シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年03月21日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
以下は引用のつづきである。
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 最初から、順を追って説明しよう。

 メシア「5」はやってきた・・・しかし遠い昔から、救世主「メシア」の出現は予告されていた。

 それは、「神のイスラエル」を救うための備えだった。

 しかし神が選び取ったイスラエルは、人類の一部だけである。これでは、それ以外の大多数の人々は、誰一人救われない。

 それは、最初の親たち「アダムとイブ」が、「サタンの世話を受ける」という意思表示をしてしまったからだ。

 彼らは、エデンにおける「善悪の知識の実」を食べることによって、その「選択」をした。

 この瞬間から、人類全ては「サタンの所有物」となった。



 騙されたとはいえ、先祖は大変なことをした。

 このサタンから、人類を取り戻す手だてが「メシアの登場と、試みと、死」だった。

 イエスが試みを克服したので、人類を請け戻しできるようになった。

 ただし、「サタンの支配が『失敗』すれば」である。

 サタンは「世話」を約束した以上、「責任」を担った。自分流による成功を追い求めている。今度、人類を絶滅させる危機を招けば、天の会議から「失敗した」と見なされる。

 サタンは、「反自然の文明」を目指していた。

 古代、地上に「神々」が降り立って、文明が一挙に花開いた。

 「シュメール」から「エジプト」、「アッシリア」の時代に至るまで、実際に「神々による支配」が行われていたようである。もちろんこの神々は、地上を世話する権利を持つサタンの輩(ともがら)だった。

 しかし彼らは一度、大失敗をした。

 人類を、絶滅寸前まで追いやった。

 「古代核戦争」などの暴挙もあったようだが、それだけではなく、「超科学の実験」が行き過ぎたため危機が迫っていた。



 遂に、地上は「刷新」された。

 それが「ノアの大洪水」である。

 この時残された人物は、神が「保険」?として選んであった善良なノアとその家族である。

 大洪水以後、サタンの支配は「危険を孕んでいる」と知られるようになった。それで、「神の手にも選民を選んで所持させよ」という意見が生じた。

 神は、選民である「イスラエル」を持つことが許された。



 こうして、サタンは地上の「イスラエル以外の民」(諸国民)を支配し、

 神は、「イスラエル」だけを世話するようになった。

 以後、「サタンの民」と「神の民」は、常にせめぎ合いの中にある。

 そして時が満ち、イスラエルに「メシア」が登場する。

 イスラエルの民は、メシアの登場で生き返った。

 イエスは短期間のうちに、効果的な教育を施した。

 しかしサタンは、メシアの足をすくおうと企んでいた。

 イエスが処刑されて去った後、すぐに彼は「乗っ取り」を実行した。

 それが『実際にあった』というのは、「世紀の秘密」となっている。

 こうして、時代は「6」に突入した。

 サタンの時代は、「諸国民」の時代

 キリストは、サタンを「この世の支配者」と呼んだ。

 サタンは、正式に全世界を牛耳っている。それは、「アダムとイブの選択」があるからだ。

 彼らは騙されて、全人類をサタンに売った。実際は任せた。

 サタンこそは、「初めからの蛇」と呼ばれる「最初の詐欺師」である。

 しかし現在、サタンの担当しない民がある。

 「イスラエル」は、諸国民の中に点在しており、「神の世話」を受けている。

 諸国民の時代「6」の時代は、「暗黒の時代」である。

 科学文明が森羅万象を明らかにしているようだが、「肝心の部分」は闇に包まれている。

 「誰が世を支配しているのか?」

 つまり、「『創造主』と『サタン』の存在」という部分は見えなくされている。

 「肝心の部分」が「真っ暗」だ。

 それを照らすのが、再び訪れる「救世主」(太陽)である。

 現在の我々は、朝日が昇る寸前に位置している。

 「夜明け前の冷え込み」はひどいものになった。

 「獣の政権」が冷たい支配を行い、人々の心にも霜が降りている。

 しかし、この世代にはこれからの希望がある。

 我々は、「御子」の登場・・・つまり「日の出」を目の当たりにするだろう。

 キリストは王として「千年支配」を行う。その後「王権」を「神」に返上する。

 こうして「7」の時代(神権支配)が始まる。

 「御子の到来」は、悪人に「後悔の時」となり、善人には「希望に満ちた時代」となる。

 「激動」が起きる予感があるが、辛抱して待つことには、大きな報いがあるだろう。

 現代までに何度も成就したイエスの警告と、黙示録「啓示の書」の現段階の解釈とは同列に置けない。この時代の人々は、どちらを優先させるべきなのだろうか?当然イエスの言葉である。

 西暦70年の滅亡当時、イエスの追随者全てがエルサレムの町から逃れたのではなく、避難した組と、居残った組とに別れた。この事実は、イエスの例え話の中のこの言葉から理解できる。「一方は、連れて行かれ、他方は捨てられる」・・・当時イエスの話を喜んで聞いていた人々の中からも、滅びる人々が出たのは、避けられなかった。

