シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年04月12日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 古代インド人の崇高な詩であるバガヴァッド・ギーターは(既に以前述べたように)フンボルトのような人物たちに、「人類の最重要な哲学的詩篇」と呼ばれた。崇高なギーターに参入できる人は、このような命名に賛同するだろう。

 この連続講義にあたっては、更に、ギーターの高度に芸術的な美点についても指摘できる。けれども、差し当たり、その根底にある叡智や力強い思考や、この詩篇を育てた力強い宇宙的認識を讃え広めるために、この詩篇は生み出されたが、この宇宙的認識に注目することで、この詩篇の意義が、眼前に現れてくるようになるべきである。

 ギーターの認識の基礎となっている叡智に着目することが特に重要なのは、実際、この詩の本質、特に思考内容や認識内容に関する全てが、前仏教的段階の認識を伝えるからである。

 すなわち、次のような結論に到達する。

 偉大なブッダを取り巻き、ブッダを育てた霊的な地平線の特性が、ギーターの内容を通して示される。つまり、ギーターの内容を魂に作用させるとき、前仏教的な時代の古代インド文化の霊的形成を霊視できる。

 ギーターの思考内容は3つの精神(霊)的潮流の合流であり、生命的で、生きた存在として、ヴェーダ、サーンキヤ、ヨーガの3つの精神的潮流を互いに融合しただけでなく、まるで生きているかのように、互いを織り込み、従って、これら3つの精神的潮流は、ギーターから、全体として現れてくる。

 1つの全体として、太古のインドの思考や認識の霊的な流出として現れてくる叡智は、偉大な素晴らしい叡智であり、巨大な霊的な叡智の総和で、まだ人智学(霊学)にアプローチできない現代人は、このような叡智や認識の深みに対する、何らかの観点を獲得する可能性がないので、疑いの目を向けるしかない。

 というのも、通常の現代的手段では、いま述べているギーターの叡智の深みのなかには参入できないからである。せいぜい、かつて人類が夢見た美しい夢とみなすことができるだけである。単なる現代的な見地から、この夢を賛美できるかもしれないが、この夢にとりたてて認識の価値が置かれることはない。

 人智学を自らの魂に取り入れたなら、ギーターの深みを前に驚き、次のような結論に至るだろう。

「人間の精神(霊)が、霊的な認識方法を徐々に制覇していくことで、再度、獲得できる認識に、太古の時代の人間は浸透されていた。」

 以上の如く、過ぎ去った時代に、現に存在した太古の洞察力への賛嘆の念が生じる。この洞察力を、宇宙の内容から再発見でき、その真実を確認できるが故に、賛美できる。この太古の洞察力を再発見し、その真実を認識しながら、驚嘆するだろう。

「いやはや驚くべきことだ! 太古の時代に、人間がこれほどの霊の高みに飛躍できたとは!」

 さて、太古の時代では、人類は特にまだ霊視の名残が魂のなかに生きていたことにより、洞察力という恩恵を受けていた。しかも特別な修行により達成された霊的な秘儀参入者だけが、霊界へと通じていたのではなく、古い霊視の名残が、理念や認識の形で生み出した太古の科学というべき知性に一般人もある種の形で浸透されていた。

 現代人は、今日、伝えられる内容の正しさを知るには、古代人とは全く別の理由が必要である。太古の時代では、人間の本質に関わる精緻な分別が、別の手段で獲得されたことを理解する必要がある。古代の人間は、知り得る内容から、直接、精緻で、明確な概念を取り出した。

 古代の叡智は、霊的な事実に対しても、外的な感覚的事実に対しても、明確で正確に適用できる概念である。

 以上のように、場合によっては、今日の現代人の、太古とは明らかに変化した認識に対して用いられる表現を変化させるだけで、太古の時代の認識も理解できる可能性が生じる。

 人智学的な叡智の営みにおいて、次のような事実を示そうと試みてきた。すなわち、現代の霊視的な認識でも、霊人(アートマン)という領域に到達できる霊能力を獲得できる方法を、人智学は示してきた。

 初期の人智学の告知においては、秘教学から直接取り出した方法を用いて参入することは稀で、特に東洋では、ギーターの時代から、今日までの長い伝統を経て伝えられてきた、通常用いられる名称や概念や雰囲気を用いる方法が採用されてきた。

 従って、人智学の初期の形に、現代の秘教学的な研究を付け加える必要があるが、この古い初期の形の伝統として守られてきた古い概念、特にサーンキヤ哲学が用いられていた。ただ、東洋でさえ、このサーンキヤ哲学が次第に別種の東洋思想によって変形されていったように、人智学の初期の告知においても、人間の本質に関する等他の秘密について語られた。

 そのような秘密に関する事実は、特にヴェーダの叡智や他の古代インドの叡智として、8世紀における偉大な改革者、シャンカラチャリヤ(1)により用いられた表現で叙述された。




シャンカラチャリヤ
http://www.kitaokataiten.com/cyberbook/shankara.htm

 人智学運動の初期において、どのような表現が選ばれたかについてはかまわず、ギーターの叡智や認識の基礎を得るために、いまはむしろ太古のインドの叡智の宝とは何か、ということに注目してみる。すると、いわば、古代の科学を通じて、特にサーンキヤ哲学を通じて獲得される叡智に現れてくる。

 サーンキヤ哲学が人間の本性と性質をどのように観ていたかについて、最も理解できるのは、第一に次のような事実に注目する場合である。

 すなわち、人間の全存在の根底には霊的な核心がある、という事実である。この核心を次のように述べて、魂の前に導き出した、

「人間の魂のなかに眠っている力がある。未来の人類の進化に伴って益々はっきりと現れてくる力がある。」

 最高の力として第一に仰ぎ見られ、人間の魂を導いていく最高の霊的な核心は、「霊人(アートマン)」と名づけられる存在である。人間が、いつか「霊人(アートマン)」の段階まで上昇したときも、人間は自分のなかに魂として生きる核心を、「霊人(アートマン)」から常に区別できる。



 上記の後者の体を、いわば「覆い」とみなし、人智学徒が今日の人類の発展段階において、感受魂、悟性もしくは心情魂、意識魂と3つに大別し、区別しているように、魂と、「覆い」とを区別できる。

 本質的な魂は、将来、その発展段階において、現在の感受魂、悟性魂、意識魂に対応する相応しい区分が与えられるだろうが、現在の魂と、人智学徒の言葉で「霊人(アートマン)」と呼べる段階に達した場合の「覆い」との性質を区別できる。

 将来のいわば人間の霊-魂的核心を包む「覆い」、つまり「霊人(アートマン)」は、確かに将来、人間にとって有意義な存在となるだろう。広大な宇宙においては、ある存在が目指し進化していく到達段階は、常にその存在と共にある。

 人類が、いつの日か、自らを包むことになる「霊人(アートマン)」の実質は、いわば大いなる宇宙のなかに常在し、現に今も存在する。人類より上位の他の存在たちは、いつか人類が形成する「霊人(アートマン)」という「覆い」を今日既にもっている。

 宇宙には、人類にとっていつか「霊人(アートマン)」が生じてくる実質が現に存在する。





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Last updated  2011年04月13日 09時09分19秒
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