シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年12月10日
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カテゴリ: 神秘体験空間
第4講



 (単純にいえば、「思いやり」をもて、ということか?)

 というのも、熟考すれば、現代(の意識)だけが、この連続講義でも継続し述べてきた理由から、人間は、自らを、自分以外の他の世界から、切り離された個別の存在と感じるように性格づけているからである。

 過去全ての時代、そして将来全ての時代において、次のような事実は、はっきりと強調すべきことだが、 「人間は自らを全宇宙の一部、つまり全宇宙に組み込まれた存在」 として感じてきたし、やがて、感じるようになるだろう。

 (シュタイナーは、人間は進化すると、蜂の巣のような群魂になるといっている。キリストが述べた愛の巣、つまりエルサレム「エルシャローム」、神の都のことだという。)

 何度も述べてきたように、人間の一本の指は、それ自体で完結した存在ではなく、人間に所属するように、また他方、指が人間から切り離されれば、もはや指ではなく崩壊し、全く別の存在となり、生体組織とは別の法則に従うのと同様に、人間は、地上生という形であれ、死と新たな転生の間の(天上)生という形であれ、何らかの形で、全宇宙と関り合っている存在にすぎない。

 このような意識は、過去の時代には存在し、これからまた存在するようになるだろう。この意識が曇り、暗くなっているのは、今日の時代だけで、なぜなら、これから述べることだが、人間が自由の体験を、完全に自らのなかに育成できるように、この意識が曇り、暗くなることが人間には必要だったからである。

 そして時代を遡れば遡るほど、益々、いかに人間が、自分は宇宙の一部であるという意識を持っていたか、がわかる。



 さらに、第3講で、注目した事実は、この同じ人間たちが、その後アリストテレスとアレクサンダーとして、世界史の進化のなかに転生した、ということだった。

 しかし、描出した2人の人物たちに生じた出来事の時代では、地球進化の全般の歩みが、どのようなものであったかを、完全に理解できるためには、このような魂たちが、前後の3つの文化期において、自らのうちに受け入れた意識を、更に厳密に見通す必要がある。

 ギルガメッシュと名づけられた人物が、西への道を辿り、古代アトランティス後の、ある西方のイニシエーション(秘儀参入)に、なんとか参入することに注目した。さて今度は、更に後の意識を理解するために、後のイニシエーション(秘儀参入)がどのようなものだったか、を霊視する。

 勿論、古代アトランティスのイニシエーション(秘儀参入)の余韻が長い間残っていた土地に、エフェソスの秘儀の後のイニシエーション(秘儀参入)を探す必要がある。ドルナハの人智学徒には既に述べたが、ヒベルニアの秘儀がそれに相当する。

 しかし、ここで考察することを、完全に理解できるためには、以前述べた事実を幾つか繰り返す必要がある。

 アイルランドの秘儀であるヒベルニアの秘儀は、長い間存続してきた。それはキリスト教成立の時代にもなお続き、古代アトランティス民族の叡智の教えを、ある面から最も忠実に保存してきた秘儀である。

 さて、まずは、これから、古代アトランティス後の時代に、アイルランドの秘儀に参入を許された秘儀参入者の体験に関する1つの像(イメージ)を取り上げる。

 この秘儀参入を受けることになった弟子は、当時、厳しい準備が課せられた。古代では、そもそも秘儀参入への準備には途方もない過酷さがつきものだった。その弟子は、実際、内(精神)的な魂の状態を、まるごとそっくり創りかえる必要があった。

 ヒベルニアの秘儀では第一に、人間を取り巻く周囲のなかの虚偽、感覚による知覚に則って、自分の存在の拠り所とする全ての事物のなかの虚偽に対して、強い内的な体験をしながら注意を向ける、という準備が課せられた。

 そして、第2に、本当の真実を希求するときに立ち塞がる困難と障害全てに注意を向けさせられた。感覚世界において、人間を取り巻く全ては、根本的に幻影で、感覚は幻影を与え、真実は感覚の背後に隠れている。つまり真の実在は、本質的に、感覚による知覚を通じては、到達できない事実に気づかされた。

 人智学に長く親しめば、その事実は既に充分に確信しているというかもしれない。けれども、感覚的な外界の幻影的性格について、そもそも現在の(覚醒)意識のなかで人間が持ち得る知識などは、当時のヒベルニアの秘儀参入のために準備を課された弟子たちが経験した内的な震撼や悲劇に比べれば、無に等しい。



 弟子たちは、最初は、いわば絶望の念から内的、魂的な幻影に満足する、という準備が課せられた。この幻影の本性は、あまりに強圧的で圧倒的なので、幻影を越えてゆくことなどできない、という絶望に満ちた気分のなかに沈潜した。

 そして弟子たちのなかに繰り返し、次のような気分が起こった。

「これから、人間は幻影の最中に埋没し続けなければならない。これから、人間は足下の基盤を失わざるを得なくなる。なぜなら、幻影に確実な足場を求めることができないからである。」

 古代の秘儀参入に対する準備の過酷さに関しては、今日の現代人は、根本的に、ほとんど想像つかないだろう。内的な進化を真に促す存在の前では、人間は怯まざるを得ない。

 弟子たちにとって、存在の幻影的な性格に関する絶望的な気分と同様に、真理を求める努力に対しても事情は同じだった。そして、人間が真理に至ろうとする努力を、情緒のなかで、打ち負かす暗い感覚や、感情のなかで、妨害する感覚や、明澄な認識の光を曇らす感覚全てを知った。



「真理のなかに生きることができないのなら、錯誤のなか、虚偽のなかで生きざるを得ない!」

 つまり、これは、人生のある時期に、自らの存在や、真理に対する絶望に至るなら、その人間の人間性が、自身から分離される、ということを意味する。

 上記の準備全ては、要するに、人間が、到達すべき目標と正反対の境地の体験を通じて、この目標に深い人間的感情を抱くために必要だった。なぜなら、錯誤や幻影と共に生きる、という状態が、どういう状態なのか、の理解に到達できない人間は、存在や真実を尊重する、という状態も理解できないからである。

 (何が悪かということを知らなければ、善も知ることができないのと同じなのだろう。)

 ヒベルニアの秘儀の入門者(弟子)たちは、真実や存在を尊重するという境地を学ばねばならなかった。





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Last updated  2010年12月16日 09時21分14秒
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