 たとえ神に献身した者であってもその半数?が、滅びてしまうという示唆である。逃れた者と、滅びた者との比率は記録されていないが、いずれにしても、その時には「逃げないで残った者は滅びる」。

 当時の宗教指導者たちの態度は、どうだったろう。彼らは、そうした緊急時に心を鈍くし、民を誤導していた。エゼキエル書にはこう書かれている。「我々は、この広口の料理鍋の中の、肉のように安全である」

 こうして、手遅れとなってもはや誰一人出られなくなるまで、民の行動をなだめていた。エゼキエルの予言書の記述は、後代の教訓とされるべきものであるから、西暦70年の滅びの時代から、現代の大成就の時代にまで当てはまる。指導者はいつの時代も鈍いという点で。

 現代の、宗教指導者達は、これと違った態度をとっているだろうか?いや、今でも同じだ。こう話している。「組織から出てはならない、この中が一番安全なのだ・・・」と。

 仮にもし、「荒廃をもたらす嫌悪すべきもの」が実際に国連であるならば、それは既に神の民を滅ぼしていなければならない。しかし、そうでないならば、何か別の者が間もなく確実な絶滅をもたらすだろう。高慢な宗教指導者を盲信し、最重要な「イエスの言葉」を理解できなかった、「善良だが心の鈍い」民とともに。

 このように、荒廃をもたらすものに対する解釈には信者の命が掛かっている。安易な間違いは許されない。組織に頼れないなら、信者自身でそれを察知し、分析して時を知らねばならない。人は、組織ではなく神に仕えている・・・神の子キリストが語ったこれらの言葉は、個人に向けてのメッセージなのだ。


 試みの神


人間を試みるのは誰か?

 神の試練という言葉がある。しかし、いかにも意地の悪いこの行為は、本当に神の行いなのだろうか? 実はそうではないらしい。ルカの聖句に注目してみよう。

ルカ 4:9
 また、悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、神殿の頂に立たせて、こう言った。「あなたが神の子なら、ここから飛び降りなさい。
ルカ 4:10
 『神は、御使いたちに命じてあなたを守らせる。』とも、
ルカ 4:11
 『あなたの足が石に打ち当たることのないように、彼らの手で、あなたをささえさせる。』とも書いてあるからです。」
ルカ 4:12
 するとイエスは答えて言われた。「『あなたの神であるヤーを試みてはならない。』と言われている。」

 ここでイエスに、神を試みる行動をすすめたのは言わずと知れた悪魔サタンである。彼には、何かを見るとすぐに試みるという癖があったらしい。それは聖書のあちこちから読み取れる。黙示録ではこのようにも書かれている。

黙示録 12:9
 こうして、この巨大な竜、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた。
黙示録 12:10
 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。
「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

 12章9節から、投げ落とされたのがサタンであると判るが、続く10節からは彼が、告発者と呼ばれている事も判る。つまりサタンは事ある毎に誰かに目を付け、「あいつは悪い!こいつはおかしい!」とそしり続けていたわけだ。それが人間である場合、義人とされる人々を見ると、「疑え!試せ!」と言うのは当然だろう。この記述の喜び方から見て、天の組識でもサタンの性悪さには相当悩んでいたらしい。

犠牲者ヨブ
 聖書の中で有名な試みの記述はヨブ記だろう。神が善良なヨブを、サタンの突き上げで試みる事になったという記述である。この頃サタンは、神の組識の中の重要な地位に就いていたようだ。それで、神の代理としてその名前を代表して語る事も人間を試す事も許されていたようである。ヨブ記の神の言動に、冷たさや辛辣さが見え隠れするのはこのためだ。以下はヨブ記の一部である。

ヨブ記 1:6
 ある日、神の子らがヤーの前に来て立ったとき、サタンも来てその中にいた。
ヨブ記 1:7
 ヤーはサタンに仰せられた。「おまえはどこから来たのか。」サタンはヤーに答えて言った。「地を行き巡り、そこを歩き回って来ました。」
ヨブ記 1:8
 ヤーはサタンに仰せられた。「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。」
ヨブ記 1:9
 サタンはヤーに答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。
ヨブ記 1:10
 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。
ヨブ記 1:11
 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」
ヨブ記 1:12
 ヤーはサタンに仰せられた。「では、彼のすべての持ち物をおまえの手に任せよう。ただ彼の身に手を伸ばしてはならない。」そこで、サタンはヤーの前から出て行った。

・・・この後、ヨブには次々と不幸が襲うのだ。最後には耐え忍んだため、神から祝福を受けるが、こんな経験を誰も喜ばないはずだ。試練を与えた「許可した」神でさえ喜ばず、喜んだのは実際サタンだけだろう。神は試さずに見通す力もある。





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Last updated  2012年03月22日 09時30分14秒
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