シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年09月28日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 人間は、悪魔の誘惑に屈し、人間の自我はアストラル体の中に飛び込んだが、ルシファーの力を接種したために溺れることはなかった。人間が受け取ったルシファーの力こそ、自我のアストラル体に対する卓越性だった。それは過剰な利己主義であり、人間の中のルシファー的な要素である。

 しかし、そのルシファーの力は実際どのような性質のもので、人生のなかでは、どのように現れるのか?

 さしあたり、その力は、第1に、思考に、第2に、感情に、そして第3に、意志に現れ、それらを巻き込み、混同させる。第1の思考では、もしルシファーがいなければ、人間は、自分の内に知性をもち、知的な思考を所有する、というような愚かな利己主義に遭遇しなかった。

 もし、ルシファーの影響を蒙らなかったら、思考は、外にあり、思考とは、眺めるものである、という真実を理解していただろう。

 (客観視するということだろう。)

 人間は、常に熟考し、思考が与えられるのを、そして、その思考の目的と意義が明らかにされるのを辛抱強く待っていたはずである。このようなことを、例えば著書「自由の哲学」の中では、前面にうちだした。本来なら、人間は、あらゆる思考を自分に結びつけて、自分のなかで、評価や意見を形成すべきである、などという考えを決して持つことはなかった。

 神々の啓示とは無関係に、人間自身のなかで、評価を形成するなどは、人間のなかのルシファー的な性質に基づいている。そして、人間の知性全体を、自分の本性と見なす限り、間違いとなる。

 「自分は知性を持つべきだ」と、人間に思いこませたのは、ルシファーの誘惑以外にはない。従って、この種のズレを通じて生じた知性を、現実(事実)を理解するための基準になどできない、ということが理解できる。

 カールスルーエで行った連続講義の中で、知性に立脚する人に対して、次のような発言は全く理に適っていることを述べた。



 以上のように19世紀の人間は発言する。19世紀の自由主義的な学校の神学者までもが発言する。しかし、ゴルゴダの秘蹟のような行為(この行為は、ルシファーの影響を蒙らず、全くルシファーの領域外にあり、ルシファーを征服する目的のために物質界に与えられたが)を、ルシファーに派生する知性などで把握できるわけがない。

 ゴルゴダの秘蹟のような事柄は、人間の知性では決して把握できない、ということ以上に明らかなことはない。何故なら、人間の知性はルシファーの賜であり、ルシファーの働きに無関係なものは理解できるようになっていないからである。

 以上の事柄の背後に、深い関連が横たわっているのがわかる。もし、ゴルゴダの秘蹟が人間の知性によって、理解可能なら、そもそも、ゴルゴダの秘蹟が起こる必要はなかった。ゴルゴダの秘蹟は、全く不必要だった。

 何故なら、ゴルゴダの秘蹟の目的は、ルシファーの影響によって生じた人間のなかの乱れを元に戻すように均衡をもたらすことだからである。ゴルゴダの秘蹟が演じられたのは、知性によって全てを理解しようとする、人間の特異な傲慢さと高慢を癒すためだった。

 人間が、今のような知性には限界があることに気づくことができるのは、ゴルゴダの秘蹟の理解に関わることである。私(シュタイナー)はしばしば、人間の認識能力には限界がある、という意見には異議を唱えてきたが、確かに、現在のような知性には限界がある。



  (a)感覚世界 (アーリマンにより起こされる)

 2.エーテル体のアストラル体に対する卓越性
  (b)感性 
 (注)(b)でルシファーとアーリマンが出会う

 3.アストラル体のエーテル体に対する卓越性
  (c)食物摂取の過程

 4.自我のアストラル体に対する卓越性
  (d)ルシファーにより起こされる





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Last updated  2011年09月30日 09時39分39秒
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