マラキ・マーティンについてもう一段深く掘り下げることから話を始めよう。マラキ・マーティンは謎の多い人物で、ピオ12世が死亡しヨハネス23世が即位した1958年から第2バチカン公会議の結論がほぼ固まった1964年まで、わずかに6年間だけバチカンの中でイエズス会士として僧職に就き、上にも述べたようにアウグスティン・ベアの私設秘書として公会議の最重要決定の一つである「Nostra Aetate (教会の非キリスト教宗教に対する関係についての宣言)」の作成を中心的に行った。そしてこれによって、カトリック教会のユダヤに対する態度が全面的に改められ、ユダヤ(シオニスト)勢力が表立ってバチカン内部に影響力を行使できることとなる。