シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年03月21日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
以下は引用のつづきである。
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2.似たる者

 ヘブライ語の「コ」という言葉には、「似た事柄を行う者」という意味がある。

 言葉:「御子」は「似たもの」

 弟子達が、イエスのわざを真似てそれを可能とした時、彼らはイエスの「子」となった。

ルカ 10:17
 さて、七十人が喜んで帰って来て、こう言った。「主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。」
ルカ 10:18

ルカ 10:19
 確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。
ルカ 10:20
 だがしかし、悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。」

3.無邪気さ

 大人が子供の中にいて感じる、一種の「安らぎ」がある。

 それは、子供達が「無知」なるがゆえ、「無邪気さ」を振りまくからである。

 弟子達はいつも、「自分達の中で誰が一番偉いか?」などという比較に没頭したりしていた。

 これはイエスから見れば、一種の「無邪気」だが、方向性が間違わないようにイエスは注意していた。

マルコ 9:33
 カペナウムに着いた。イエスは、家にはいった後、弟子たちに質問された。「道で何を論じ合っていたのですか。」
マルコ 9:34
 彼らは黙っていた。道々、だれが一番偉いかと論じ合っていたからである。
マルコ 9:35
 イエスはおすわりになり、十二弟子を呼んで、言われた。「だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい。」
マルコ 9:36
 それから、イエスは、ひとりの子どもを連れて来て、彼らの真中に立たせ、腕に抱き寄せて、彼らに言われた。
マルコ 9:37
 「だれでも、このような幼子たちのひとりを、わたしの名のゆえに受け入れるならば、わたしを受け入れるのです。また、だれでも、わたしを受け入れるならば、わたしを受け入れるのではなく、わたしを遣わされた方を受け入れるのです。」

マタイ 20:25
 そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、言われた。「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者たちは彼らを支配し、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。
マタイ 20:26
 あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。
マタイ 20:27
 あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。
マタイ 20:28
 人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。」
・・・
 弟子達はイエスから、「指導者の謙遜」を学んだ。

4.弱さ

 イエスは、試みを克服する強さを持っていたが、弟子達はその点で劣っていた。

 とはいえ、これは「人間共通の弱さ」で誰の中にもある。

ルカ 22:54
 彼らはイエスを捕え、引いて行って、大祭司の家に連れて来た。ペテロは、遠く離れてついて行った。
ルカ 22:55
 彼らは中庭の真中に火をたいて、みなすわり込んだので、ペテロも中に混じって腰をおろした。
ルカ 22:56
 すると、女中が、火あかりの中にペテロのすわっているのを見つけ、まじまじと見て言った。「この人も、イエスといっしょにいました。」
ルカ 22:57
 ところが、ペテロはそれを打ち消して、「いいえ、私はあの人を知りません。」と言った。
ルカ 22:58
 しばらくして、ほかの男が彼を見て、「あなたも、彼らの仲間だ。」と言った。しかし、ペテロは、「いや、違います。」と言った。
ルカ 22:59
 それから一時間ほどたつと、また別の男が、「確かにこの人も彼といっしょだった。この人もガリラヤ人だから。」と言い張った。
ルカ 22:60
 しかしペテロは、「あなたの言うことは私にはわかりません。」と言った。それといっしょに、彼がまだ言い終えないうちに、鶏が鳴いた。
ルカ 22:61
 主が振り向いてペテロを見つめられた。ペテロは、「きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは、三度わたしを知らないと言う。」と言われた主のおことばを思い出した。
ルカ 22:62
 彼は、外に出て、激しく泣いた。
・・
 この話で、ペテロが弱さを示した部分は「無理もない」と理解しなければならない。

 人間は「子」であるが、「自分を存在させた親」の立場を奪うことは決してできないからである。

 子は、系統樹を遡って親になることはできない。

 イエスの弟子達は、イエスを超えることはできない。

 並ぶこともできない。

 それは、系統樹を遡るような話であるからだ。

5.愛情

 元々、「コ」というヘブライ語は「愛情表現」を含んだ言葉である。

 しかし、どうしてイエスは弟子達にこう告げているのだろうか?

