シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年07月24日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 太田龍氏の「天皇破壊史」から、明治維新がイエズス会による日本征服であったことがわかる。

 自らの野望から、不正選挙を行っても何の良心も痛まないばかりか、悪魔崇拝教に入信している自覚すらもないのだから、少なくとも、明治維新から、日本人のモラル好き、潔癖さが嘘であったことがわかる。

 さて、続けて、それら悪人への警告として、太田龍氏の「天皇破壊史」を以下に抜粋紹介する。売国の結末として売民となることが伺えるからである。

 ☆  ☆  ☆


太田龍著『天皇破壊史』‐ダイジェスト‐

 天皇ー。この言葉は勿論、中国風漢字の表現であって、本来の「やまとことば」、縄文日本原住民の言葉ではない。

 (大和言葉では、スメラミコトで、つまりシュメール(サマリア)の祭祀王(神々の取次ぎ者)という意味のようである。)

 天皇ーこれは音読み。そしてこの字に対する訓読みは存在しない。



 このような呼称が、縄文日本原住民の伝統に由来する「すめらみこと」とうまく折り合うのであろうか。

明治以降、天皇はエンペラーと英訳される。

 しかしエンペラーとは何ものか。

 それは古代ローマに由来する。それが中国式の名前を借りて「皇帝」と翻訳された。

 ローマの「エンペラー」は軍団長、軍団の最高指揮官から発して、何十人もの軍団長のなかの最も猛々しい、最も冷酷無比、大虐殺民族皆殺しを実行しうる能力を証明した将軍がエンペラー、すなわちローマ軍最高司令官に推載される。

 そんな仕組みである。このような愚劣で低劣、悪逆無道なサタニストを、縄文日本「すめらみこと」と一緒にすることが許されるのだろうか。

 日本のすめらみことは、未だかつて、ローマ皇帝中国歴代皇帝のように、軍の最高統帥権であったことはない。しかし、問題は別のところにある。

 (古代では、天の神々の意志を、地の人々に伝える役割だったようだ。人類が霊能力を失ってから、形骸化した。)

漱石が「馬鹿と自惚れと弘毅を兼ね備えた病人」と批判したその維新の元勲とは、まさにこの伊藤を指す。 彼は、初代内閣総理大臣であるのみならず、明治二十二年に発布された大日本国帝国憲法制定の中心人物でもあった。

 「大日本帝国憲法は万世一系の天皇、これを統治す。天皇は神聖にして侵すべからず」と記した・・・

しかしその伊藤自身が慶応二年(一八六六年)十二月、長州忍者部隊を率いて、孝明天皇シイ逆の実行部隊の前線指揮を執った という。

 孝明天皇シイ逆の首謀勢力は、長州と岩倉、そして伊藤博文の指揮する長州忍者部隊、さらに孝明天皇のお側近くで内通していた主犯は岩倉の妹、堀河紀子で、間もなく岩倉らは証拠隠滅のために、堀河紀子を暗殺せしめたとも伝えられる。

 (同じ長州から、伊藤=現総理とすれば、長州忍者部隊は自衛隊ムサシ、孝明天皇は今上天皇で平和憲法の守り主といわれているので、あとは岩倉が誰になるかが謎である…。某宗教団体の教祖か? 伊藤の背後にメーソン-イエズス会がいたのはいうまでもない。)

 伊藤の主導下で公布された明治大日本帝国憲法下、初の総選挙によって第一次帝国議会(衆議院)が明治二十三年に選出された。

 山蔭基央(やまかげもとひさ)の山蔭神道機関誌「己貴(めざめ)」によれば、このとき心ある公家はその前途を、「今上帝は金帝であろう、しかし、その次の帝は銀帝、その次は銅帝、その次は泥帝(どろてい)、そして五代目は哀帝(あいてい)」と占ったという。



 平成天皇は泥帝。泥帝とは泥舟。間もなく浸水して沈没する運命で平成の次の代で日本の天皇制は消滅するという。現在の日本の世相そのものではないか。

 この悲しむべき予測が公家によってなされたところが深刻だ。

 京都に縁の深い公家たちは、維新の舞台裏、その真相を非常によく知っていたからである。明治前半期までは幕末明治初年の史実は昨日のことのように生々しい現実で、孝明天皇シイ逆事件の内幕など、当時の公家たちにとっては常識にすぎなかった。

