シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年08月24日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 「歴史は繰り返す」と法則のように、よくいわれるが、それは、イルミナティのような連中が、歴史を繰り返させている側面に注目しなければ、その法則を理解できないだろう。

 例えば、ドイツのヒトラーのように、日本の山本五十六が使われるのは、いわば、ほぼ同時期の繰り返しで、バブル破綻期の日本に現れたコイズミのような繰り返しは、明らかに、時間経過をおいた繰り返しと考えられる。

 このような、いわば単純な繰り返しを、洗脳された御用学者が、その都度、地位や金銭や美女(美男)の獲得の見返りに、英雄、もしくは独裁者物語として、美化してきたから、振り込め詐欺のような手口が、いまだ続いているわけなのだ。

 人類は益々馬鹿になり、イルミナティのようなわずか1%にも満たない悪魔崇拝の特権階級の連中に、世界は牛耳られるわけである。

 この世は地獄だから仕方ないと開きなおっていていいのだろうか?

 これまでは、あまりにも巧く行き過ぎてきたから、連中は笑いが止まらないだろうが、そろそろ笑い死にかけているようでもある。

 これまでのような悪夢を繰り返さないために、真の歴史家ならば、真相を告発すべきだろう。戦争のような大量殺戮は、けっして悪夢ではなく、悪しき現実なのだ!

 さて、太平洋戦争は、イルミナティによるアジア支配の前哨戦として行われたとするなら、その前の明治維新に、繰り返しの前兆がある。

 明治維新に進む予定だったが、その前に、忠武飛龍さまの御指摘を受けた「源田実」なる人物を調査する間に、出口王仁三郎が、マッソン(魔っ孫)と呼び、反メーソン運動に至った理由がわかる話を紹介したい。



源田実
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E7%94%B0%E5%AE%9F

 興味深い人物が浮かびあがった。それは柴田武雄である。

柴田武雄
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E7%94%B0%E6%AD%A6%E9%9B%84

 上のウイキペディアのなかにあるように、柴田は、源田実と海軍同期で、敵対的な関係だったそうである。柴田は、源田を、以下のように酷く非難している。

 「悪魔大王の悪魔界を征する信念力を無意識に人間界に戦力として通用するという錯覚が根源、源田式判断法(柴田命名)で知的暗黒界の何者かに責任転嫁し成功は高言するため何か責任があれば全て源田の責任であるなど様々に批判し、敗戦原因は全て源田の責任としている。」

 山本五十六については、以下のようである。

 「上にわけのわからないのがいると必ず負けると批判し、歴史を無視した精神偏重で、戦闘機や技術開発に努めるべきだったが山本には能力も英知にも欠けていたとしている。」

 また、面白いことに、以下のような話もあったそうである。



 以上のように、柴田武雄は、源田と山本を真っ向から否定している。

 この源田と柴田は、ゼロ戦開発で大論争をしていたそうだ。以下は抜粋である。

+++++++++++++++++++++++++++++++++

 「当時パイロットを代表する源田と柴田は激しく論争した。源田は空戦性能最優先を唱えた。当時、彼は源田サ-カスの異名をとるほどの編隊空戦の立て役者であった。これに反して柴田は、速力重視を主張した。スピ-ドが劣れば、敵に逃げられてしまう。空戦性能の低下は、パイロットの技量向上で補えると唱え、両者は譲らなかった。読者はどう判断するだろうか?



 しかし、この防御装置を犠牲にして創られた脅威の戦闘機も、やがて戦況が互角になり、消耗戦の様相を帯びてからは、その弱点が被害を加速度的に増大させる。また、柴田武雄の主張がとおっていたら、グラマンはそう簡単にダイブで左にひねりながら逃げられなかったろうし、逆に追われた時も敵を引き離して脱出することが出来ただろう。

 派手な機動部隊の陰で、柴田等の基地航空部隊は、黙々と航空撃滅戦を展開していた。連日休みのない戦闘を、限られた搭乗員と機材とで黙々と繰り返しながら、次々と南瞑に消えていった。そんな基地航空部隊を率いた柴田には、零戦の設計段階での自分の主張が通らなかった無念さが戦後も尾を引いていて、事ごとに源田と論争を繰り返し、ついにはお互いに口もきかず、手紙で論争を繰り返していたと言う。源田も柴田も掘越ももうこの世にはいない。

源田実と柴田武雄の終生の輪争
阿部 三郎(元零戦搭乗員・海軍中尉)

+++++++++++++++++++++++++++++++++

 これをみれば、柴田武雄の方が正しかったことが明らかだ!

 さて、その柴田武雄だが、お光教という大本教から分派した宗教に入信し、終戦間際には、ロケット迎撃機「秋水」の実験に従事していたそうだ。以下のサイトを参照。

http://www5.airnet.ne.jp/yud/text/gtext02.html

 このサイトによると、「比叡山に秘密基地があった」というのは、大本教の聖地とされる京都市亀岡に近い。

 柴田が、大本教の分派の、お光教に入信しているのだから、当然といえば当然なのだが、このような関係から、源田との敵対関係が再度、明らかになる。

 その源田であるが、昭和天皇が戦犯とまで非難した有名な瀬島龍三との関係も気になるところで、戦後の原発問題で、浮上する中曽根との間に、フリーメーソンを通じて、なにやらキナ臭いものがみえてくるので、次回、その話を紹介したい。





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Last updated  2012年08月24日 14時50分55秒
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