シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年09月05日
XML
カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/674.html
 上記のサイトからの抜粋要約を続ける。

 白洲次郎は生涯エージェント(イルミナティ-メーソンのパシリ)として終わったが、吉田茂は第二の伊藤博文になった。

 伊藤博文はアヘン王サッスーンが派遣したグラバーに魂を売り渡した下忍(インテリジェンス)である。吉田茂も生後10日で吉田健三のもとに養子に出され長じて同じ道を歩む。

 実父の竹内綱も養父の吉田健三もジャーデイン・マセソン商会の旨い汁を吸った仲間同士だ。吉田健三は用済みになるや49才で心臓麻痺で急死させられ、茂に60億の遺産を残す。
茂は外務次官になるまでにこれを蕩尽したが、『使途は不明』というのが通説とされている。

 吉田茂が白洲次郎と違って決定的に有利だったのは、自分のカネをもっていたことである。
ヴィンセント・アスターは「諜報活動には金がかかる」と言っている。吉田茂は潤沢な資金を元手に、独自のコネクションを創って秘密工作を仕掛ける。

 白洲次郎は独自のコネクションを持つことができないので、吉田茂の右腕となる。吉田茂と白洲次郎には厳然とした違いがある。



 吉田がどこで生まれたか、母はどういう立場の女性だったのか-吉田茂という、これだけの人物にしてなお肝心な点が不明瞭なまま諸説乱れ飛んでいるのが実情である。吉田自身、長じて自らの出自や幼年時代を語ることをあまり好まず、かえって出生にまつわるなんらかの影を負っていたのではないかと後年指摘される素因ともなっている』(工藤美代子『赫ヤクたる反骨 吉田茂』日本経済新聞出版社より)

 『さて、養父・吉田健三についてである。彼は嘉永2年(1849年)5月6日、越前福井藩士・渡辺謙七の長男として生まれ、親戚の家を継いで吉田姓となった。元治元年(1864年)、15歳の時、大阪に出て医学を修めたが、これからは英学の時代だと思い直し、長崎への留学を決意する。

 そして慶応2年(1866年)には何と密航を企てる。見つかったら死罪だが、長崎から英国の軍艦にうまくもぐりこんだ彼は雑役夫として働かせてもらいながら、上海からシンガポールを経て欧州へと渡った。イギリスには二年滞在。この間に養った語学力がその後の彼の人生を決定付けた。ちょうど帰国した年に明治維新があり、健三は自分の時代が来たことを実感する。

 まず手はじめに川村純義海軍卿(白洲正子の祖父)に食い込み、彼から軍艦二隻の発注を受けた。ジャーデイン・マセソン商会を通じて英国に注文を出した。

 当時、ジャーデイン・マセソン商会は極東における最大最強の英国商社である。とりわけ明治維新前後は最盛期に当たり貿易のみならず金融、海運、倉庫、保険、紡績等を世界各地に展開して巨利をあげていた。日本では横浜に支店を、長崎、兵庫、大阪、函館には代理店を置いていた。

 ちなみに長崎の代理店を任されていたのが、長崎名所のグラバー邸で有名なトーマス・グラバーである。そのうちジャーデイン・マセソン商会は無給でなく月給300円(現在の600万円ほど)という破格の待遇をするようになる。

 土佐自由党の竹内綱は、高島炭鉱の経営に関してジャーデイン・マセソン商会・長崎支配人のグラバーと手を組んだことから、健三とも急速に親密の度を加えていった。』(北康利『吉田茂 ポピュリズムに背を向けて』講談社より)

 『吉田健三には並々ならぬ蓄財の才があったことが証明されている。商才に加えて、自信と勤勉さが備わっていた。彼は真冬でも午前四時に起きて、家族や使用人を叱咤して仕事を始めた。蓄財を重ねていた吉田健三は、当時の金で実に遺産五十万円という大金を養子の茂に残して亡くなった。

 茂が相続した遺産五十万円はその割合でみれば、なんと六十億円という莫大なものである。ところが茂は昭和初年の次官就任時頃までにはその遺産の大部分を使い尽くしてしまった。』(工藤美代子前掲書より)

 戦後吉田と組んだ昭和天皇は奇しくも言った。「戦前戦中戦後を通じて私に矛盾は無い。天皇制も連続している。明治天皇が五箇条の御誓文で、すでに今日の民主主義の基礎を築かれていたからだ」

 目を剥く方もいると思う。私もその一人だったが、しかしそれは思慮が足りないのである。


 彼を機軸にシナリオを読み解くと、福島原発事故に至る今日まで連続線が引かれている。
これを反対に遡れば、田布施村から輩出された連中が引いた始点に繋がっている。その始点はアヘン戦争から始まる。