 しかし、このニセモノ日本の体制に流され、迎合していく人の心と魂は、たちまちのうちに底なし腐敗の沼に引きずり込まれていく。

 フリーメーソンについて最低の知識教養なしに、明治天皇と明治時代を語ることは無意味だ。

 『フリーメーソン会員が第三十三階級に到達すると、その人物は如何なる悪事をも働く用意が出来ている。殺人などごく些細な事件である。戦争と革命は、彼らの仕事の一部に過ぎない。

 「神に敵対する戦争」及び「キリスト教に対する戦争」は第三十三階級のフリーメーソンの
秘密集会における、お気に入りの題目である』(ジョン・コールマン著『フリーメーソン再論』)

 近代地政学の元祖を、日本人はドイツ人(ハウスホーファー)と錯覚させられているが、元祖は大英帝国で、とりわけ英国東インド会社(BEIC)が地政学に秀でていた。

 アダム・スミスが、この英国インド会社お抱え学者であったことを、日本人は全く知らされていない。

 十九世紀半ば、インドが公式に英国女王を元首とする大英帝国の領土となり、それに伴い、東インド会社が清算され、東インド会社「三百人評議会」を母体として、新たに極秘のうちに「三百人委員会」が組織された。その移行に約五十年を費やし、おおむね一八九七年前後に
正式に新たな「三百人委員会」は発足したといわれている。(前掲書)

 英国王室は「The Order」を維持している。

 日本の天皇が、英国王から「ガーター勲章」を受け取るということは、この「Order」の中に組み込まれることを意味する。この場合の「勲章」は「オーダー」であって「メダル」ではない。

 つい最近まで日本人は誰ひとり、そのことに気づかなかった。私が平成四、五年、ジョン・コールマン博士の『300人委員会』を手に入れて読破し、その重大性を知って、日本の人々に紹介し始めるまでは。

 大正天皇は、即位前も即位後も病弱であって印象は薄い。英国から見て、とりたてて功績というのほどのこともない。にも拘わらず、英国が大正天皇にもガーター勲章を与えたということは、「彼等」が日本の天皇、皇室を、代々世襲デガーター結社員あるいはガーター騎士団員
として認証し、取り込むことに成功したということを意味する。日本民族にとって、大正時代
これ以上に重要な事件は一件もないと私には見える。

 昭和天皇は、敗戦後かなり経過してから記者会見の場において、生涯を振り返って最も楽しかったのは、大正十年、皇太子時代、英国を訪問し、英国王室から歓待されたという体験だとの主旨のことを述べられた。

 昭和天皇のこの言ほど、日本民族や神国日本にとって、屈辱的なものはあり得ないと私には思える。単なる恥辱に留まらない。それは、そのまま放置すれば、確実に神国日本の死に至る、大量の猛毒が日本民族の体内に注入されてしまったことを意味する。

 山本五十六が大正八年から昭和三年までの、二回の米国在勤中にフリーメーソンに入会したとの仮説をとってみよう。それにしても、山本を米国フリーメーソン加盟に誘導した人物がいるはずだ。

 それは誰なのか。浮上するのは松平恒雄なる人物である。旧会津藩主松平容保の六男、松平恒雄は、駐米大使時代にフリーメーソンに入ったのか、それともその時すでにフリーメーソンだったのか。

 『日本が戦争行為を企てていることの二次的な証拠は、東京駐在大使のジョセフ・グルー大使から送られてきた。大使は密告者を皇室内部に潜入させたようだ。十一月五日、裕仁天皇を交えた御前会議で米国および連合国との開戦が決定された』(ロバート・B・ステイネット「真珠湾の真実」)

 米国は密告者を宮廷内部に潜入させていたとは真実か。ステイネットは、脚註で匿名の密告者については、”The Magic Background of Pearl Harbor”(US Depertment of Defence US GPO)第四巻N11から13ページの14項から17項参照としている。

 極秘中の極秘、日本の国家最高機密会議内容を、その直後に敵国に通報するスパイ(密告者)が、宮廷内部で活動していたというのが事実だとすれば・・・。皇居の中に敵米国が潜入させた密告者とは・・・。

 昭和天皇との間に、明示的または暗黙の意思疎通がなされていたと仮定するほうが合理的だ。

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。





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Last updated  2013年07月24日 16時40分24秒
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