シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年12月13日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 霊視により、当時のヒベルニアの秘儀の実際の様子を、具象的に描写するが、弟子たちが、ヒベルニアの秘儀参入の準備段階に到達し、いわば、その最終的状態の正反対(対極)に到達すると、弟子たちは、一種の聖域へと導かれた。

 聖域には、途方もなく強大な暗示力を持つ、2つの立像があった。巨大な立像の1つは、中身が空洞で、空洞を囲む外側の面、つまり、この立像をつくる表面は極めて弾力がある素材で、指でどこを押しても、この像を内へと押すことができたが、押すのを止めた瞬間、形は元通りになった。

 立像全体は、頭部を主として形成され、この像を正面にした人間は、頭部から巨大な体躯の他の部分へと力が放射しているように感じた。というのも、空洞の内部は見えず、知覚もできず、押してみて、はじめて内側の空洞に気づくからである。

 この立像からは、頭部以外の体躯全体が、頭部の力により放射され、頭部が全てを為している、と感じられた。

 詩情に乏しく無味乾燥な生を送っている今日の現代人が、この立像の前に連れて行かれても、抽象的描像以外の何かを感じる等はほとんどないだろう。なぜなら、人間の魂の内部全体の、いわゆる精神(霊)や魂、そして血や神経で、幻影や錯誤の力を体験してはじめて、このような巨大な姿から、暗示的な猛威を体験できるからである。

 この立像は、男性の特徴を持っていた。この立像の傍らに、女性的特徴を持つもう1つ(2つ目)の像が立っていた。こちらは空洞ではなかった。この(2つ目の)立像は、弾力的ではないが、可塑的な素材から造られていた。この立像を指で押すと(弟子たちは、立像を指で押すように促された)、形は壊れ、立像の体には穴が開いた。

 (この話から、金剛力士像が思い浮かぶ。)

金剛力士
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%89%9B%E5%8A%9B%E5%A3%AB



 弟子は、立像が無傷の状態に戻されてから、再度、立像の前に連れ戻された。このように弟子が成し遂げた全ての準備を通して(いまは、事態を概略的に描写できるだけだが)、弟子は、女性的特徴を備えた立像の前で、霊、魂、体による全人間性において、ある内的体験を得た。

 この内的体験は、既に以前から準備されてきたものだが、立像の暗示的な作用により極めて完全な形で起こった。弟子は自らのうちに、内(魂)的な硬直感、つまり、内(精神)的に凍りつき、硬直する感情を覚えた。

 そして、この硬直感は弟子のなかに、自分の魂がイマジネーション(霊視力)で満たされるという作用を及ぼし(心眼を獲得し)、そのイマジネーション(霊視)から、地球の冬の像、すなわち地球の冬を啓示する像を獲得した。つまり、弟子は内側の霊のなかに、冬の霊的存在を観るように導かれた。

 1つ目の立像の男性的な立像の場合、弟子は、通常全身のなかにある生命全てが、血液のなかに流れ込むような、つまり血液が、力に浸透されて皮膚を圧迫するときのように感じた。

 (金剛力士像では、「阿形」が男性像で、「阿吽『あうん』」の呼吸の「阿形」というのだから、人間が「あ」という言葉を出すとき、例えば、暑いときなどに「あぁ、暑い!」というように、皮膚表面に血流を押し出し、身体を冷却するときの魂「精神」の働きをイメージでき、「吽形」が女性像で、人間が「う」という言葉を発するときなどの、例えば、寒いときに「うぅ、寒い!」というように、身体内部に血流を戻し、身体を温めるときの魂「精神」の働きをイメージできる。

 つまり、金剛力士像は、人間の魂の働き、心の働きを表現したのだろう。

 残る、阿吽の「あうん」の「ん」の像は中性で、「阿形」と「吽形」を統合した「執金剛神」の像なのだろう。人間が踏ん張るときに、思わず「んっ!」という言葉を発するのは、魂の「中和」の働きからくる。仏像は、人間の魂の働き、つまり、感情等を表現したものなのだろう。)

執金剛神
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%B7%E9%87%91%E5%89%9B%E7%A5%9E

 弟子は、2つ目の立像の前では、凍り付いた骸骨になるように感じたが、1つ目の立像の前では、自分の内の全生命が暑熱を帯びて崩壊し、自分が張りつめた皮膚のなかに生きるように感じた。そして、表面を圧迫された立像と融合する全体人間の体験は、弟子を、次のような洞察へと導いた。

「お前は感じ体験する。宇宙で、特に太陽だけがお前に作用するときに、お前がなる状態を体験する。」



二十四節気
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%9B%9B%E7%AF%80%E6%B0%97

 実際、1つ目の立像、つまり太陽の像が暗示する作用に影響を過度にうけない状態に身を置くこともできるようになった。このように弟子は、宇宙に慣れ親しむことを学んだ。

 弟子が2つ目の立像、つまり月の像が暗示する作用を感受したとき、つまり内的に硬化し、凍りついた冬の風景を体験したとき(太陽の立像の場合、夏の風景を、まるで自身から生み出したように霊「精神」のなかに体験したが)、もし月の作用だけしかなかったら、人間はどのようになったか、という経験を感じた。

 さて、現代において、現代人は、宇宙(自然界)について何を知っているか?



チコリ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%BC

 万有宇宙の秘密に通じるようになりたいなら、全身全霊で集中的に感覚器官にならないといけない。そのため、太陽像の暗示する作用を通じて、弟子は、自らの血液の循環全てに集中させられた。太陽像が暗示する作用を自らのなかで体験することで、自らのなかに、太陽(の力)が存在している事実を知るようになった。

 更に、女性的な月の立像が暗示する作用を体験することで、自らのなかに、月(の力)が存在している事実も知るようになった。

 それから、更に、様々な内(精神)的体験から、今日の人間が眼で得た体験から、自らのなかに、薔薇がどのように作用するか、また、耳で得た体験から、自らに嬰ト音がどう作用するか等を知り、自らの太陽や月が、それらを通じて、どのように作用するかを、知るようになった。

 (女性の生理が月の周期に沿うのは、月の力が生体にある証である。ちなみに、シュタイナーは、地球の潮の満ち引きは、月の引力ではなく、地球のなかにある月の力であると述べている。

 かつて、月は地球と一体だったので、そのときの名残であり、現在の月とは直接関係ないと述べている。月が分離した跡を、現代科学は、巨大隕石の衝突痕としているが、隕石の衝突ではなく、月が分離したせいで、地球の環境が変わったという。

 勿論、当時、恐竜は存在したが、現代人が考えているような鉱物のような硬い構造の恐竜ではなく、地球の空、つまり大気は、何層にも分かれた液体であり、恐竜はそのなかをクラゲのように泳ぎ、鳥のように飛んでいたという。

 ちなみに、シュタイナーは、恐竜の絶滅は、恐竜自身の進化の限界に遭遇したようなことを述べている。簡単にいうと、当時の恐竜は、上層のいまでいう稲妻や火のような存在を食糧としていたが、食べれば食べるほど毒を抱えるようになったという。その毒を克服できず、やがて地球の環境がかわり死滅したという。

 このような過去のイメージから、龍伝説が生まれたようである。現代人が、空をみて、龍をイメージするのは、過去の体験が、魂のなかに残っているせいかもしれない。)

 このように、ヒベルニアの秘儀参入の弟子たちは、古代アトランティス後の時代においてもなお、人間が宇宙に組み込まれている事実を体験していた。この体験は、当時の古代人にとっては直接的な経験だった。





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Last updated  2010年12月16日 16時57分10秒
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