シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年08月14日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回紹介したように、太平洋戦争の真珠湾開戦に至る2つの流れを続けて紹介する。

 1つは物質的な対立を誘導するパワーエリートのラインと、もう1つは精神的な対立を誘導するオカルトのラインである。

 パワーエリートのラインの方は、主にイルミナティ-フリーメーソンを通じて流れるもので、以下のサイトが詳しいが、悪魔の動きがよくわかる。

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/759.html

 以下は上記のサイトからの抜粋である。

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 明治になり東アジアで台頭してくる非白人国の日本に対し、欧米諸国は脅威を感じるようになり、日清戦争のわずか2年後である1897年に、アメリカは日本を仮想敵国として、対日戦略プログラム 「オレンジ計画」を策定し、日本はまさしくこのシナリオ通りに開戦に追い詰められ、大敗を帰しました。

 この 「オレンジ計画」を最初に策定したのは、アメリカ第25代大統領のウィリアム・マッキンレーです。



 そして、その「オレンジ計画」を引き継ぎ、推進させていったのが、なんとテディベアでも有名で、優しく、親日家のセオドア・ルーズベルトJr.であります。セオドア・ルーズベルトJr.もまた、フリーメーソンでありました。

 当時の欧米では優生学が流行り、人種差別が当たり前のように行われていた時代であり、そのようなな中で、劣等と思われていた有色人種の日本が、日露戦争で白人国のロシアに勝ったことは、欧米の白人達にとっては、脅威であり、黄禍論(イエローペリル)が、ドイツのウィルヘルム2世やアメリカなどで盛んに論じられるようになりました。

 欧州勢に比べて、海外植民地政策に遅れたアメリカが狙う獲物は只一つ、阿片でしゃぶ漬けにしている中国ですが、この利権同じく狙ってくる日本は、アメリカにとって邪魔な存在であるしかありませんでした。

 日露戦争では日本に味方してくれた米国はオレンジ計画で、

 「日本とは現在友好関係にあるが将来極東支配を目論む日本の領土拡大政策が原因で衝突せざるを得ないとし、その場合日本はこの戦争に国力を総動員するであろうから、米国はマーシャル、マリアナ諸島に進行して海上封鎖を強めて日本の補給路を遮断する。そして艦隊決戦によって米国が勝ちを制して沖縄を占領し、最後は空爆によって生産施設を破壊して降伏させる。」

 といった内容になっており、太平洋戦争はほぼこのとおりに推移しました。更に、

1)中国と組んで反日宣伝を推進する
2)日本の海軍力を削減させる
3)日本の兵力を大陸に向けさせ消耗させる

 といった戦略を確実に実行に移し、中国全土の反日運動、度重なる海軍軍縮会議、中国に対する援助等、すべてこれらのプログラム通りに実行に移しました。



 その内容は、日本は資源を求めて領土拡大を図るだろうから、補給路を断ち、制海権を握って日本の海上輸送を封鎖。沖縄を占領し、空爆によって日本本土を爆撃。戦闘能力を奪って日本を孤立させ、無条件降伏を迫るというものであります。

 アメリカはそのために海軍を増強しましたが、真珠湾攻撃が始まる2ヶ月以上も前のことであります。アメリカは、日米開戦の前に、日英同盟の解消、海軍主力艦の制限、ブロック経済、対日禁輸など、日本の封じ込めを図り、日本をアメリカとの開戦に誘導したふしがあり、確実にアメリカと戦争をするように仕向けたと言っても過言ではありません。

 日本はアメリカの対日圧迫政策を回避するために、中国や南洋へと資源を求めて進出するという、まさに、アメリカが描いたシナリオどおりに進み、1941年12月8日の真珠湾攻撃につながり、その結果もたらされたのが「新型爆弾」である原爆の投下であります。

 そうして、原子爆弾を日本に落とすための、「マンハッタン計画」を強力に推し進めたのが、フリーメーソンのフランクリン・D・ルーズベルト、しかしながら1945年4月12日に脳卒中で死亡し、実際に日本に原爆投下の支持を出したのは、フリーメーソンのトルーマン大統領です。

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 例えば、伊達宗哲著「王仁三郎と日月神示のひな型神劇」では、ルーズベルトの側近の海軍諜報部極東課長のアーサー・H・マッカラム少佐が作成した「戦争挑発行動八項目覚書」などを紹介している。

 またルーズベルトが、バーナード・バルークやヘンリー・モーゲンソー・ジュニア等に操られていたという証言もある。

バーナード・バルーク
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%AF

ブレントン・ウッズ会議
https://sites.google.com/site/uranenpyou/home/brenton-woods-conference

 上記に紹介した以下の3つの戦略

1)中国と組んで反日宣伝を推進する
2)日本の海軍力を削減させる
3)日本の兵力を大陸に向けさせ消耗させる

のうちの1は、メーソンの蒋介石を通じて行われたことが以下のサイトからわかります。

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/683.html

2は、ワシントンの海軍軍縮会議で、

ワシントン海軍軍縮会議
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E8%BB%8D%E7%B8%AE%E6%9D%A1%E7%B4%84

 伊達宗哲著「王仁三郎と日月神示のひな型神劇」によれば、ワシントン会議のアメリカ代表ヒューズ国務長官は、ロックフェラーのスタンダード石油の顧問弁護士で、イギリス代表のバルフォア卿は、ロスチャイルドの代表にしてシオニストである等、いずれも国際金融資本の代理人たちだった。

 日本側の代表は後にフリーメーソンで有名な幣原駐米大使だった。

幣原 喜重郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%A3%E5%8E%9F%E5%96%9C%E9%87%8D%E9%83%8E

 上のウイキペディアでも、幣原と三菱の関係が浮かび上がるが、ロックフェラーと三菱との関係は、山本五十六とフリーメーソンとの関係にも一致してくる。

 最後の3の「日本の兵力を大陸に向けさせ消耗させる」は、ABCD包囲網でも有名ですが、メーソンの蒋介石と、上海のサッスーン財閥との関係を、以下のサイトなどから調べればわかるでしょう。

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/683.html

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/621.html#readmore

 出口王仁三郎は、上海を英国ロスチャイルドのメーソンの拠点と考えていたようである。対して米国系メーソンは、中国北部に浸透していく。続いて紹介していきたい。





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Last updated  2012年08月14日 11時30分47秒
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