シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年02月14日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 世界を1つにしようとしている、という噂のニューワールドオーダーと呼ばれる悪魔崇拝主義者たちの一番の勘違いは、世界を1つにするのではなく、既に宇宙は1つ、ということに気づいていないことにある。

 それに、1つといっても、物質的に1つなのではない。だから、3次元的に1つではないことがわかる。高次元を含めて1つということなのである。

 連中は、1つになれば平和になるという幻想を唱えるが、そこに至る過程が戦争であれば、平和どころか、恨みが怨みを呼び、平和など訪れるはずもないことが一目瞭然である。

 そもそも、自分以外の他の存在を認めようとしないエゴが、宇宙が1つであることを、認めようとしない認識であることに気がついていない。

 そのような認識の持ち主が、平和など何度も、いかに唱えようが、平和どころか、エゴのために、自分のために、戦え、闘えと叫ぶ、闘争への叫びでしかない。平和を唱えれば平和になると錯覚している馬鹿者と変わりはない。

 そもそも平和を求める発言そのものが、自分の心が平穏ではないことを意味している。

 この世では、口では平和といいながら、その実、戦争へと庶民を駆りたて、その利益の恩恵で、暮らしている者が、戦争をつくりだしている。

 「平和ボケ」という言葉はその象徴である。戦争を止められずに、戦争兵器をつくってカネを稼ぐ奴は、とんでもない「平和ボケ」である。戦争兵器がカネにならなければ、戦争など生じる余地もなかったはずである。

 連中は、口先では「平和」を唱えながら、下半身では、庶民を戦場へと蹴落としている。



 それに3次元世界では、口先よりも行動で示さなければ、現実化しない世界なので、平和を唱える者がいれば、「では、お前さんは平和のために何をしているのか?」と聞き返すべきである。3次元世界では、発言よりも行動を求めるべきだ。

 「平和のために戦え」とそのような馬鹿者は常に叫ぶが、その者こそ、ただ叫んでいるだけで、何も行動せずに、平和のために何もしていないことは明白である。 

 そもそも、平和と戦争は対立する用語であり、そのような馬鹿の叫びは、例えば「離婚のために結婚しろ」というのと変わらない。

 どんなに立派なことを主張しようが、その本人が嘘つきで、詐欺師や泥棒のようなことをしているなら、そのような人の意見に耳を傾けてはならない。

 このような論理の矛盾に気づかないのは、下らないディベートなどが流行ったせいでもある。本来、ディベートというのは、論理の矛盾に気づかせ、議論が無意味であることを悟らせるための禅の公案のようなものである。

 例えば、有名な公案に、拍手は、左手が右手を鳴らすのか、それとも右手が左手を鳴らすのか、というのがあるが、その類と同じである。そんなことを、論理であれこれ議論しても無意味である。

 物質世界で、陰を陽とし、陽を陰としても、それは人間側の都合で、人間が勝手に名づけたものだから、高次の神々の預かり知ることではない。

 このような馬鹿馬鹿しいことを相も変わらず血眼になって求めているから復路小路に入る迷える子羊となる。全て、自己を他から区別するエゴの働き、仏教でいうところの分別知、執着のせいである。

 3次元的に1つというのは、高次世界がみえていないことであり、高次世界がみえれば、自ずと宇宙が1つであることがわかる。そのような愚か者は、一神教信者とも呼ばれたりするが、本来の一神教とは、多種多様な高次の世界が本当は1つの無限からなることを示している。

 宇宙の一部である人間からはけっして1つにはみえないから、裏を返せば、無限に1つなのである。

 だから、3次元世界を1つにまとめようとすることは、高次世界をみえなくすることになり、自分から目隠しすることを意味する。分別知により、自らを束縛し、自由を奪っている。



 そのような分別知蓄積者の自らの思考により自分を縛る無意味さ、を説いている、御馴染みのサイトから、面白い話を抜粋紹介して、話を終わることにする。学歴社会が終わりを告げる話である。

 現代でいわれる、学歴というのは、自己を他から切り離す認識の洗脳化でしかないから、それを続けると、ついには論理破綻し、神経衰弱になり、知的奴隷になることを意味する。

 大量兵器もないのに、イラク戦争をして、数百万人の殺人を行った、あのお馬鹿ブッシュが、ハーバードに入れたのは、もはやハーバードが殺人者育成の砦であることも意味している。

 ☆  ☆  ☆

『日月神示』で示された”ミロクの世”の形
http://shinseido24.blog.fc2.com/

 先日、読者の方から頂いた”拍手コメント”の中に、以下のようなコメントがありました。




 日月神示には、10年前に出逢いました!自分自身の気になる事を探索してましたが、最後はいつも日月神示にたどり着きました。最近また、なぜか気になり始めネットを調べていましたら、こちらにたどり着いた次第です!私の探していたものが全てありましたので驚きました!大変詳細に説明されていてよく分かります。感謝です。




 このようなコメントを頂き、わたくしの方も『日月神示』をもう一度見直してみたくなり、書籍を開くことになりました。その中で、来るべき”ミロクの世”の形として、以下のような神示が示されておりました。

 「世界中まるめて神国の一つの王で治めるぞ。それが神の世のやり方ぞ、百姓は百姓、鍛冶は鍛冶と、今度は永遠に定まるぞ、身魂の因縁によりて今度はハッキリと決まって動かん神の世とするのぞ、茄子の種には瓜はならんぞ、茄子の種に瓜をならすのは悪の仕組み、今の世は皆それでないか。」 (上つ巻・第二十八帖)

