シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年01月20日
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カテゴリ: 神秘体験空間


 「シュタイナーの預言」
 月紀の月の分離から、地球紀最後に予定されている月の融合まで(後半)


 前半で述べた状況にある現在、人類は、全体として、本質的にどのような態度をとっているのか?

 宇宙から地上に降り、勿論、徐々にゆっくりとだが、姿を現してきている超地上的な存在たちに対して、人類は実に霊的にガサツな態度で、その存在を無視している。

 (UFOやUMA問題に置き換えている場合もあるし、擬似宇宙船をつくって情報を操作し、世界統合を企てる悪人もいる。その背後には勿論、悪魔の存在がある。)

 従って、地球は益々悲劇的な状態に陥らざるを得ない。これから数世紀の間、地球人にとって、言葉に耳を傾けるべき霊的な存在たちが益々人類の間に姿を現わすようになるだろう。

 超地上的な存在の福音に由来する人智学の内容の理解に努めるときにだけ、その存在を理解できる。

 超地上的な存在が、人間に与えようとしている福音を、学問として正しく扱い、その学問が地上生活の社会的行為に置き換えられるようになることを望むべきである。

 19世紀の7、80年代以後、宇宙から霊的存在たちが本当に地上に降りてきている。はじめは月と水星の中間領域に居住する存在たちだった。その中間領域に居住する存在たちは、既に大挙して地上に降りてきている。

 人間が、宇宙の霊的存在たちへの思いに充たされることで、地上に地歩を占めようとしている。だからこそ、現代人の影のような知性を、人智学のイメージで賦活すべきである。

 抽象的に言えば上記のようになるが、具体的に言えば、霊的存在たちが地上の生活の中へ降りてきて、人間に受容されようとしているが、もし、人間の態度が、この事実に対立し続けるなら、地上には不安や動揺が続き、最後には地上が社会的な混乱状態に陥るだろう。



 もし、人間が鉱物界の理解だけで満足し、植物や動物、人間のなかの鉱物(物質)を考察するだけで得られるオートマティック(無機質)で、没生命的な思考内容をいくら扱っても、今日ではまだ比較的、無害であるかのように見えるが、もし、人間が、このような思考をもち続け、八千年紀の月の帰還にまで至ったら、一体どうなるのか?

 しかし一方では、ヴルカン(ウルカヌス)星の霊的存在たち、ヴルカン星の超人たち、金星や水星や太陽の超人たちが次第に地上に降りてきて、地球での生活を共にするようになる。しかし、人間が、対立し続けるなら、地上生活は、次の数千年間にカオス状態に陥るだろう。

 地上の人間は知性を益々オートマティック(無機質)に発達させ、残酷さにおいても知的になっていくだろう。そして地上で人間に奉仕しようとしている霊的存在たちと、何の関係ももたなくなるだろう。

 (文面からは判断できないが、私的には、高次の霊的存在たちは、人間としては転生していないように思える。高次の存在が転生するには、受肉するためのイエスのような聖杯が必要である。端的にいえば、ソフトを生かせるだけのハードが必要になる。)

 そして、そのような現実に関わりをもたない、影のような人間の思考内容が、月と地球との合体に際して、一挙に現実のものとなるだろう。

 地球から一群の恐ろしい存在たちが出現するだろう。その恐ろしい存在は、鉱物界と植物界の中間に位置するロボット的な存在だが、並はずれた知性の持ち主である。

 地上を跋扈する、その恐ろしい存在の活動によって、地球は巨大な叡智を備えた恐るべき蜘蛛たちの張り巡らす巣によって覆われてしまうだろう。

 この蜘蛛たちの身体組織は、植物にも達していないが、互いに絡み合って、人間の影のような知性の考え出した全てを模倣する。

 (どうやら、想像するに、インターネットの進化版のようである。)

 地球は現在空気の層に覆われているが、その時には、イナゴの大群に覆われるだろう。そのように、いつか、地球は恐ろしい鉱物的=植物的な蜘蛛たち、非常に知的で、互いに絡み合う非常な悪意をもった蜘蛛たちに覆われる。

 (映画「マトリックス」を彷彿とさせる。シュタイナーは1920年に述べているので、80年も先取りしている。)



 (携帯電話を手放せなくなった人間は、この蜘蛛たち「ネット」と精神的に合体していることになる。)

 以上の事柄を、色彩の講義と同じように、真剣に受けとるべきである。以前述べたように、色彩の認識を、抽象的な物理学ではなく、色彩の本質を理解している芸術家のファンタジーや感性が、人智学的世界の直観と結びつく領域から取り出さなければならない。

 なぜなら人間の周囲の自然は芸術的に創造されているからである。そして、この事実が理解できぬ限り、人間の世界観に救いはない。

 時折、現代人の心の中に、未来に生じる事柄に関する予感が現れることがある。

 ニーチェが『ツァラトゥストラ』の中で描いた、死の谷の最も醜い人間のことを、読者がどんな気持ちで読んできたかは、知らないが、実に印象深い、悲劇的な文章である。

ツァラトゥストラはこう語った
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%A5%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%81%AF%E3%81%93%E3%81%86%E8%AA%9E%E3%81%A3%E3%81%9F

 勿論、ニーチェは、蜘蛛の大群が地球を覆うとき、地球が、そのような死の谷に変じることなどは考えていなかっただろう。

 しかし死の谷に関するファンタジーが、ニーチェの心の中に生じたとき、その心の中に、そのような未来像が生きていたことは確かである。そして、ニーチェは、この死の谷の中へ最も醜い人間を置いてみせた。

 そのニーチェのイメージは、影のような知性を追い続ける人間が、地球に落下する月によって取り込まれ、最も醜い姿をとって蜘蛛の大群の仲間入りを果たし、遂には蜘蛛と合体するに至ることの予感だった。

 (人類は将来、インターネットに知性を明け渡し、インターネットと生活を共にせざるをえなくなる位、醜い存在に堕ちるのかもしれない。携帯を手放せない子供が生まれているように、表面的にはまるで深刻にはみえないが、本質的には深刻な問題である。

 最近の若者をみると、自分で問題を解決するという態度に欠け、すぐに何かに依存し、すぐに解決法を尋ねるという姿勢に驚かされる。麻薬問題などは、その最たる性質のものである。ゲーム脳なども、この類なのだろう。

 神秘学では、月には、悪魔が住むとされ、そのような悪魔が、地球にやってくる前に、ウルカヌス星に住む高次の存在が、いわばワクチンのように、人類の善への免疫強化のためにやってきていると、シュタイナーは述べたいのだろう。

 月に住む連中は、かつての地球で、人類を統治した存在であるが、あまりに利己的なので、神々が、地球から、月を分離することで、人類を保護した。この存在たちはルシファーと呼ばれている。

 人類が独自で充分に善に目覚めた段階で、月を再び地球に融合することが計画されているようだが、そのとき、悪につく人間と善につく人間に分かれることが、ヨハネの黙示録に語られていることである。

 現代的な感性からすれば、トンデモなSF話と思われるだろう。)





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Last updated  2011年02月12日 13時01分57秒
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