シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年08月29日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 松重楊江著「二人で一人の明治天皇」に書かれているように、慶喜の行動が、家康の公家法度の「徳川幕府が時代の要請にあわなくなったら、密かに南朝の天皇家を皇位に立て、そのもとで徳川家の存続を図れ」に沿ったものであったとすると、当時の孝明天皇は、北朝系なので、孝明天皇ではない南朝の天皇を立て、つまり徳川家が密かに囲っていた後の熊沢天皇を立て、幕府の存続を図ることを構想したと思われる。

 これは慶喜の構想というよりも、水戸藩の伝統的な構想で、藤田東湖-徳川斉昭-慶喜構想というべきだろう。藤田東湖の下には西郷なども訪問している。

 つまり、幕末当時の勤皇の志士には、動乱があれば、南朝の天皇を立てるという盟約が暗黙糧にあったものと思われる。

 そもそも、家康の公家法度は、南北朝合一の両朝交互即位の条件を基にしている。北朝側は、南朝を取り込み吸収し、この条件を無視してきたわけで、新たに南朝を立てることは、この条件を守ることを意味する。

 この南北朝の争いの源流はどうやら、古代イスラエル王国に端を発しているようである。古代史を調べると、イスラエルの土地を侵略され、難を逃れたイスラエル人の多くが、日本列島に辿りついたようである。朝鮮半島の唐-新羅連合軍と、百済の戦いも、この南北朝の戦いに由来しているようにもみえる。

 だから、現代の日韓朝の外交問題も、元を正せば、南北朝の血族の争いともいえる。今上天皇もおっしゃっているように、皇室には、朝鮮や百済(韓国)の流れが入っているからである。

 朝鮮から追い出された皇室の一派にしてみれば、故郷を追い出されたわけで、故郷に帰りたいから、古代朝鮮の再生の意味での韓国併合もあったわけで、その証拠に、多くの韓国語が、日本語になっている。例えば、奈良(ナラ)は、韓国語の「国」を意味する。

 古代イスラエル王国の崩壊も、恐らく南北朝の戦いで内部分裂したせいだろう。内部分裂を収拾できずに、周辺国につかれ、分散したのだろう。

 私がみるところ、南北朝の戦いは、陸経由で日本列島に辿りついた族と、海経由で辿りついた族との戦いのような気がする。どちらかが、後の平氏で、他方が源氏という感じである。私は、姓からいって、陸経由が平氏で、海経由が源氏のように思う。



 平氏の旗色が赤で、源氏が白なのは有名で、赤を、白で囲む日の丸は、源平統一の旗ともいえる。そこで面白い話がある。

 「神社の狛犬のうち、「あ、阿」は獅子(ユダ族)であり、「ん、吽」はユニコーン(エフライム族)で、歴史はユダ族に始まり、エフライム族の回復によって終結するので、終わりの日に両族はひとつとなる。 」

 というものである。また、キリスト教のアーメンは、阿吽「あうん」の呼吸のことで、「あ」の呼吸は身体をアルカリ性に導き、「う」の呼吸は酸性、「ん」は中性だとヨガでは、いわれている。

 ちなみに平氏の家紋は、赤色の蝶で、なんとなく太陽を象ったようにもみえる。源氏の家紋は、笹竜胆で、なんとなく、ガド族の3つの幔幕の紋章と似ている。恐らく、平氏が、獅子、つまりライオンで、古代イスラエルの南に由来し、源氏が、一角獣のユニコーンの北に由来するのではないだろうか? 

 あまり詮索すると、収拾がつかなくなるので、ここでは民族の騒乱には触れないが、ともかくも、日本には2つの流れがあるようだ。その2つが、北朝と南朝に代表されているようだ。

 さて、かなり脱線してしまったが、尊皇攘夷の皇とは、北朝ではなく、南朝であることが、勤皇の志士のなかでは、暗黙の了解になっていたようである。志士(シシ)といえば、獅子なので、古代イスラエル王国の南のユダのライオンの紋章と一致するのは興味深い。

 この暗黙の了解が、水戸藩と長州藩の尊皇攘夷思想のなかにあったことは確かだろう。この路線に沿って、水戸藩は、江戸幕府を、長州藩は、朝廷を工作しはじめるわけである。

 南北朝合一の条件の下に、長州藩と岩倉は、孝明天皇に引退を迫ったのだろうが、孝明天皇は、攘夷、つまり外国の討伐に話を摩り替えてしまったとも考えられる。岩倉-伊藤の暗殺はとても赦されるものではないが、一理あるとすれば、この北朝側の条件反故が挙げられる。

