シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年06月17日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 人間と外界の太陽光線との間の相互の経過が正しく実現されないような影響下では、必要な脂肪を、肉体から取り出し、消耗し、痩せていくのと同じように、肉体から、変容光(霊光)が奪われる。

 必要以上に、肉体から変容光が奪われる場合、人体上部が病むか、もしくは、上部にとって必要な経過を人体下部から引き出し、つまり下部から変容光を取り出し、下部が病むようなジレンマの前に人間は立たされる。

 (外界の太陽光との均衡が巧く図れてない傾向をもつ現代人は、感染症に罹り易くなっている。太陽光線の振幅が強くなっている、という噂もあり、太陽光との均衡が益々図れなくなっている。恐竜が滅んだ理由も、太陽光線との均衡がとれずに、心筋梗塞等を起こし、滅んだ、という説もある。昨今の地震なども、太陽光線の強さに由来する、という説もある。)

 以上の知見からわかるが、人体のために、外から摂取し変化させた測定可能な物質を(食料として)必要とするだけでなく、正しく観察すれば指摘できるが、人体のなかには、変容した形ではあっても、測定不可能な霊的な実質、いわゆるエーテル的な実質(霊光)も存在する。

 以上の知見から看取して欲しいことは、太陽光線の内外の均衡の原理を通じて、太陽光線の治癒作用を引き出すための正しい見解を打ち立てることである。

 例えば、周囲の太陽光線との相互関係において失われている秩序を回復させるために、外界の太陽光線に直接身体を曝すことや、もしくは、内外の均衡が崩れ、蓄積した変容光を取り出す際に生じた人体内の不規則性を調整するように、内から、光線に曝すことで、治療を行うことができる。

 (内から光線に曝す治療が、以前、紹介したリッターの治療、いまでいう光線力学的療法である。)

 また、薬剤などの作用により、人体内の変容光の消耗を抑制することも考えられる。

 以上のような知見から、人体内を霊視できる。



 なぜなら、顕微鏡での観察は、生命の進化と退化とを、本質的に把握する可能性を導くどころか、逸脱させるものだからである。

 というのも、健康、もしくは病気において本質的に関わってくる経過全般は、顕微鏡的な微小世界(ミクロ)というよりもむしろ、巨視世界(マクロ)において、遙かによく研究できるからである。つまり、マクロコスモス(大宇宙)のなかにこそ、生命現象を追求しなければならない。

 (重力も、マクロ的視点からでないと理解できない。恐らく、生命も、マクロ的視点からでないと理解できないのだろう。道徳が、人間社会全体からでないと理解できないのと同じなのだろう。)

 また、鳥類は、膀胱と大腸の発達が不十分なため、摂取と排泄との間に、持続的な平衡状態を絶えず保たねばならない、という事実に注目すべきである。鳥は飛びながら排泄できる。鳥は食物を体内に貯蔵し蓄積することはない。

 鳥は、食物を蓄積している暇はない。もし、鳥が食物を体内に蓄積したら、即座に病気になり、体を駄目にするだろう。鳥とは違う人間は、現代的な見解に沿って表現するなら、物質的には、鳥よりも進化したわけだが、より正確な表現を用いるなら、鳥よりも、地上に降下した、といえる。

 実際、鳥は腸内植物に対して、激しい闘いを展開する必要もない。高等動物や人間に必要な腸内植物が、鳥の体内には無いからである。しかし、人間の高次な活動というか、例えば以前述べたエーテル(光)を変化させる活動、すなわち、光の変容を導く活動に関しては、人間も鳥と同じ立場にある。

 人間は、物質的な膀胱や大腸をもつが、この物質的な器官に関わるエーテルに関しては、鳥と同じである。実際、エーテルのような霊的な器官は、宇宙のなかでは、地上(物質)的な意味では存在しない。エーテルとしての光を受け取り、直接加工し、即座に排出する。

 もし、この光の平衡状態の持続に支障をきたすと、この支障に対処する器官をもたないため、人間は健康を損なう。

 従って、小さな脳を備えた鳥の観察の際に、明確にすべきことは、霊魂においては、鳥は、マクロコスモス(大宇宙)の写像(複製)に相当する、ということである。

 人間は、地上では、鳥よりも下降し、粗雑な(物質的)組織に模られた(写し取られた)存在だが、霊的な意味から研究するなら、地上よりも上位のマクロコスモス的な、鳥の世界の現象を探求しなければならない。

 ただ、次のことを述べておきたい。このことは余談として述べるが、鳥類と比較して、人間が物質体において持つ性質を、エーテルでも持つなら、人間の生活は酷く悲しむべき状態になっていただろう。



 つまり、羊を、死後解剖し、内部の匂いを嗅いだときの経験と同じ状況が生じる。

 エーテルに関しては、人間は鳥類と同じ機能をもつので、例えば、腐肉を食する鳥でさえ、解剖時に、腸からの不快な臭いの発散がないので、不快にならないが、勿論、相対的な比較の意味での臭いだが、この鳥の腸と同じ臭いに喩えられるので、人間同士が実際に向き合っても、不快な臭いを感じなくてすむ。

 鳥の腸の臭いは、特に、進化上、ようやく反芻動物の素質を持ち始めた、例えば馬(馬は厳密には反芻動物ではないが、反芻動物への素養をもつ)を、解剖する際に発散される腸の臭いと比較して、ほとんど臭わない。

 つまり、外の植物と動物に起こる経過と、人体のなかの腸内の動物と植物で起こり、克服すべき経過との対応を調べていくことが重要である。





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Last updated  2013年06月17日 14時57分42秒
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