シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年08月07日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 さて、サッカーのナデシコが快進撃を続けている。シュメールの神官が言っているように、現代文明の終焉において、母性への回帰が求められている一つの象徴なのかもしれない。

 そこで、ナデシコをウイキペディアで検索すると、ナデシコの花言葉は、

「純愛・無邪気・純粋な愛・いつも愛して・思慕・貞節・お見舞・女性の美・など女性的なイメージが強いが、才能・大胆・快活なども。ヤマトナデシコ(カワラナデシコ)の花言葉は、可憐・貞節である。」

 とある。なにやら、前回の伊勢参りと通じるような気がしてくる。

 ナデシコを例の如く、古代ヘブライ語で解釈すると、「ナレ・シト」と分解すれば、「転換を知らせる」という意味になる。「ナレ」は、ナレーターの「ナレ」で、「ネギ」、「ナギ」と捉えると、通告者や、禰宜の神官という意味になる。

 「シト」は、使徒に通じるし、「シコ」は「四股」とも取れる。

 どうやら、ナデシコは、巫女を彷彿とさせる。

 来る次の文明は、淡路島周辺を中心とする水の文化であると、シュメールの神官は、ガイヤの法則という本のなかで述べている。

 水とは、アクエリアスの水瓶座の文明である。占星術を知っていれば、これまでが魚座の文明で、これからはじまるのが、水瓶座の文明であるといわれている。ただし、はじまる年については様々な解釈がある。



 確かに、日本人女性は海外でも人気である。国内ではわからないが、海外の人にとっては、日本人女性に、なにかしらの母性を感じているのかもしれない。

 タレスは、万物の根源は水であると説いているが、シュメールの神官に言わせるなら、水は献身であり、母性なのだから、万物の根源は、母性である、というようなものなのだろう。

 献身とは、宇宙の神に身を委ねることで、全面的な信頼がないといけないそうだ。

 ガイヤの法則では、母性の象徴として、巫女を挙げている。巫女(みこ)は、御子で、神の子を意味する。

 日本で有名な巫女といえば、卑弥呼(ひみこ)である。卑弥呼は、日の御子とも呼ばれ、天照大明神の太陽神でもある。

 しかし、シュメールの神官によれば、卑弥呼よりも古い最高の巫女は、アメノウズメであるという。

 アメノウズメ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%8E%E3%82%A6%E3%82%BA%E3%83%A1

 アメノウズメは、岩戸隠れの際に、天照を外に誘い出すために踊った女神であるという。

 単純に連想すると、アメノウズメは、天の渦目とも書ける。つまり、大宇宙の中心の渦を表しているのではないだろうか。

 前回、イサクが、「最高の笑い」という意味をもつことを書いた。イサクの燔祭が、伊勢参りや祇園祭りにつながると考えれば、イサクを、アメノウズメと考えてもおかしくはない。



 物質文明の晩年の子で、精神文明の申し子で、アメノウズメが芸能の女神であることから、宝塚歌劇団が連想される。宝塚歌劇団を中心に、巫女の舞の文化が起こってくるのだろうか?

 そこで、視点を変えて、淡路島という文字に拘ってみる。「淡」といえば、荘子の「君子の交わりは淡として水の如し」で知られる。

 水のような淡い交わりとはどういうものなのか、というなら、水を連想すればいい。シュメールの神官も言っているように、水はあらゆる創造活動のために、自らを犠牲に奉仕するし、変化に暇がなく、絶え間なく献身している存在である。

 例えば、母親が子育てに献身している姿は、水のように淡いものと考えられる。淡い交わりとは、母性を通じた交わりであることがわかる。

 また、ネット検索していると、海軍の水交社が出てきて、淡交社も出てくる。この淡交社は、京都で、茶道の書籍を出版しているらしい。すると、茶道が、次の精神文化の基盤となるのだろうか?






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Last updated  2012年08月08日 08時25分40秒
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