 さて、水戸藩と長州藩で、南朝革命の先触れとして、最初に結実するのは、井伊の安政の大獄以後の、1860年の水戸の西丸、岩間、園部、越と、長州の桂、松島が結んだ成破の約だったという。

 成破の約の大枠は、「水戸の尊攘激派が幕政を破り、長州がその後の収拾を行う」というものだったという。

 この約束が、後の慶喜による家茂暗殺、岩倉-伊藤による孝明天皇暗殺になる。



 ちなみに水戸藩には、激派と鎮派があり、激派は、尊王攘夷の南朝革命派で、鎮派は開国派といわれているが、そもそも当時に国の概念はなく、藩しかないので、開国、鎖国は、貿易をする港の権限が幕府にあるか、ないかの話でしかない。

 つまり、開国、鎖国とは、幕府の開港の権限のことである。尊皇攘夷派は、幕府にはなく、朝廷の赦しが必要だという見解をとるわけで、幕府側は、朝廷から委任された政務の範囲内だという見解をとるのである。

 だから、商業の権益が、政務の範囲内か否かの問題で、幕府が、米国のペリーらと結んで、商業の権益を独占しはじめたから、他藩、特に外様藩は、頭にきたわけである。それは多くの藩が貿易で稼ぐしかないほど台所が貧窮していたからでもある。

 その影響は、年貢徴収という形で、藩が統治する土地の下層民に重くのしかかるから、外様大名の長州や薩摩、土佐などの下層民たちの決起へとつながっていく。下層民の多くは、忍者も兼ねているので、藩主を動かして、武力闘争へと発展していくわけである。

 しかし、この動きは、幕府閣僚に見透かされ、封じ込められる。恐らく、北朝を主体とした勢力による南朝革命阻止だろう。この天狗党決起の前には、井伊による安政の大獄という思想弾圧が行われたから、幕府側の隠密が紛れ込んでいて、幕府側に、南朝革命の動きは筒抜けだったのだろう。 






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Last updated  2012年08月30日 09時03分02秒
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Re:太平洋戦争の謎 その10(08/29)  
忠武飛龍  さん
私は橋下が、伊藤博文かヒトラーの役に近いと思います。

あと毛利元就が「毛利は自分の死後は天下を争ってはいけない」と遺言してます。
これは実は元就が所領・長州に南朝の後裔の存在をつかんでいたからかもしれません。
自分以上の智謀をいった三男隆景もいたし、できなくはないでしょうし。

危険なものを感じていたのでしょうか。

再見! (2012年08月29日 20時13分20秒)

Re[1]:太平洋戦争の謎 その10(08/29)  
5dolphin  さん
どうも忠武飛龍さま
>私は橋下が、伊藤博文かヒトラーの役に近いと思います。


同感です。確かに橋下は怪しいですね。小泉を担いだ勢力が次に担ぎそうな人物です。原子力や増税で、ボロが出ましたから、少なくともネット住民には人気なしでしょう。B層がどれくらいいるかでしょうが、橋下よりも、安倍の方が怖いと思います。背後の勢力を考えると、橋下よりも安倍は危ないです。

>毛利元就が「毛利は自分の死後は天下を争ってはいけない」と遺言してます。
>これは実は元就が所領・長州に南朝の後裔の存在をつかんでいたからかもしれません。
>自分以上の智謀をいった三男隆景もいたし、できなくはないでしょうし。
>危険なものを感じていたのでしょうか。

恐らく、毛利が、南朝の後裔を掴んだのは、尼子氏の所領出雲を奪取してからだと思います。信長に追放された足利義昭も、毛利に亡命しているわけですから、最近、私は、信長を本能寺で殺したのは、毛利ではないかと思います。

毛利-秀吉-明智-家康で、朝廷側が近衛前久で、黒幕は正親町天皇あたりかと。正親町天皇は毛利を贔屓していますから、重要な人物は、安国寺恵瓊です。そこらへんを調べてみるとわかると思います。秀吉、家康は、忍者の出という説があります。 (2012年08月30日 08時59分27秒)

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