 「逆立ちして歩くこと、なかなか上手になりたれど、そんなこと長う続かんぞ。あたま下で手で歩くのは苦しかろうがな。上にいては足も苦しかろうがな。上下逆さまと申してあるが、これでよく分かるであろう。

 足はやはり下の方が気楽ぞ。あたま上でないと逆さに見えて、苦しくて逆さまばかりうつるぞ。この道理わかりたか。岩戸開くとは元の姿に戻すことぞ。神の姿に返すことぞ。」 (下つ巻・第十三帖)

 「そなたはいつも自分の役に不足申すくせがあるぞ。そのくせ直して下されよ。長くかかってもよいから、根の音(ね)からの改心結構ぞ。手は手の役、足は足、頭は頭の役、それぞれに結構ぞ。上下貴賎ないこと、そなたには判ってゐる筈なのに、早う得心して下されよ。」 (月光の巻・第五十五帖)

 古代の日本では、社会構造を「カミ(神)、キミ(君)、オミ(臣)、タミ(民)」と捉えてきました。これを真逆に捉えたのが、現代の西洋型民主主義です。すなわち、本来であれば「民」として生きるべき人が、「臣」などを務めているのが現代社会の本質ではないでしょうか?また、人が自然界を支配し、神の上位に位置づける・・・あまりにも傲慢な態度であり、神に対して無礼であると言わざるを得ません。天罰が下ります。これでは世の中は争いばかりで、治まるわけがありませんね。

 現在は、いわゆる”多数決の正義”と”学歴至上主義社会”でありますので、リーダーとしての素質がない人でも、見栄だけでリーダーをやっているケースは、意外と多いように思います。

 ひどいケースになると、エゴが強く、大きな声で周囲を恫喝できるというだけで、リーダーをやっている方もおられるわけです。(最近、マスコミなどによって明るみに出てきた、学校現場における”体罰という名のいじめ”などは、そのよい例かもしれません。)

 明らかに末期症状だったわけですが、『日月神示』に言わせると、このようなケースは「悪の仕組み」であったということです。頭を使うことを得意とする人もいれば、体を使うことを得意とする人もいるわけで、現在の風潮では、体を使うことを得意とする人が、頭を使う職種であるリーダーになっているケースが、ままあるわけです。『日月神示』では、以下のようにも説かれています。

 「学の鼻高さん何も出来んことになるぞ、今に世界から正真(しょうまつ)が段々判り来て、あわてても間に合はんことになるぞ、今の内に神示よく肚に入れておけよ、この道には色々と神の試(ためし)あるから漫心するとすぐひっくり返るぞ、考へでは判らん、素直結構ぞ。

 日本には五穀、野菜、海、川、いくらも弥栄の食物あるぞ、人民の食物 間違へるでないぞ、食い過ぎるから足らんことになるのざぞ、いくら大切な、因縁の臣民でも仕組の邪魔になると取り替へるぞ、慢心取違ひ致すなよ、代へ身魂いくらでもあるぞ。

 学問の世はすみたぞ、学者は閉口するぞ、商売の世も済みたから商売人も閉口するぞ、力仕事は出来んし、共喰するより他に道ないと申す人民許りになるぞ、今迄とはさっぱり物事変るから今迄のやり方 考え方 変へて呉れよ、神示通りに行へば其の日その時から嬉し嬉しざぞ、此処は落した上にも落しておくから、世の中の偉い人には中々見当とれんから、身魂の因縁ある人には成程なあと直ぐ心で判るのぢゃぞ、九の花咲けば皆よくなるのぞ、九の花中々ぞ。」 (『日月神示』空の巻・第十二帖帖)

 私見ではありますが、以下にリーダーとしての資質を挙げてみたいと思います。

・心の清さ(愛と慈悲、誠実な心)
・備わった人徳
・長期的視野に基づいた先見性
・本質を見抜く洞察力
・正しい直感力と判断力
・カリスマ性
・奇跡を起こす力(神力)・・・

 これらの資質は、いずれもペーパーテストでは計れないものばかりですね。あるいは行き過ぎた競争社会と学歴社会が、日本を崩壊に追い込んだと言っても過言ではないかもしれません。 (なお、これからの時代はお互い”競争”ではなく、”切磋琢磨”が正しい生き方と言えそうです。)

 人の価値を、学歴と年収だけで決めようとする人が多い世の中ですが、極めて”愚かな輩”であると言わざるをえません。自分らしい生き方ができている人は輝いています。「人類、皆平等」の本質とは、「命に貴賎なし」ということに他ならないのです。

 しかし、偉大なリーダーを欲するならば、皆が偉大な国民にならなければなりません。そのための手掛かりとして、ご自分の天命を知っておくというのは、とても大切なことです。皆さんの今生生まれてきた使命、あるいは魂の目的とは、どのようなものだったのでしょうか?このことを知っておくと、これからの混迷の時代を生き抜く上で、極めて生き易くもなるのです。

 最終的には、「他の人からの頼まれ事」や、自分の中に湧き上がる「ワクワク」を追究した生き方が天命につながっていくわけですが、それ以外にもご自身の使命を知る手掛かりの一つとして、「数秘術」を用いるというものがあります。・・・今回は時間が来てしまいましたので、この続きは次回に譲ると致しましょう。

 ☆  ☆  ☆ 

 平和を求めるなら、まず、自分の心に安らぎを与えることが、先決である。世界を1つにするのではなく、自分の心を1つの宇宙意識とあわせることである。





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Last updated  2013年02月14日 17時01分10秒
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