シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年10月24日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、ノアの箱舟の高さ、幅、長さの比率のなかに、人体の比率が表現されていることを指摘して終わった。

 これからは、聖書(モーゼ第一書『創世紀』第六章第十五節)に言及されている、この箱舟の意味を理解するために、人間を救出するこの乗り物が人体の寸法のある一定の比率を取る意味を明らかにするだけでなく、ノアの物語に暗示されている実際の出来事が起きた時代へと人類の進化段階を心に提示していく。

 オカルティズム(秘教主義)に関してなんらかの理解に達した人間が、外界に、ある事物をつくりだした時は、必ず人間の魂の育成のために極めて明確な目的と意味が、その事物に関連していた。中世初頭に起こり、西から東ヨーロッパに向けて広がった、全く独自のゴシック建築の教会と大聖堂をみると、ゴシック建築の教会が確固たる顕著な建築様式の理念を持つことがわかる。

 ゴシック建築の理念は、2つの部分からなる独自のアーチが、上方に向かって次第に細くなり、先の尖った一点で結合され、全体的に上方を切望する気分として溢れ、支柱が一定の形態をとることで、そのような雰囲気を、建物全体に満たしていることに現れている。

 このようなゴシック大聖堂が、外的な用途や必要性、或いは装飾や芸術を表現したり、意味したりするような神の家をつくろうという、単なる憧れの類から生まれたものと主張するのは全くナンセンスである。ゴシック様式の基礎になっている事実は、遥かに深いもので、世界に、ゴシック建築物の最初の理念を提示したのは、オカルティズム(秘教学徒)のアデプト(秘儀参入者)だった。

 この人類の偉大な指導者たちは、このような神の家の建築物、建築様式を生じさせることに、特別な意図をもち、ゴシック様式や、ゴシック式大聖堂や教会に、足を踏み入れる人には必ず、極めて顕著な魂の印象が呼び起こされるように創意を施した。

 聳え立つ支柱群を備え、独特のアーチからなる高く湾曲したドームの内空間は、樹木が森に生い育つように、まるで一種の苑に踏み込んだような印象を受ける。こうした神の家に立ち入ることは、魂に対して、例えば普通の家屋やルネサンス式丸屋根やロマネスク様式の丸屋根を備えた建築物の中に入っていく時とは、全く異なった作用を及ぼすようにした。

 このような形態から極めて顕著な作用を生み出すという事実を、勿論、人間は意識せずに、無意識の内で行われるので、自分の魂の中で何が生じているのか、理性的にはっきりと分からないので、その時生じる作用は、その周囲の状況に応じて、非常に変容を遂げる。

 多くの人々は、現代の唯物主義は多くの唯物主義的著作が読まれることに由来すると思っているが、オカルティスト(秘教学徒)は、その影響がそれほどではなく、日頃、眼(視覚)からの影響の方が遥かに重要であることを知っている。



 中世においては、通りを歩くとき、今日とは全く異なった魂への作用があった。道を歩くと、左右のどの玄関(正面)にも、その家を作り上げた人の銘が刻まれ、人々の周囲にある、どの対象物、どの戸錠、鍵、鍵穴の意匠の一つ一つにも、その製作者の魂の刻印があり、一人一人の製作者の自らの感情の体現から作り上げられていた。

 これら一人一人の製作者が、一つ一つに対してどれだけ喜びを感じていたか、その中に自分の魂をどれほど注いでいたかをはっきりと感じとれば、どんな物の中にも、作者の魂の一部が存在し、そのような魂が宿った創作物に囲まれると、通行人にも感動や、共感を呼び起こし、魂の力が活性化された。

 今日の都市と見比べ、今日の街の通りのなかに、魂が宿っているかと問うなら、例えば、靴屋、瀬戸物屋、肉屋、居酒屋等のなかの、ある広告のデザインが、魂にどんな成果を生むかを考えてみると、ゾッとするような、総じて内的な魂の経過とは無縁のものが多く、それら宣伝や広告は外(唯物)的な人間だけに関係するに過ぎないことに気づかされる。

