シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年11月05日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 人間が生きていく中で考えられる重要な二元性とは以下のようなことである。

 以前、人間が今日の地球の住人となる前に経てきた様々な進化状態を考察したが、土星紀と太陽紀では、人間の魂は、外から、自分の肉体を支配し、肉体の一部が崩れ落ちると、新たな部分を再び付与した為、結局、この肉体は、ある種の不死性を保ち、人間は、衰微や消滅、いわゆる死について、何も感じることがなかった。

 当時の人間の意識は、今日の意識とは異なり、ボンヤリとした夢うつつの意識で、この地球紀になってはじめて、人間は自己意識と結びついた意識を獲得すべく、格闘してきた。この地球ではじめて人間は自身について何かを知り、対象から自分を区別できる存在となった。

 そのためには、外から肉体を管理するだけでなく、この肉体の中に入り込み、そこで、自らを知覚し、知覚したことを基に、それに対して「私」と言う必要が生じた。人間が、自らの魂を、肉体にすっぽりと納まっているのを見つけたからこそ、十全な意識を達成する事が出来た。

 人間の魂は、昼、肉体に入り、夜は、肉体から出るように交互に入り込んで、自らの内で「自我」が語りかけるのを感じとる必要があった。人間はその肉体に完全に入り込むことで、完全な意識を獲得できた。ところが、今度は、そのために、人間はこの肉体と運命を共有するようになった。

 地球紀以前、まだ、魂が、肉体の上空を舞っている頃は、そうではなかった(聖書の記述のエデンの園のこと)。人間が、肉体に入り、自我による覚醒意識を獲得したことによりはじめて、死と関係を結ぶようになった。肉体が崩壊する瞬間、運命共同体となった人間は、自我と肉体を同じ存在と見なしたが故に、自我が宙ぶらりんに虚脱し、いわゆる停止するように感じるようになった。

 つまり、 人間は、自我と肉体を同一視したが故に、死を感じるようになった。

 少しずつ霊的な進化を経て、やがて遠い将来、人間は再び太古の不死性を再獲得するだろう。いま肉体は意識して不死性を獲得するための修行場として存在するようになっている。



 秘教学から、この世界は、2という啓示の数に、つまり二元性に担われ、この世界の至るところの生に、二元性を見つけられる。物理学においては、プラスとマイナスの電流、磁気における引力と反発力(NとS)など、全ては二元性の中に現れ、2は現象の数、啓示(開示)の数である。

 従って、この世界における現象の背後において、神的存在が支配し、働くことなしには、いかなる啓示も存在しない。だから、この世界のいかなる二元性の背後にも一元性というべき統一性が隠されている。

それゆえに、「3」という数字は、2と1、つまり「啓示」と啓示を行う「神的存在」に他ならない。

 1は神の一元性の数字だが、3もまた、自らを啓示する神的存在の数字である。秘教学では、「2は神性を表す数字に決してなり得ない」、という原則がある。1は神の数字だが、3もまた神的存在を表す数字である。というのも、神的存在が自らを開示するとき、それは2において顕現し、その背後に1があるからである。

 世界を二元性として見る人は、この世界を、その啓示(顕現)において見ているのであって、外的な諸現象には、二元性が存在すると主張するのは正しいが、この二元性が全てであると主張するのは間違いである。それを、次の例から明らかにする。

 (つまり、例えば、実験によって、自然現象を再現した場合、その実験結果のみから、自然現象の正当性を主張し、実際に、実験を実施した知的な存在の実験者自体の存在を度外視することを意味する。

 よく自然現象は実験により再現できると科学者はいうが、では、自然現象のなかで、実験者に相当する存在は何かと問えば、自然法則と言うしかなくなる。では、その自然法則自身は何かといえば、神的存在自身に他ならないと秘教学は説くのである。)

 「2という数は単なる顕現(啓示)の数であり、完全な充溢性の数ではない」という秘教学の原則はよく犯されている。「あらゆる発展(成長)は、退化[収縮、融合]と進化[解放、分離]の中で生じる」と、その本質をよく知りもしない人たちが、言うのを耳にするが、この真の意味は、秘教学の原則にある。

 では、進化と退化の本質とは、どういう意味なのか?をみていく。

 植物を例にとる。根、葉、茎、花、実、つまり植物が持つ全ての部分を備え、それらが完全に成長した植物をイメージし、このイメージを、1つの完全に成長した植物体系の進化の全体図とみなす。次に、植物が再び生えてくる小さな種子を観察すると、この小さな種子の粒の中には、ある意味、既に植物の全体像が含まれていることがわかる。



 だから秘教学では、この二つの過程、つまり、1つは、種子が(植物像)を解放(分離)していき、植物全体へと「進化」する過程と、もう一方は、成長しきった植物が収縮(融合)し、その形態を、種子の中に退化させる過程とに区別できる。

 従って、沢山の器官を持つ存在が、これらの器官のどれもが、もはや見えなくなるような、小さな存在に収縮(融合)するように、自らを変容し、形成するなら、この過程は、退化と呼び、逆に、小さな存在から自己を、解放(分離)する過程は、進化と呼ぶ。

 生命においては、至る所に、この退化と進化の二元性が交替し、常に啓示として現象界内のみに生じるが、この啓示は植物のみならず、より高次の生命の領域においても、事情は変わらず、探求できる。

 2は、背後に神の1を有し、もって3となし、それは三位一体として、以下のように表現できる。

 3という数字の意味(進化、退化)を司る存在。



 具体的には、f(x)=2x(0≦x≦0.5) f(x)=2-2x(0.5<x≦1)で、これを非線形化、つまり丸み「曲線」をもたせ一般化したのが「生き物の公式」といわれるもので具体的に省略して書くと、f(x)=x*(1-x)

 このような変換式をまとめて、ロジスティック写像と呼んでいる。手前味噌のことながら、かつてこのロジスティック写像を用いて、免疫細胞のT細胞をシュミレーションして「ちなみに、B細胞についてはイエルネという人が既に抗体免疫ネットワークとして発表」、アポトーシスという細胞死をニューラルネットワークで解析しようと目論んだが、数値計算が非常に複雑なので挫折したが、これまでやられたシュミから類推して、自己免疫疾患と、腫瘍疾患に大別できることは大まかに確認できる。

 このアポトーシスという細胞死は、別名、プログラム細胞死と呼ばれ、予め命令を受けたような細胞死なので、通常の不慮の細胞死のネクローシスとは区別されている。このアポトーシスをネットワークで表現することで、恐らく、エーテル体の活動が炙り出されるように思われる。

 この「アポトーシス」という名も、発見者が、ヒポクラテスの命名「Apop」にちなんでつけたが、これらの現象を、古代の医術は既に熟知していたように思えるので、古代の学術を解き明かし、蘇らせる研究に、いまは路線変更したわけなのである。

 だから、「生き物の公式」は、進化と退化を司る、神の三位一体の創造公式ともいえるかもしれない。

 ロジスティック写像は以下を参考に、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E5%BC%8F

 また教科書的な解析については以下を参照に「懐かしいMathematicaでシュミしてます。対抗してPhilosophicaでもつくろうかな? いいや、Occulticaじゃ~」
http://www.qmss.jp/qmss/text/simulation/logistic-map/mathematica/mathematica.htm )





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009年11月05日 16時59分18秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: