シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年08月22日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 映画「山本五十六」をみて、改めて、太平洋戦争の疑問が深まった。その疑問は、真珠湾攻撃と、ミッドウェイ海戦に対する山本五十六の対応である。

 真珠湾攻撃とミッドウェイ海戦の2つは、太平洋戦争敗戦の大きな要因と考えられる。

 反対の多かった真珠湾攻撃の宣戦布告の通達が遅れて、結果的に「騙まし討ち」となり、遅れて通達した外務省の失態の責任を問わず、しかも、失態した外務省職員が、その後栄転している不可解な点。

 ミッドウェイ海戦については、南雲の失態と、作戦立案の不備ならびに、戦艦大和の後方待機など、山本自身も含めて、海戦後に、責任の所在を明らかにしなかった点。

 このような点を考えると、例のフリーメーソンに関する以下のような抜粋を考察する他ないような気がする。

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日本帝国海軍とフリーメーソン

 1945年8月15日、ポツダム宣言受諾から2週間後の8月30日、日本の運命を握る、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが厚木飛行場に降り立ちました。  

 マッカーサーは、フリーメーソンで、彼が所属していたロッジは、Manila Lodge No. 1, Phillipinesであります。マッカーサー元帥は、厚木飛行場を降り立つとすぐ、フリーメーソン東京支部用の建物の確保を指令し、東京・麻布の旧海軍水交社の建物を接収し、屋上に、定規とコンパスのフリーメーソンのシンボルが掲げられました。



 西洋社会では、ラッキーナンバーとしての7(メソポタミアのシュメール文明の七曜から来ている)、トリニティの3(キリスト教の三位一体)、不吉な13の金曜日(アダムとイヴが禁断の果実に手を出したのが金曜日、人類最初の殺人アベルがカインに殺されたのが13日の金曜日、イエスキリストが磔刑が13日の金曜日)と、数字が何らかの意味を成しています。タロット占いで13番目のカードは、死神です。

 フリーメーソン組織は33階級ありますが、33という数字を聞いて思い浮かなければならないのは、ユダヤ教のシンボリックな存在のソロモン神殿が建設されて33年間ヤハヴェ神の神殿として輝きを放っていましたが、その後ローマ帝国の兵士に破壊された事、またイエスキリストの生涯も33年間でありました。

 そして、日本グランドロッジのある、第38メソニックビルの隣には、東京タワーがそびえ立っておりますが、東京タワーの高さは333メートル、竣工は昭和33年の天皇誕生日です。

 この日本グランドロッジがある場所は、元海軍水交社であったことを前述しましたが、東京大空襲のなか、何故かこの建物は無傷で、日本帝国海軍水交社はフリーメーソンの巣窟であり、思いたくありませんが、当時の敵国であるアメリカやイギリスと繋がっていたと指摘されています。

 実際、日本帝国陸軍と日本帝国海軍は仲が悪く、戦後我々日本人は、「悪玉の日本帝国陸軍」 、「善玉の日本帝国海軍」とGHQに刷り込まれましたが、何故か東京裁判でも海軍の大物達は罪に問われておりません。  

 例をあげれば、第二次世界大戦中の連合艦隊司令長官、海軍大臣で、第37代内閣総理大臣であった岩手県出身の米内光政、そして連合艦隊司令長官、海軍大将・元帥の新潟県出身の山本五十六、第四艦隊司令長官で最後の海軍大将の井上成美は、日本海軍士官の「水交社」のメンバーで、フリーメーソンでありました。

 東京裁判では、A級戦犯の汚名を着せられ、7人が絞首刑にされましたが、外交官の広田弘毅をのぞいて、他は全て陸軍の将軍たちで、リメンバー・パールハーバーでアメリカ国民を激昂させた海軍の軍人は1人も含まれていないのであります。

 また、ことごとく暗号を解読された日本帝国海軍ですが、山本五十六の関与を疑う声はいまでも根強くあり、東京裁判でも裁かれないフリーメーソンの大物軍人達、また旧海軍水交社にある日本グランドロッジを考えるとき、何がしかの関係を疑うのは当然の事でしょう。

 ポツダム宣言を受諾した日本は、1945年9月2日、東京湾に浮かぶ、米軍艦ミズリー上で、連合軍最高司令官マッカーサーと、重光葵外相との間に降伏文書の調印がおこなわれました。

 調印式のさいミズリー号に飾られた星条旗は、92年前、日本の開国を迫った、フリーメーソンであるペリー提督の旗艦のマストにひるがえっていたものでありました。 

 ペリー家とロスチャイルド家は縁戚関係で結ばれており、ペリー提督の末裔であるウィリアム・ペリーも、ロスチャイルドが支援するアメリカ民主党のクリントン政権下で国防長官となっています。



 ヤコブ・モルガン著「山本五十六は生きていた」では、これは「仕組まれた陰謀」であり、日本本国から電信を受け取った在米日本大使館側が「わざと」遅れて宣戦布告をアメリカに行ったためだと指摘しています。

 そして、摩訶不思議なことに…この「失態」を犯した当時の在米日本大使館員の多くは、戦後、外務次官や国連大使などに「出世」しているというのです。

…さらに衝撃的なことは、真珠湾攻撃を立案した山本元帥自身も、実は当時のアメリカ大統領であるフランクリン・ルーズベルト大統領やイギリスのチャーチル首相と「結託」して、「宣戦布告無しの真珠湾奇襲攻撃」というシナリオを仕組んだ…というのです!

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 以上の抜粋の



 というのなら、宣戦布告が遅れた外務省職員が、その後栄転した理由にもなり、それがフリーメーソンによるものだとわかる。

 また、以下のサイトにも同様の話が載っているので抜粋する。

http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1004-2.html#18

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●山本五十六は「世界の陰の組織」の最高位の人物だった

 山本五十六は「世界の陰の組織」の最高位の人物だった、とズバリ断定した医師が東京近郊にいた。歴史教科書や権威を額面どおりに信じてきたすべての人びとを仰天させるのは、ベラスコ、マリンズ、それにコールマン博士らばかりではなかった。

 その日本人医師の説はベラスコが語る世界とほぼ符合していた。その医師、故川尻徹博士は精神科医。博士はノストラダムス予言詩の解読に優れた人物だといわれている。博士は、山本五十六が陰の組織に仕えた人物だと断定していた。山本は真珠湾攻撃を企てることで、太平洋戦争の終結を早めて戦争を終え、日本を決定的破滅から守ろうとした人物だと博士はいう。

 さらに、山本のソロモン諸島での死は山本が所属した国際組織(フリーメーソン)の工作による偽装死であり、山本はそこでは死んでいない。だが、その真実を大本営は知らないまま現場報告どおりに山本死亡を発表しているという。

 山本がロンドン軍縮会議出席のさい、ナチス外交部長のリッペントロップ(のちの外相)らや重要人物らと密会したのは知られている。そのさいに国際組織(メーソン)に人会したのだろうと博士はいう。組織内での山本の地位はヒトラー以上だったといい、天皇、米内光政、井上成美などの「条約派」は山本が入会した事実を知っているはずだと断定する。

 当時の陸海軍両軍部の戦争政策観の違いや内部の亀裂などが、山本の行動を決めていたのだという。やはり、国際派でキリスト教典に親しむ海軍軍人のいわゆる条約派の一人である山本が「神様」として枢軸国、つまりヒトラーを取り巻く国際組織と交わった可能性はあるのだろうか。

 メーソン結社が果たして「日本国益」のために働くメンバーを加入させるだろうか。メーソンにかかわる人びとには二種類のタイプがあるといわれる。

 マリンズの視点でいえば、その一つは、国際人を自負し、祖国(皇室を含む)の将来を憂う「ユダヤ人知らず」の善良な人びとであり、結果的にメーソンの利益に協力させられている人びと。もう一つは、メーソンの威光を借りて自己の栄達と蓄財にのみ励む、いわば確信犯的金満紳士タイプ。

 前者の人びとは、世界のなかの日本がいかに弱いものかを痛感して、強い者の側に「寄生」したのだろうか。そして後者のタイプは、前者のように組織の威光を借りて、金儲けのみを目指す人びとなのか。

 この両タイプとも外国語が堪能で世界の動向に明るく、キリスト教典に造詣が深く、自由・平等・博愛をうたって閥歩するようだ。なによりも一般社会人としての信用度を疑われない人物であることが、メーソン側の「審査基準」のようだから、彼らの行ないは庶民の耳目には届かないという利点もある。

 山本五十六はどちらのタイプにも属さなかったのだろうか。

 新宿の宿で足の裏を指圧しながらたずねた私の質問に狸寝入りで答えたベラスコは、かつてこんなメモを残していた。

 1941年12月10日、ロンドンのスペイン大使館執務室でベラスコがワインを楽しんでいたその場に一本の電報が飛びこんできた。内容は、マレー半島沖のクワンタンで英国東洋艦隊の旗艦プリンス・オブ・ウェールズ号とレパルス号が、日本海軍航空隊の攻撃で壊滅させられたという至急電だった。

 電文を読んだベラスコの頭を瞬間よぎった、その印象を残したメモには、「あれはまさに栄光に包まれた山本の三菱に対する労作であり、恩顧に報いるもの以外の何ものでもなかった」とある。ある訳者は「労作」を「工作」と訳した。

 山本五十六の遺体については、戦後の現在でもさまざまな謎が残されている。細工が施された公式遺体検安書、陸軍のさしがね説、山本替え玉説(生存説)などがそれらである。

 今年(1994年6月)、私はソロモン諸島ガダルカナルで、深夜土砂降りの雨をついて一人の地元民と出会った。男は山本機が撃墜されたブーゲンビル島ブインの密林の地主の後継者で41歳。ブイン周辺は独立戦争(パプア・ニューギニア政府と、ブーゲンビル島の分離独立を求めるブーゲンビル革命軍の戦い)の真っ只中にあった(1994年9月3日に和平交渉が成立した)。男の兄弟3人は最近、革命軍兵士に射殺され、彼は木舟を漕いで対岸のソロモン領ショートランド島に逃げのびてガダルカナルにいるブイン出身の友人宅に身を隠していた。

 「祖父と父から固く口止めされていた。撃墜機の山本は生きていた。祖父が彼を助けだした」

  男は私にそう語った。

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 つまり、太平洋戦争は、フリーメーソン、つまりNWOのイルミナティにより仕組まれた戦争だったことがわかる。その源流となったのが明治維新なのだが、これまたメーソンの暗躍が目立つメーソン革命ともいわれている。

 太平洋戦争から、明治維新に遡って、続いて、メーソンの影を再考したい。





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Last updated  2012年08月23日 22時00分11秒
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