 このようにして唯物主義に傾くように、魂の諸カが強化され、こういった唯物的影響は、唯物主義の教義より遥かに強力に魂に働きかける。このような影響に、現代のあの身の毛のよだつ広告術が加わり、意識下の最も邪悪な魂の諸力を目覚めさせるような、オゾましい不吉な生産物の大海を、多くの人が漂い、まるで彷徨うような幻覚を生じることさえ考えられる。

 現代の漫画や雑誌も同様である。オカルト(秘教学)的な教育術は、視覚が人間の奥深くに影響を及ぼすということに、注意を喚起せずにはいられない。いま述べている事実は、このような現代的な風俗に反対する狂信的な主張ではなく、単なる事実の指摘に過ぎないが、このような堕落し退廃した社会環境、芸術(形式)が、邪悪な方向に導く力の流れを人間の魂の中に注ぎ込み、人間を、ある方向へと導いていく時代を決定する。

 結局、人間がいまどのような形式の世界に生きているかによることで、将来の人間の魂が、どうなるのかを知る必要がある。オカルティスト(秘教学徒)は、どれほど多くのものが、人間の生きる形態の世界に依存しているかを知っている。

 中世の中期にかけて、ライン河沿いに、キリスト教神秘主義と呼ばれる、注目すべき宗教運動が起きた。その運動は、マイスター・エックハルト、タウラー、ゾイゼやロイスブルークらの「坊さん(プファッフェン)」と呼ばれた霊的な指導者たちと密接に関連しながら、起こった。この運動は、人間の感情的な深まりにおける法外な深化と内面化の強化を生み出した。

 というのも、このような説教者が当時は、孤立せずに、信仰篤い聴衆とともに暮らしたからである。12、13世紀には、坊さん[Pfaff]という名称は、今日とは異なり、まだ幾分尊敬の意味合いを集めていた。かつてプラトンは「偉大な坊さん」と呼ばれた。このような偉大な魂から、非常な深化が人から人へと伝わっていったために、ライン河は当時「ヨーロッパの偉大なる坊さん横町」と呼ばれていた。

 この人間的心情の偉大な深化や内面化、そして様々な神的な存在の力との親密で内的な結合を探求していた、敬虔な魂の感情こそが、天に聳えるアーチや、円柱、支柱群を備えたゴシック大聖堂で育てられ、教育されたものだった。ゴシック建築を見ることは、それほど強力に作用した。人間が見るもの、周囲の環境から、魂に注ぎ込まれ、内部で1つの力となり、この力と調和して、人間は、次の受肉に至るまで、自らを形成する。

 人間の進化を背景として、今述べた事実を魂の前に描いてみる。オカルト(秘教学)によると、ある時代の建築様式が、秘儀参入者の偉大な理念から生み出され、その建築様式を世界へと流入させ、建築物が建てられ、当時の人間の魂に作用した。人間の魂は、この建築様式の中に生きる霊力を、自らの内に幾らか受け入れる。

 建築の形式、例えばゴシック様式をみることで、魂に受容された霊力は、魂の気分の中に現れ、至高の存在を見上げるような、情熱的な魂として表現される。ゴシック様式のなかに生きる霊力やゴシック建築の形成力を、自らの内に受容した人間の数世紀後、いわゆる約一千年先の、つまり次の受肉(転生)を追求してみると、その人相や顔つきに、その内的な心情の顕現が示されることがわかる。



 秘儀参入者は、遥かに遠い未来を予見(預言)し、人間がどのようになるべく意図されているのかを見て取れる。そのため、秘儀参入者は、ある特定の時代に、大規模に、外的な建築様式や、外的な芸術形態を生み出すが、このような形で、人間の魂の中に、未来の人類の時代のための萌芽(種子)が蒔かれる。

  秘儀参入者の理念の提示
  →建築物等の形式
  →魂への受容
  →内的な心情の顕現





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Last updated  2009年10月24日 12時28分27秒
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