マタイ 10:24
 弟子はその師にまさらず、しもべはその主人にまさりません。
・・・
 理由は、サタンが「弟子達をイエスと同じ目に遭わしてやろう」と企んでいたからである。

 イエスは、弟子達から迫害を遠ざけたかった。

 しかし、弟子達はイエスの後に続いてどこまでも着いてこようとする。

 「迫害も共に受けたい」とさえ考えている。

 イエスは、その気持ちを区切りたかったのだ。

マタイ 10:25
 弟子がその師のようになれたら十分だし、しもべがその主人のようになれたら十分です。彼らは家長をベルゼブルと呼ぶぐらいですから、ましてその家族の者のことは、何と呼ぶでしょう。
・・
 イエスはマタイ10章25節で、自分が去った後の弟子達を心配している。

 以下の聖句では、そのイエスの気持ちと弟子達とのギャップが明らかになる。

ルカ 22:31
 シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。
ルカ 22:32
 しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」
ルカ 22:33
 シモンはイエスに言った。「主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。」
ルカ 22:34
 しかし、イエスは言われた。「ペテロ。あなたに言いますが、きょう鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」
ルカ 22:35
 それから、弟子たちに言われた。「わたしがあなたがたを、財布も旅行袋もくつも持たせずに旅に出したとき、何か足りない物がありましたか。」彼らは言った。「いいえ。何もありませんでした。」
ルカ 22:36
 そこで言われた。「しかし、今は、財布のある者は財布を持ち、同じく袋を持ち、剣のない者は着物を売って剣を買いなさい。
・・・
 22章33節で、「サタンが弟子達への試みを許可された」という部分は重要である。

 それ以後の弟子達は、「迫害の火」に突入するという予告となるからだ。

 保護の要であったイエスは、去らねばならない。

 イエスの心中は、穏やかではなかっただろう。

 「親」が「十字架」に付けられる時、「子供達も後を追って欲しい」と思うだろうか?

 そんなはずはない。

 「同じ迫害を被らないで欲しい」と思う。

 イエスは、自分に打ち当たる迫害が弟子達にもやってくることを望まなかったため、ペテロが「共に死ぬ覚悟だ」と告げた時にも、いさめるように接している。

 神に護られるはずの神の民が「迫害に遭う」など不思議な話だが、そのための策略をサタンが計画しているのだ。イエス以後の会衆は、外からは見えない変化を通して神の保護の柵から外に出てしまうのである。

 イエスが弟子達を思う心は、我々が考える師弟関係よりはるかに温かいものだった。

 「親は子供を愛するもの」であり、イエスの愛情はその弟子達に向けて豊かである。

 「子供達よ」というイエスの言葉に、それが表れているのかもしれない。

⇒イエス以後のイスラエル、 倒れた会衆

5.6.7の秘密

 数字に隠れた秘密とは?

 聖書の中に、謎の数字が登場する。

 有名な「666」である。

黙示録 13:18
 ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。
・・・
 黙示録にあるその数字は、「獣の数字」と言われている。

 この「6」には、「サタンの時」という意味が含まれ、それが三回繰り返された「666」は、「強いサタンからの影響」という示唆があるかも知れない。

 ユダヤ人に迫害を加えた歴史上の人物(アドルフ・ヒトラー)などは、この数字らしい。

 ユダヤの数字占いである「ゲマトリア」にて

 一方、「7」は「完全数」であり、「創造神の数字」だとされている。

 それでは、「5」にはどんな意味があるのだろうか?

 知る人ぞしる・・・

 これこそが、「『救世主』の数字」だ。

 しかし、「救世主がサタンより少ない」というのも変である。

 なぜだろうか?

 「登場の順番」を意味していた

 聖書全体に秘められた「5.6.7」に付された意味は、「優劣」というよりも、「登場の順」と見た方がいいかも知れない。他の意味もあるはずだが、ここでは棚上げ。

 5.まず、ユダヤに救世主が出現する

 6.それを、サタンが利用する

 7.サタンのもくろみを神が覆す

 こうして、全世界の人々は救いを得る。

 地球創造以来、メシアが登場するまでの数字が「1」から「4」までとなっているはずだ。

 これについては、別の機会に考えたい。

 メシア「インマヌエル」の再臨する「7」の時代には、サタン支配で生じた害悪すべてが精算される。

 その時代は、「キリストの千年王国」に移行すると思われるが、それで終わりではない。

 「8」の時代・・・「試み?」が来ることになっている。

 それを通過して、「完全な世界」に向かって行く。

 さて現在、世は「6」から「7」に移行しようとしている。





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Last updated  2012年03月22日 09時15分01秒
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