 20時24分41秒)

Re:シュタイナーの人智学的医術その181(10/02)  
もうり さん
この民主主義は、
集団と個人や
個人と個人との間の
平等を目的に
行われる。 (2018年08月29日 20時30分45秒)

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