 『「アヘン戦争」は調べれば調べるほど、むごい戦争(汚い麻薬戦争)だったことが分かる。1971年に「第25回毎日出版文化賞」を受賞した陳 舜臣氏の著書『実録アヘン戦争』(中央公論新社)には、次のような言葉が書かれてある。

 「『アヘン戦争』は、単にイギリスによるアヘン貿易強行のための中国侵略戦争以上の意味を持っている。この“西からの衝撃”によって、我々の住む東アジアの近代史の幕が切って落とされたのである。」

 この「アヘン戦争」は、イギリスの「サッスーン家(財閥)」を抜きにして語ることはできない。「サッスーン家」は、もともとは18世紀にメソポタミアに台頭したユダヤ人の富豪家族で、トルコ治世下にあって財務大臣を務めるほどの政商であった。



 デビッド・サッスーンは、1832年にインドのボンベイで「サッスーン商会」を設立し、アヘンを密売し始めた。イギリスの「東インド会社」からアヘンの専売権をとった「サッスーン商会」は、中国で売り払い、とてつもない利益を上げ、中国の銀を運び出した。

※ デビッド・サッスーンは「アヘン王」と呼ばれた。彼はイギリス紅茶の総元締めでもあり、麻薬と紅茶は、サッスーンの手の中で同時に動かされていたのである。

 1773~1842年の「三角貿易」体制 イギリスは、アジアとの貿易を行なうため、1600年に「東インド会社」を作った。アヘンを大量に送り込まれた清国では、アヘンが大流行して社会問題となった。

 やがて、清国がアヘン輸入禁止令を出したことに端を発した「アヘン戦争」(1840年)が勃発。敗れた清国は、南京条約により上海など5港の開港と香港の割譲、さらに賠償金2億1000万両を支払わされ、イギリスをはじめ列国の中国侵略の足がかりをつくることになる。その意味では、「サッスーン財閥」はヨーロッパ列国に、第一級の功績を立てさせたアヘン密売人だった。

 (この事情に精通していた日本の朝廷や諸藩が、江戸幕府の開港と貿易の独占に反発したのは当然のことである。「開国」と一般には呼んでいるが、これは造語で、幕末当時だって幕府は貿易していたし、外様大名は、密貿易していた。鎖国も造語で、これはキリスト教に限ったものだった。

 そもそも、当時に国の概念がなかったことを考えれば、すぐにわかる。朝廷は、外国のいわば亡命政権なので、そもそも国の概念に乏しい。身分制度はあったが、国などはなく、だから人身売買も行われていた。明治政府ができて、西郷が、人身売買の禁止を施行したことでも明らかである。)

 ところで、中国大陸において「サッスーン商会」と並んで二大商社の名を馳せたのは、「ジャーディン・マセソン商会」である。この会社は、イギリス系商人のウィリアム・ジャーディンとジェームス・マセソンにより、1832年に中国の広州に設立された貿易商社である。

 設立当初の主な業務は、アヘンの密輸と茶のイギリスへの輸出で、「アヘン戦争」に深く関わった。この「ジャーディン・マセソン商会」は、日本では、幕末・明治期の重要人物であるトーマス・グラバーが長崎代理店(「グラバー商会」)を設立したことで知られている。横浜にも、1859年に英商ウィリアム・ケスウィックが支店を設立。商館は地元民から「英一番館」と呼ばれていた。

 トーマス・グラバーは、1859年に英国から上海に渡り「ジャーディン・マセソン商会」に入社。その後、開港後まもない長崎に移り、2年後に「ジャーディン・マセソン商会」の長崎代理店として「グラバー商会」を設立。

 貿易業を営みながら、薩摩、長州、土佐ら討幕派を支援し、武器や弾薬を販売した。幕末維新期の日本では、多くの外国人貿易商が諸藩への洋銃売り渡しに関わっていたが、その中でも英商グラバーの販売量は突出していた。

 彼はのちに「三菱財閥」の岩崎家の後ろ盾となり、キリンビールや長崎造船所を作った。日本初の蒸気機関車の試走、高島炭鉱の開発など、彼が日本の近代化に果たした役割は大きかった。1908年、グラバーは「勲二等旭日重光章」という勲章を明治天皇から授けられ、この3年後(1911年)に亡くなった。墓は長崎市内にあり、邸宅跡が「グラバー園」として公開され、長崎の観光名所になっている。

 ジャーディン・マセソン・グループは、今でも「マンダリン・オリエンタルホテル」を経営し、14ヶ国に26の高級ホテルを展開しており、現在もアジアを基盤に世界最大級の貿易商社として影響力を持っている』(http://hexagon.inri.client.jp/floorA6F_he/a6fhe100.html『アヘン戦争の舞台裏』より)

 書ききれないので、次回に続く。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2012年09月05日 11時15分52秒コメント(0) | コメントを書く
[軟弱日本を斬る!] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: